Spy Game

スパイ・ゲーム  (2001年11月)

困ったもんだ。とにかく世の中は「ハリー・ポッター」一色なのである。公開した最初の週末の3日間だけで1億ドル近くを稼ぎ、いきなり興行成績の記録を作ってしまった。私なんかは最近TVのどのチャンネルでもこの映画のコマーシャルを見せられて、もう既に2、3回はこの映画を見たような気になって辟易しているというのに。別に原作に文句を言うつもりはなく、実はこれほど話題になるのなら見てみようかなとも思っていたのだが、映画の監督がクリス・コロンバスということを知って、ほとんど見る気をなくした。コロンバスの「ミセス・ダウト」は、私の生涯のワースト・テン入りするほど激しく頭に来た映画なのだ。「ハリー・ポッター」は、いつかチャンスがあればヴィデオか何かで見ることにしよう。


でも、人々が「ハリー・ポッター」に群がる理由もよくわかる。9月11日以降、消費者の嗜好は実に保守的になった。TVでは裏切りやパワー・ゲームで人気を博していた「サバイバー」を筆頭とするリアリティ・ショウの視聴率がことごとく低迷し始め、従来からの人気番組の「フレンズ」や「ER」の人気が再沸騰している。人々は現世の不安をたとえ一時的にせよ忘れることのできる、安心して見れる逃避的エンタテインメントの方を志向しているのだ。「ハリー・ポッター」がその時流に乗ったのは言うまでもない。公開のタイミングとしてこれ以上のものはなかった。


しかし、それでも「ハリー・ポッター」はやはりお子様映画の域を出なかったようで、既にこの映画を見た同年代以上の者の話を聞くと、一様につまらなかったと言っている。子供にせがまれるし、内容も心暖まる成長ものっぽく、これならいいかと思って一緒に見に行ったはいいが、やはり大人の鑑賞に堪えるほどのレヴェルには達していなかったようだ。いつかヴィデオでなら、と思っていたが、段々この映画を見る可能性が加速度的に小さくなってきた。


それで当然の如くというか、大人向けのアクション・ドラマである「スパイ・ゲーム」を見に行った。トニー・スコット演出の諜報ドラマであるわけだが、何といっても今回の焦点は、ロバート・レッドフォードとブラッド・ピットという新旧2大スターの顔合わせにある。実はピットを今あるスターの地位に押し上げたのは、誰あろうレッドフォードが演出した「リバー・ランズ・スルー・イット」であるわけだから、ピットはレッドフォードに大きな恩がある。果たしてどういう作品ができ上がったのか。


1991年。CIAを明日退職するというネイサン・ミューア (レッドフォード) の元へ、かつての部下トム・ビショップ (ピット) が中国の刑務所に押し入ってだ捕されたという情報が入る。トムはネイサンがヴェトナム戦争以来手塩にかけて育てた生粋の諜報部員で、二人は教師と生徒という関係だけではなく、友情でも結ばれていた。しかし生来情に脆いトムは、中東である女性を愛してしまったことから、職務に私情を挟まないネイサンと袂を分かつことになる。明日にはCIAとは縁が切れるネイサンに対し、かつての同僚たちの態度は冷たく、トムの情報を教えようとはしない。残り時間が僅かなまま、ネイサンは一人、これまで築き上げたありとあらゆる情報網を使ってトムの救出を試みる‥‥


いかにもこれぞハリウッド的とでも言うべき娯楽アクション、最初から最後までスピーディな展開で、堪能させてくれる。ポイントは主人公レッドフォードの置かれている状態で、彼は24時間後には長年勤め上げたCIAを退職することになっているため、残された時間がほとんどなく、同僚もあまり力を貸してくれない。というか、ほとんどかつての同僚と敵対している。明日にはいなくなる老兵には誰も力を貸してはくれないのだ。そういった四面楚歌の状況下で、果たして彼はかつての部下を救出することができるのか。いやあ面白い。一匹狼の活躍っていうのは、やはり興奮させてくれるよなあ。


レッドフォードとピット、新旧2大スターの初顔合わせということがやたらと喧伝されていたのだが、はっきり言って、これはレッドフォードの映画である。ほとんどない残された時間の中で、プロとしてこれまで培ってきたすべての経験とコネクション、それにプライドをかけて、一銭にもならない、今はどこの馬の骨とも知れない男の救出に立ち向かうのだ。映画はピットが中国側にだ捕された後、レッドフォードが愛用のポルシェに乗ってラングレーに最後の日のお勤めに向かうシーンを映し出し、最後、またポルシェに乗ってCIAを去るシーンで終わる。どう見てもレッドフォードを立てているとしか思えない。しかし、CIA職員って、たかだか一公務員だろう? 自室はあてがわれていてもそんなに上の方の地位にいるとも思えないし (第一、だったらまだまだ退職など先の話だろう)、そういう奴でもポルシェを買えるのか。


