Splice


スプライス  (2010年6月)

クライヴ (エイドリアン・ブロディ) とエルザ (サラ・ポーリー) の新進科学者カップルは、下請けでDNA操作による新生命体の創造に取り組んでいた。しかし時間のかかる研究に親会社は嫌気を差し、研究は中止の危機に追い込まれる。焦る二人は誘惑に抗し切れず、つい自分の細胞を用いて細胞融合のスピードと効率を高めるという禁断の方法をとってしまう。そして生まれた生命体は、人間のようであって人間でない何ものかだった。処分しなければとするクライヴに対し,エルザはその子をかばう。ドレンと名付けられたその子は驚異的なスピードで成長していき、もはや研究室の中で隠して育てていくことは不可能だった‥‥


___________________________________________________________


最初、「スプライス」の予告編を見た時は、また、えらくB級の乗りのホラーだな、それにしてはエイドリアン・ブロディなんてオスカー男優が出ている。一緒にいるサラ・ポーリーは「ドーン・オブ・ザ・デッド (Dawn of the Dead)」にも出ていたから、この種の映画に出ていても不思議はないが、しかし彼女だって最近は「アウェイ・フロム・ハー (Away from Her)」を演出して監督業に乗り出しているし、最初に目にしたのはアトム・エゴイヤンのアート路線であるなど、文学少女っぽい雰囲気を濃厚に持っていた。


とまあ、微妙なミス・マッチ路線狙いか、いずれにしても特に惹かれるわけじゃないなと思っていたんだが、なんとなく気になってしまう。たまたまこの週、他に特にこれが見たいという作品もかかっていなかったため、かすかな引っかかりに誘われるまま、劇場に足を運ぶ。


クライヴとエルザはグランジの乗りのオタクの科学者カップルで、大企業の下請けでDNA研究、正確に言うとまったく新しい生命の創造に取り組んでいた。各種生物のDNAに切れ目を入れ (スプライス)、再結合させるもので、 既に巨大な芋虫のような生命体が生まれていたが、まだ原始的な生物の域を出ず、そのままでは特に何かの役に立てるわけでもなかった。しかし研究の成果を生まなければ企業にとっては意味がない。いつ企業からの支援が止まるかもわからず、常にプッシュされ、クライヴらは焦っていた。


ある時、エルザの心に魔が差し、DNA進化のスピードを速めるため、人間の自分のDNAをスプライスして実験器にかけようとする。科学者としてはご法度で、クライヴは実験を止めようとするが、しかし同様に焦っていたクライヴは一瞬ためらい、その結果、機械は作動してエルザのDNAが実験器に組み込まれる。


培養器の中で新しい生命体は急激なスピードで成長する。怖れをなしたクライヴは実験を途中で破棄しようとするが、エルザは執拗に研究の継続を主張、その間にも新生命はみるみるうちに成長する。もう後戻りはできなくなり、そしてついに人間のようで人間でない、新しい生命が誕生する。母性本能を駆り立てられるエルザだったが、研究所の中で育てることはできない。二人は今は廃屋となっているエルザの生まれた家で子を育てる。女の子だったその子はオタク (Nerd) のアナグラムでドレン (Dren) と名づけられ、そしてドレンは生まれ落ちてからももの凄いスピードで成長を続けていた‥‥


実は予告編だけで気になって見に出かけたので、演出がヴィンチェンゾ・ナタリだとはまったく知らなかった。斬新なアイディアの「CUBE」はともかく、オムニバスの「パリ、ジュテーム (Paris, Je T'aime)」では、ナタリが担当したヴァンパイアもの「マドレーヌ界隈」は、私が惹かれなかった方の一本だった。だから最初から「スプライス」演出がナタリと知っていたら、たぶん見に行かなかったろうと思う。


そしてこれまた初めて劇場で知ったのだが、この作品、製作総指揮の一人が、「パンズ・ラビリンス (Pan’s Labyrinth)」のギレルモ・デル・トロなのだ。スクリーンの上で名を見て、ああ、と思った。ああ、引っかかっていたのはこれだ。要するに、ホラーというよりもファンタジー、しかも、負のファンタジー指向のデル・トロのテイストが、ちょいとアンテナに引っかかっていたのだ。我ながらB級のホラーにしか見えない予告編の何が面白そうに見えるのかと不思議に思っていたのだが、これだった。ナタリは「マドレーヌ界隈」でヴァンパイアを登場させてはいるが、まったく新しい生命体を登場させる「スプライス」は、やはりナタリ作品というよりもデル・トロくさい。


実際「スプライス」は、前半だけを見るとただのB級ホラーにしか見えないが、デル・トロ的テイストと相俟って、ホラーというよりも新しい生命を交えた負のファンタジーに変化する中盤以降こそが、作品の見せ所になっている。ところが、あまり見せ過ぎて意匠をばらしてしまうと効果が半減してしまうために、予告編ではなにやらよくわからない生き物が研究所内に潜んでいるという、これでは単に「エイリアン (Alien)」の二番煎じでしかないと見る者に思わせてしまう。


むろん「エイリアン」なら本家を超えるものがそうそうできるはずもなく、かといってこれはホラーではありませんよとあまり大声で言うのも憚られためにできたのが、B級の「エイリアン」焼き直し的予告編なのだった。この紹介の仕方は映画にとって特によかったとは到底思えないのだが、しかしだからといって,ではどうやればよかったかというと、それもよくわからない。マーケティングの仕方が難しい作品だ。


デル・トロが虫を偏愛しているのはよく知られているところだし、作品を見ればそんなの一発でわかる。それでも、これまでは虫をテーマにしてはいても主人公は人間で、そのため人間の視点から見た虫という構図が主体だった。 一方、今回は虫というよりも人間に近くなった新生命体がテーマだ。そのためか視点は一方的な人間の側からだけではなく、かなり新生命ドレンにもすり寄っている。


むろんそのことがファンタジー的な印象を与えることに貢献している。ドレンは足が四つ足の動物の後ろ足のように発達しているため、ものすごい跳躍力がある。さらにその他の生物に進化変化する可能性もある。なんてったって様々な生物のDNAの寄せ集めなのだ。一方ドレンは女の子でもあり、エルザはドレンに女の子らしい服を着せている。また,ドレンの成長のスピードの速さは生まれてからも衰えず、瞬く間に大きくなってクライヴとエルザを驚かす。生まれたばかりと思っていたドレンは、あっという間に二人と同じくらいの身長になって,人間で言えば思春期の時期を迎える。人間の子さえ育てたことのないクライヴとエルザにとっては戸惑うことばかりだが、ドレンの変態/進化はまだそれだけに留まらなかった‥‥


という後半のドレン絡みの展開がこの作品の肝だ。こういう落とし方をするのかと半ば呆気にとられるのだが、あまりにも意外だったので、これがSFとして効果的だったのかそれとも奇想天外過ぎて支離滅裂になってしまったのか、判断の基準がつかめない。たぶん私はうまく作り手の術中にはまったんだろう。それにしても本当にこの人たち、虫やらヴァンパイアやら人間以外の生命体に惹かれてやまないようだ。








< previous                                      HOME

 
inserted by FC2 system