Tell No One (Ne le dis à Personne)


テル・ノー・ワン  (2008年8月)

アレックス (フランソワ・クリュゼ) は妻のマーゴ (マリ-ジョゼ・クローズ) と赴いた故郷で暴漢に襲われて意識を失う。病院で目覚めたアレックスを待っていたのは、妻の死という事実だった。 8年後、事件のあった場所の近くで白骨化した死体が見つかり、アレックスの関係の如何が遡上に上る。時を同じくしてまだ妻の死のショックから完全には立ち直っていないアレックスに正体不明のe-メイルが届く。そのアドレスにアクセスしたアレックスは、どこかのメトロの駅の前に立つマーゴを見る。果たしてマーゴは生きているのか。さらにアレックスの周りを胡乱な者がかぎ回り始め、警察はアレックスに疑惑を抱く。それらはすべて8年前の事件に端を発していた‥‥


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夏は大作映画公開の時期であると同様、そのようなハリウッド・アクション大作にうんざりしている大人の観客向けに、小品ながらぴりりとスパイスの利いた佳品のかかる時期でもある。そういう作品が口コミで 評判になり、ロング・ランとなっているのを見て、こいつはきっと面白いに違いないと、内容はまったく知らないまま劇場に駆けつけるのもまた映画ファンの楽しみの一つだ。


この手の作品はだいたいがミステリ仕立てだったりする。観客が頭を使いながら見る知的興奮とやらをもたらしやすいからだろう。近年ではフランソワ・オゾンの「スイミング・プール」や一昨年のニール・バーガーの「幻影師アイゼンハイム (The Illusionist)」がそうやって口コミで夏のヒットとなった。特にオゾンの成功は、フランス製のミステリ作品は面白いという印象を決定づけ、 その後、フランス・ミステリ作品が夏に公開される傾向を定着させた感がある。そしてむろん「テル・ノー・ワン」もその系列に連なる作品だ。


小児科医のアレックスは妻と一緒に赴いた思い出の地で暴漢に襲われ、大怪我をしただけでなく、病院で目覚めた時には妻は既に帰らぬ人となっていたことを知る。しかも誰か謎の人物が病院に通報しており、そのこともあってアレックスこそが妻を殺したのではという疑惑もかかっていた。そして8年後、アレックスはいまだにその時の心の傷は癒えていなかったが、事件のあった近くから別の死体が発見されたことから、新たに8年前の事件に光が当てられる。アレックスは警察から容疑者として見られているだけでなく、胡乱な者がアレックスの近辺をうろつき始め、さらに謎のe-メイルによって導かれた画像には、妻と思われる者の姿が映っていた。何かのトリックかそれとも本当に妻は生きていたのか。


妻が生きているかもしれないと知ったアレックスは、一人で調査を開始する。それは時として警察と対立することも意味していた。アレックスはかつて息子を助けたことがあり、アレックスを信頼しているギャングのブルーノの助けを借りて、かつて妻と交友のあった人々を訪ね歩く。するとアレックスの知らなかった意外な妻の姿が浮かび上がってくる。果たしてアレックスの知っていた妻は本当の妻の姿だったのか‥‥


いかにも伝統的なフランス産ミステリという雰囲気を持つ作品で、じわじわと謎が謎を呼び、そしてその謎の網の目がほどけていくという展開はいかにも大人の映画ファンが好みそうだ。しかもそれだけでなく、途中のハイウェイにおけるカー・アクションを絡めたシークエンスはハリウッド・アクションもかくやと思われるでき。近年、フランス出身のアクション映画作家がどんどんハリウッドに進出しているが、 知的サスペンスに手に汗握るアクション・シークエンスが加われば鬼に金棒だ。


その上、特にアレックスの周りに出没する謎の一味の中の、血も涙もない女性殺し屋の不気味さは特筆ものだ。さらに「テル・ノー・ワン」は基本的にラヴ・ストーリーだ。8年前死んだ妻のことを忘れることができず、いまだにその時から前に進めない主人公。彼に感情移入できなければ、昔の女性が忘れられないただの未練がましい男の女々しい話でしかないが、それがうまく機能しているのは、話の作り方、見せ方がうまいからだろう。これだけ見るべきものがあればロング・ランになるのも当然だと思わせる。それにしてもこれが最終的にラヴ・ストーリーとして大団円を迎え、納得させるのは、やはりこれがフランス映画だからとしか言いようがない。他の国で同じ内容で撮ったら、ただの恥ずかしい話でしかないような気がする。


主人公のアレックスに扮するフランソワ・クリュゼはよく知らないのだが、妻のマーゴに扮するマリ-ジョゼ・クローズは近年、スティーヴン・スピルバーグの「ミュンヘン (Munich)」やジュリアン・シュナーベルの「潜水服は蝶の夢を見る (The Diving Bell and the Buttefly」等でなかなか印象に残っている。特に「ミュンヘン」では彼女も謎の暗殺者に扮しており、今回の女性殺し屋ほど不気味というわけではないが、こちらも印象に残る暗殺者を造型していた。ナタリー・バイは、見る度に彼女はフランスのヘレン・ミレンだと思う。演出は出演もしている俳優のギョーム・カネだ。


などなど、やっぱりフランス製ミステリは一味違うね、と思いながら帰ってきて調べてみたところ、なんと「テル・ノー・ワン」は原作 (邦題「唇を閉ざせ」) があり、しかもハーラン・コーベン著のアメリカ産、オリジナルの舞台は地元ニューヨークだった。なにがフランス・ミステリは一味違うだ、と自分で自分に突っ込んでいたのだが、しかし、とすると、アレックスの働いている病院はアッパー・イーストの可能性が高いな、もしかしたらヴィレッジというのもありか、彼らが訪れる田舎はアップステイトのどこかだろうが、案外近場で「フィクサー (Michael Clayton)」の舞台にもなったウエストチェスターかもしれない、もしかしたらロング・アイランドというのもあり得るな、馬術が出てきたところなど見ると、ハンプトンというのはいい線行ってるかも、しかし「唇を閉ざせ」という邦題は珍しくも「Tell No One」というオリジナル・タイトルよりいいタイトルだな、などとそれはそれでまた色々と別の興味が湧いてくるのだった。


いずれにしても、こうやって見てしまった後では、今さらこの作品がハリウッド・スターを使って映像化されるのを思い描くのは難しい。マイケル・ダグラスが主演した「サウンド・オブ・サイレンス (Don't Say a Word)」みたいなハリウッド・スリラーになってしまうような気がする。やはり「テル・ノー・ワン」がフランスで映像化されたのは仕合わせな出来事だったのだろう。







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