放送局: シネマックス

プレミア放送日: 12/16/2003 (Tue) 20:00-21:45

製作: シネティック・メディア

製作: ジェフリー・ブリッツ、ショーン・ウェルチ

監督/撮影: ジェフリー・ブリッツ

編集: ヤナ・ゴースカヤ

音楽: ダニエル・ハルシザー


内容: 英単語の暗記力を競う「スペリング・ビー (Spelling Bee)」コンテストの参加者を追うドキュメンタリー。


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アメリカには、スペリング・ビー・コンテストという、8歳から15歳までの少年少女を対象とした、英単語の記憶の優劣を競うコンテストがある。正式名称を「スクリプス・ハワード・ナショナル・スペリング・ビー (The Scripps Howard National Spelling Bee)」といい、今年で77周年を迎える、わりと伝統と格式のあるコンテストだ。


ルールは簡単、出題者がある単語を挙げ、解答者はそのスペルを答えるだけだ。一人1ワードずつ出題され、間違えたらその場で失格、どんどん解答者は減らされていく。そして出題される単語を最後まで間違いなく答え続けた者が優勝という、システムとしては非常に簡単なものだ。


他のクイズ番組同様、最初の方はわりと簡単な単語が出題されるが、人数が減って段々解答者が絞られて来ると共に、単語の難易度も上がる。最後の方では難しい単語どころか、生まれてこの方ネイティヴですら見たことも聞いたこともないような単語が出題される。それをまだ10歳になるかならないかの少年少女が答えていくのだ。


まず地区単位で優勝者が決められ、その代表を集めた全国大会が、毎年ワシントンD.C.で開かれる。因みに第1回のスペリング・ビーは1925年に、たった9人の参加者を集めて行われたそうだ。それが現在では、毎年全米から900万人が参加して地区予選が行われ、それを勝ち抜いた約250名が全国大会へと進む。


スペリング・ビーはなぜだか毎年、スポーツ中継で知られるケーブル・チャンネルのESPNが中継している。元々ESPNというのはEntertainment and Sports Programming Networkを意味し、別にスポーツ中継だけに限ったチャンネルということではないらしいが、しかし、一般視聴者の立場から言えば、スポーツ以外の番組をESPNで見ようとは考えないだろう。それでも、競争という立場から見れば、スポーツを見る時と同じような興奮を得ることができるとは言える。


「スペルバウンド」は、1999年に行われた、スペリング・ビー第72回大会の出場者の中から8人に密着し、この大会に出ることの意義や、本人や周りのスペリング・ビーに対する考え方や態度等を浮き彫りにしていく。因みにタイトルのスペルバウンドとは、「魔法にかかった」ことを意味する形容詞であるが、同時にヒッチコックの「白い恐怖」の原題でもあり、もちろん、「スペル」と、「~の方へ」を意味する「バウンド」ともかけ合わせた意味も持つ。


因みにこの作品、ドキュメンタリーとしては珍しく、今年、シネマックスでのTVプレミア放送を前に劇場公開されている。その前年にはフィルム・フェスティヴァル・サーキットで、限られた場所ではあるが一般公開されており、そのため、既に今年発表されたアカデミー賞のドキュメンタリー部門にもノミネートされている (因みに受賞したのは「ボウリング・フォー・コロンバイン」だ。)


競技としてのスペリング・ビーは、壇上に呼ばれた解答者が、出題者の読む単語のスペルを答えるだけだ。そしてそれが正答の場合、誰も何も言わないが、間違っていた場合、一度だけベルがチンと鳴る。スペルを答えて、たった一回ベルが鳴るか鳴らないかの一瞬の間、解答者の顔が緊張度を増し、そしてベルが鳴ると失敗したという悔恨で顔が一瞬歪み、逆にその緊張の一瞬が何事もなく過ぎ去ると、自分が次のラウンドに進んだことを確信し、喜びが全身に溢れ、壇上で跳びはねる。こういう時は、皆ロウ・ティーンの少年少女であることが今さらのように思い出される。


解答者が正答しても、誰も正解ですとも言わず、また、正解した時にベルが鳴るわけでもないというのが、スペリング・ビーの緊張感を増している。逆に間違った時にベルが鳴るのだ。非常に心臓に悪い。ベルが鳴るか鳴らないかを待つ一瞬の間に、100%の自信があるわけではないが、とにかくスペルを並べてみた、果たして、合っていたかいなかったか‥‥という解答者の内面の葛藤が、もろに顔に出る。


視聴者の立場から言えば、その生の感情が露出する部分こそが、ゲームとしての、あるいはリアリティ・ショウとしてのスペリング・ビーの醍醐味だ。しかしこういうのを見ると、ゲームっていうのは、やはりルールは簡単であればあるほどドラマティックだなと思う。人間というのは難しいものにこそ熱中したりするが、3歳の子が何も知らずに見ても面白いと思ったりできるところが、スペリング・ビーがカルト的人気のある所以だ。