とまあ、私の目にはそう映っていたのだが、ところが一緒に見た女房の意見はまったく違い、やはりピットもよかったのだそうだ。スパイの才能はあっても情に厚いピットというのが、女性にとってはどうにもたまらんらしい。実際、その路線で演出もされているのはよくわかるし、その点で言えば悪くはなかったとは思う。しかし、私から見ると、そういう男がスパイの才能があるというのが、どうにも嘘臭く見えるのだ。情に脆いスパイというのは、やはり矛盾している。ジョン・ル・カレやブライアン・フリーマントルのスパイ小説にこういう優男は登場しない。もちろん女を愛してしまったために道を踏み外してしまったスパイとか、部下思いの上役とかはいるが、こんな違和感を与えるスパイは見たことがない。こういうキャラクターって、本来なら逆にスパイにいいように使われて犬死にするはずの役じゃないか?


レッドフォードの役柄だって、最後の最後になって情のために一肌脱ぐという役どころになっているのだが、これはかつての同僚たちが彼に最新情報を教えるのを躊躇っているのに一泡吹かせてやるという、プロとしての意地みたいなものがあるため設定にあまり無理はない。しかし、ピットのスパイ役というのは、正直言って私にはあまりピンと来なかった。私にとっては彼は「ザ・メキシカン」の方が数段よかった。


しかし結構ピットも出演作が続く。今年「ザ・メキシカン」があったと思ったら、つい先週、奥さんのジェニファー・アニストンが出演する「フレンズ」にゲスト出演していたし、「スパイ・ゲーム」が公開されたと思ったら、来月にはスティーヴン・ソダーバーグの「オーシャンズ・イレブン」が公開される。忙しい役者だ。まあ、人気があるからな、ほっとかれはしないだろうということはよくわかる。ピットだけじゃなくレッドフォードもつい最近、「ザ・ラスト・キャッスル (The Last Castle)」という映画に、今売れっ子のジェイムス・ガンドルフィーニと共演してたんだが、そちらの方は全然話題にもならなかった。こういう、話題になるならない、ヒットするしない、興味を惹く惹かない、という差は本当に微妙なのだが、その微妙な差で作品が歴史に残るものになったりならなかったりする。不思議なもんだ。


それにしてもレッドフォードが実際にアクションに絡むところになると、彼ももう歳だなあと感じてしまうのはどうしようもない。ベイルートでピットにスパイのイロハを教えているところでは、やはり彼の動きに精彩がないし、それにレッドフォードの腰から下ってあんなに細かったっけ? あれじゃ転んだら骨が折れそうだ。彼も今後はクリント・イーストウッドみたいに、演出の方を中心に、演技は副業みたいな感じになっていくんだろう。


監督のトニー・スコットは、今や押しも押されぬハリウッドのトップ・ディレクターの一人である。昔「トップガン」を見た時は、こんな下手くそな監督が撮る映画なんか二度と見るもんかと思ったのが嘘みたいだ。人間ってやっぱり成長するんだな。どんどん巧くなって、前回の「エネミー・オブ・アメリカ」では貫録出てたし。今でもうまくいかなかったシーンは矢継ぎ早の編集でごまかすようなことをたまにやるが、そういうのもあまり目につかなくなってきた。まあ、それでも私はトニーよりはもっと自分の美意識を強く前面に押し出す兄のリドリーの方が好きではあるが。


映画を見て家に帰ってきてからふと思ったのだが、映画の中でレッドフォードが限られた時間の中であらゆる手段を用いて全力を尽くす、というのは、物語を盛り上げてくれるが、よく考えると、彼は明日はもう働いていないので、後始末のことなど何も考えないで好きなように動けたということに思い当たった。これが中堅エージェントなら、自分がやったことの言い訳や尻拭いの仕方も考えながら動かざる得ず、もっと状況が苦しくなるため、もしかしたらさらにドラマを盛り上げることができたかも知れない。ま、こんなこと考えるのは私みたいな天の邪鬼だけだろうということはわかっているが、ふと気になったので一言。







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