The 15:17 to Paris


15時17分、パリ行き  (2018年2月)

3年前 (もう3年になるのか。去年くらいの感じがしていた)、アメリカ人の3人の若者が、パリ行きの列車の中で銃を乱射したテロリストを止めたというニューズは、こちらでは大きく報道された。わりと世界から悪者視される場合の多かったアメリカにとって、数少ないいいニューズだった。


それをクリント・イーストウッドが映画化するという。前回も「ハドソン川の奇跡 (Sully)」において本当にあった事件を映像化したイーストウッドのことだ、もう何を題材に撮ろうと特には驚かない。今度はわざわざ海外か、ま、イーストウッドだし、何撮ろうと見るけどね、とゆるく思っただけだ。


そしたら、公開直前のABCの深夜トークの「ジミー・キメル・ライヴ (Jimmy Kimmel Live)」にイーストウッドがゲスト出演するというので、何か面白い話が聞けるかもしれないと思ってチャンネルを合わせてみた。そこで驚愕の事実が発覚した。この映画、よりにもよって当事者の3人のアメリカ人青年が、当人として映画に出て演じているというのだ。


これにはぶったまげた。もちろん、素人を起用して映画を撮るということはままある。誰だって一番最初は素人だったわけだし、経験のない俳優を起用することもあろう。しかし、まったく演技経験のない素人が主役で、しかも3人もいてそれぞれが本人を演じる? というのはこれまで聞いたことがない。


この企画は、当事者であるアンソニー・サドラー、アレク・スカラトス、スペンサー・ストーンの3人が発案したそうだ。とはいえ、考えてプレゼンするだけなら誰だってできる。しかし、それが通る可能性なんて、普通まずないだろう。素人は素人でしかない。いったい誰が、たとえ国民的ヒーローとはいえ、経験のない若者を映画に出して、それに大金を注ぎ込むというのか。


誰でも考えたらすぐにそう答えそうなこの話に、いや、待った、面白いかも、と乗った男がいた。それがイーストウッドだ。近年のイーストウッドの腰の軽さは目を見張るしかなく、近作でもミュージカルの「ジャージー・ボーイズ (Jersey Boys)」、戦争ドラマの「アメリカン・スナイパー (American Sniper)」、ドキュドラマの「ハドソン川の奇跡」と、ジャンルなんか気にしない。しかも「ジャージー・ボーイズ」では登場人物がカメラ目線でしゃべりだし、「アメリカン・スナイパー」ではどう見ても人形にしか見えない赤ん坊が堂々と登場し、ドキュドラマであるはずの「ハドソン川の奇跡」では、まったく赤の他人にしか見えない俳優が当事者を演じるなど、毎回毎回こちらが予想もしなかった展開で驚かせる、あるいは楽しませてくれる。


もしかしたら今回、当事者が本人を演じるというのは、前回「ハドソン川の奇跡」で、あまりにもトム・ハンクスが演じた主人公のサリー・サレンバーガーが似てなかったために、これじゃいくらなんでも似てなさ過ぎると苦情を言われたに違いないイーストウッドが、じゃ、これならいいだろ、なんせ本人が本人に扮しているのだ、これ以上のものはあるまい、と開き直ったんじゃないかという気すらする。


「ジミー・キメル・ライヴ」では、キメルから、それでいつもとは演出は違ったりしたのかという質問に対し、イーストウッドは「少し」と答えていた。とはいえ、やはり素人は素人でしかなかったようで、キメルの、それじゃ彼らは今後俳優としてやっていける可能性はあるのかという問いに対しては、「それはない」と即答していた。


一方、彼らがずぶの素人という点を考慮して映画を見ると、結構頑張っているとは言える。特に3人のリーダー格のスペンサーは、ナチュラルで、気負いがなく、画面に違和感なく収まっている。ウディ・ハラーソンのアクを少し弱めたような印象で、正直言うと、私は彼なら今後も俳優としてもやっていけるかもと思った。最も弱いのがアンソニーで、彼は素人の域を出ていない。いかにも演技しようとしているという感じで、動きやしゃべりがぎこちない。彼ら以外にも、現実に撃たれた当事者が、本人として出演している。


他方、芸達者な面々が脇を固めているが、ほとんどが3人が幼い頃の家族や教師としての出演だ。スペンサーの母ジョイスにジュディ・グリアー (「アーチャー (Archer)」(FX)、アレクの母ハイディにジェナ・フィッシャー (「ジ・オフィス (The Office)」NBC)、担任の教師にアイリーン・ホワイト (「スーパーストア (Superstore)」NBC)、校長にトマス・レノン (「ジ・オッド・カップル (The Odd Couple)」CBS)、体育の教師にトニー・ヘイル (「ヴィ―プ (Veep)」HBO) 等、近年のTVにおけるコメディ俳優が大挙して出ている。逆に言うと、コメディも演じれる実力のある俳優で周りを締めたかったというのはあるかもしれない。


まったく演技としては素人が、自分自身が体験したことを演じる、あるいは演技なんかまったくする必要がないという、効果的なのか非効果的なのかよくわからないメタ映画の「15時17分、パリ行き」は、見る者を不安定にさせる。自分が見ているものが事実なのか単に事実を再構築した虚構でありドキュドラマに過ぎないのか、現実とは何か、リアルとは何か、アンソニーは下手くそだが、そもそも自分が自分であるだけなのに下手くそも何もないではないか、それとも、やはりスクリーン上の自分は自分ではないのかと、段々わけがわからなくなってくる。またしてもイーストウッドにやられた気分だ。











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アンソニー、アレク、スペンサーの3人は幼い時からの悪ガキの友だち同士だ。紆余曲折はあったが成長してアレクとスペンサーはミリタリー関係に進み、3人の進む道は違っても、頻繁に連絡は取り合っていた。3人はヨーロッパに駐留しているアレクに会いがてら、アンソニーとスペンサーも合流してバカンスを楽しもうという計画を立てる。アムステルダムで羽目を外した後、3人はパリ行きの列車に乗る‥‥ 


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