実際、スペリング・ビーにはまると抜け出せなくなるようで、出場する本人から親まで一丸となって、ただ英単語を覚えるという作業だけを延々と繰り返すようになる。番組に登場するニールには、なんとスペリング専門の家庭教師がついているし、エイプリルは毎日7-8時間も、ただ単語を覚えるためだけに時間を費やすのだ。ぼろぼろになった医学用語辞典。しかし、あんたはその意味を把握しているわけじゃないんでしょ、それって本末転倒なんじゃないかと思うのだが。私なら、やはり外で友達と遊んでいる方が楽しいと思うだろうし、実際そうだった。しかし、彼・彼女らにとって、既にスペリング・ビーは楽しみのためにやるというよりも、中毒しているように見える。


しかし、そうやってどんなに勉強していても、実際に壇上に立って出題に答えるうちに、どうしても自分の知らない単語が出てくるのは避けられない。日々、新しい単語というものは生まれているのであり、一日何時間も、ただ単語を覚えるというそれだけのために時間を費やしてきても、やはり知らない単語というのはあるのだ。


解答者が答えるまでの制限時間というものはないから、知らない単語に当たった場合、解答者は出題者に向かって何度も単語を訊き直したり、自分でその単語を言ってみて発音に間違いがないか確かめたり、あるいは、その単語の語源を訊いたりする。それは別に反則ではなく、つまり、単語というのはある程度の法則に則ってでき上がっているわけだから、語源がわかると、かなりの確率でスペルは予測できるのだ。そうやって悩んだ挙げ句、どこから見ても推測で答えたスペルが見事的中してたりなんかすると、満面に、してやったりという満足と安堵が浮かぶ。見ているこちらの方が緊張するぞ。


面白いのは、番組に登場する8人のそれぞれの出自である。現在のアメリカ社会を反映して、そこにはありとあらゆる人種が存在する。その中でも、特にインド系アメリカ人が多いというのが、スペリング・ビーの最大の特色だろう。番組に登場する8人の中でも、ヌーパーとニールの二人がインド系だ。彼らは、かなりIQレヴェルが高い者が多い。その他、白人4人、メキシコ系と黒人一人ずつが、番組ではフィーチャーされる。


その中で最も印象的なのは、テキサスのアンジェラだろう。メキシコ系の彼女は、親が子供たちに高い教育を受けさせたくてメキシコから密入国してきた、違法移民の娘だ。しかしアメリカでは、アメリカ本国内で生まれた人間には、たとえ親が密入国者であろうと、自動的にアメリカ国籍が与えられる。そのためアンジェラはアメリカ国籍を持っているが、父はいまだにろくすっぽ英語を喋ることすらできないのだ。その娘が知っている英単語は、多分、ゆうに10万語を超えるだろうに。


その他、ミズーリの田舎から出場しているテッドのように、貧困とまでは言わなくても、どう見ても裕福とは言い難い家庭環境に育った者や、かなり裕福な家庭で育ったエミリー、地元DCの唯一の黒人アシュリーなど、見ていると、アメリカの縮図を見る思いがする。その中で、ニュー・ジャージー出身の、まるでマコーレー・カルキンのようなやたらと喋ってばかりいるうるさいクソガキのハリーには、思わず蹴りを入れたくなった。


スペリング・ビーの本選は、2日間にわたって行われる。第72回大会では、本選に進んだ参加者は249人。初日は3ラウンドまで行われ、その時点で168人にまで絞られる。2日目まで残っただけで、既にかなりのエリートだと自慢していいだろう。8人の中では最初に落ちたのはテッドで、次に残念ながらアンジェラが落ちる。そして4ラウンド、5ラウンドと進むに連れ、アシュリー、ハリー、ニール、エミリーと、徐々に篩いにかけられる。そして10ラウンドまで進み、最後の3人の中に残ったのはヌーパーただ一人。ここまできたら勝負は時の運だ。もしかしたら彼女は優勝できるかもしれない。


そして一人落ち、ヌーパーともう一人との最終対決で、相手が先に間違える。優勝に王手をかけたヌーパー、しかしまだわからない。優勝するためには、今度は自分に与えられた単語のスペルを正しく答えなければならないのだ。ヌーパーに与えられた単語は「Logorrhea」。もちろん私にとっては生まれて初めて聞く単語だ。しかしヌーパーは淡々とアルファベットを綴る。そしてベルは‥‥鳴らない。アナウンサーが「優勝者が決まりました」とアナウンス、ヌーパーは壇上で跳びはね、そして2日間に及ぶ消耗戦に幕を閉じるのであった。あの子たちは偉い。因みに「Logorrhea」とは、調べてみたところ、「語漏、病的多弁」を意味する医学用語であるとの由。そんなの知るわけないだろ。








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チャレンジ・キッズ 未来に架ける子どもたち (スペルバウンド)   ★★★

 
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