Sunset


サンセット  (2019年4月)

4年前、「サウルの息子 (Son of Saul)」でアカデミー外国語映画賞を受賞したラースロー・ネメシュの新作だからということではなく、どっちかっつうと舞台が昨年旅行したブダペストということで親近感を持ったから、さらに正直に言うと、主演のユリ・ヤカブの横顔が痛く気に入ったからというのが最大の理由で、「サンセット」を見に行く。 

  

実は「サウルの息子」を見ていないため、「サンセット」がネメシュの新作ということを聞いても、知らないからどうとも反応のしようがなかった。たまたま「サンセット」に興味が湧いたら、監督がネメシュの新作だったというだけだ。 

  

その「サンセット」、1913年という第一次大戦前夜のブダペストを舞台としている。翌年には当時オーストリア-ハンガリー支配下にあったサラエヴォでオーストリアのフェルディナント皇太子が暗殺され戦争が勃発、当然ブダペストも巻き込まれる。 

  

そういう政情が不安定な時期、政界にも繋がりのある高級帽子店レイターに、たぶんお家騒動で店を追われた店の創始者の娘イリスが姿を現し、職を求める。最初は断られるもお百度参りで根負けした現経営者のブリルは、渋々ながらもイリスを受け入れる。レイターで働き始めたイリスは、自分には知らなかった兄がおり、しかも不穏な社会改革活動に従事してレイターを目の敵にしているという。どうしても兄と連絡をとりたいイリスだったが、そのことはレイターが裏で関係していたブダペストの政治の暗部にも手を触れることを意味していた‥‥ 

 

面白いなと思ったのが、帽子店が階級的にステイタスがあるというシステムで、ヨーロッパではファッションのかなりの部分を帽子が受け持っていることを思えば当然納得できるが、実際にそう言われるまでは、帽子店がこんなに大きくて手広くやっているという認識がこちらにはない。たぶん街の一等地に大きく店を構えているレイターは、服のブランドやデザイナーの店よりもステイタスが上のように見える。和服は基本的に帽子がないから、こういう形態はあり得なかったろう。 

 

帽子といえば、やはりすぐに連想するのは競馬だ。ヨーロッパ、ひいてはアメリカでは、競馬が女性が最先端のファッション、特に帽子を披露する場所というのが慣例だ。元々ヨーロッパの競馬は貴族が楽しむものであり、しかも数少ない、屋外で貴族が一同に集うイヴェントということもあって、時に奇抜な帽子ファッションで注目を集める。 

 

アメリカの競馬でもいわゆるトリプル・クラウン等の大きなレースはメディアが注目することもあり、帽子ファッションが妍を競う。場所柄かアメリカの競馬はヨーロッパのそれよりさらに仮装行列的な、受け重視の帽子ファッションが多く見受けられる印象がある。私も一度トリプル・クラウンの一つであるベルモント・ステイクスを見に行ったことがあるが、ヨーロッパほどではないだろうとはいえ、やっぱり帽子ファッションを楽しんでいる女性は結構いた。 

 

また、私たちは夫婦は昨年ハンガリー、端的にブダペストに旅行したのだが、最も印象に残ったことの一つに、ヨーロッパでも古い街の一つであるブダペスト、引いてはハンガリー人は、自国に誇りを持っているということがある。今ではハンガリーは特に大国というわけではないが、それでもECに加入して、ユーロ通貨を使用して旅行者の便宜を図ろうという気持ちがない。基本的にハンガリー通貨のフォリントしか使えない。道行く人も、ブダペストは都会ということもあり、片言であれば英語はほとんど通じたが、ヨーロッパ圏にしては自国語のハンガリー語しか解さない人が多いらしい。 

 

そういう場所で、長らく政界にも事情の通じている高級帽子店を経営していたことは、こちらが考えているよりステイタスがあったに違いない。それを考えると、頑なに過ぎるようなイリスの一途な態度もなんとなく腑に落ちる。彼女には親が築き上げた帽子店で働くこと、血の繋がっている兄を探し求めることは、生きることとほとんど同義の、当然の行動であったに違いない。だから嫉妬や競争を誘発しようとも、気にならないし我慢できる。元々気の強そうな美人というのも顔に現れているが。 

 

一つ残念だったのが、ブダペストの、しかも貴族階級を舞台にしているのに、ブダの王宮や旧市街がスクリーンに映る機会がなかったことだ。こちらは半年前に目にしたばかりのそれらの美しい街並みをまた目にするのを楽しみにしていたのだが、その機会は残念ながらなかった。現政権転覆が話の重要なプロットなのだから、その象徴とも言える王宮や旧市街が映ってもよかったのに。あの温泉はよかった。











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1913年、ブダペスト。由緒ある高級帽子店レイターに現れて職を求めた女性イリス (ユリ・ヤカブ) は、実はこの帽子店の創業者の忘れ形見だった。現在の経営者のブリルは最初イリスの求職に難色を示すが、イリスの熱意に根負けする。レイターで働き始めたイリスは、自分にはカルマンという兄がいて、現在では反政府的活動に従事していることを知る。一方、政府要人が顧客に多いレイターは、ブダペストの裏の歴史に関係していて、公にできない事実を多く抱えていた。カルマンはレイターを目の敵にしていた。イリスはカルマンの行方を追う‥‥ 


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