Space Dive スペース・ダイヴ

放送局: ナショナル・ジオグラフィック・チャンネル

プレミア放送日: 11/11/2012 (Sun) 19:00-21:00

製作: ナショナル・ジオグラフィック、BBC

監督: コリン・バール

出演: フェリックス・バウムガートナー、ジョゼフ・キッティンジャー

ナレーション: リーヴ・シュライバー


内容: 2012年10月14日、アメリカ、ニュー・メキシコで行われたスカイ・ダイヴァーのフェリックス・バウムガートナーによる高度128,000ft (約39,000m) からのフリーフォール・ダイヴィングを成功させた模様をとらえるドキュメンタリー。


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Space Dive


スペース・ダイヴ   ★★★1/2

今夏、ハイ・ワイヤ・アーティストとして知られるニック・ワレンダがナイアガラの滝の上をハイ・ワイヤで横断した「メガスタンツ (Megastunts)」は、久方ぶりのこの種のパフォーマンスとして注目を集めた。実はこの種のパフォーマンスとしては真っ先に思い出す耐久アーティストのデイヴィッド・ブレインも、その後、四方を高圧電流が流れるドームの中に3日間立ち続けるというスタント「エレクトリファイド (Electrified)」をニューヨークで行ったのだが、ニューズにはなってもTVで特番放送されなかったため、特に話題にはならなかった。


一方、ワレンダのナイアガラ横断よりももっと耳目を集めた、今年、というかこの10年で最大のスタントが、オーストリアのスカイ・ダイヴァー、フェリックス・バウムガートナーによる、高度39,000mの成層圏から地表に向かってダイヴする、「スペース・ダイヴ」だ。


「メガスタンツ」中継の時にこの種のスタントのカウント・ダウンをしていたが、その時1位に挙げられていたのが、バウムガートナーとかなり活躍する範囲が近 い、ウィングスーツ・ダイヴァーのジェブ・コーリスによる中国でのウィングスーツ・フライングだった。要するに、人は空を飛ぶことに憧れる。今回のスペース・ダイヴは、空を飛ぶというよりも高高度からの自由落下 - フリー・フォールで、空から地表に向かって落ち続けることにより、人が生身で音速を超えるスピードに達するという、途方もない試みだ。


準備に数年をかけ、ここまで来るといったい何のためにどういう目的でという疑問がわかないこともないが、畢竟これは空を飛びたいから、あるいは単にそれがしたいからという冒険家としての心が要求するからとしか言いようがない。冒険家が求めるものは冒険、スリルなのだ。挑戦することそれ自体が目的であり、結果は事後についてくるおまけの褒美のようなものだ。


実は私も一度、人から誘われてダイヴィングを経験したことがある。私の場合はプロペラのセスナ機に乗って旋回しながら30分かけて上空に行き、そこからダイヴした。もちろん一人ではできないから、後ろにハーネスで繋がったインストラクターが密着しており、一緒に飛ぶ。


私はダイヴィングというものを飛ぶ瞬間までまるで気軽に考えていたのだが、いざその時が来てセスナのドアが開き、さあ行くぞと促されて開いたドアから下を覗き込んだ瞬間、私には無理だ、できないと後悔した。考えたら私は高所恐怖症の気すらあった。なんでこんな誘いに気軽に乗ってしまったのか、下界を見た途端にいきなり怖くなった。だって、下に足場ないんだよ、足場。落ちるってば。


それで、もういい、お金捨てても構わないから辞める、と後ろのインストラクターに告げようと振り向いた瞬間、後ろから押され、セスナから落ちた。たぶん私のように、ぎりぎりになって辞めると言い出す者が結構いるんじゃないかと思う。そういうやつらにつべこべ言わさず、とにかく有無を言わさずという感じでもうプッシュするのだ。気がついたら身体は宙に 浮かんで地表に向かってフリー・フォールの真っ最中という按配だ。私が叫びながら落ちていったのは言うまでもない。


その時はだいたい10秒くらい真っ逆さまに落ちてからパラシュートを開いて数分間空中遊覧という感じだった。遊覧とはいっても、私の場合いったいどこに降りるの か下が気になって下ばかり見ていたら、酔った。船で水平線を見ている分にはいいが、真下の波ばかりを見ていると酔うように、パラシュートも下ばかり見てい ると酔うということを初めて知った。元々船酔いしやすい体質だが、パラシュートでも酔うなんて、そんなの事前の講習では一言も言ってなかった。


ついでにもう一つ。かつては私もスリル好きで、ジェット・コースターとかも好きだった。しかしある時コニー・アイランドの歴史的な (つまり非常に古い) コースターのサイクロンに乗って本気で怖い思いをして以来、とんとそういうのに食指が動かなくなった。サイクロン、とにかく古くて安定しない。木製でかなりきしむし、シートはガム・テープで簡易補修の跡ばかり。安全バーは身体に密着せず身体との隙間が大きく、これでは思い切り振られたら下から身体が抜けて飛んでいきそうだ。


普段ならぎゃーぎゃー楽しくわめきながら乗りそうなものだが、この時ばかりは本気で怖く、一緒に乗った女房共々、二人して黙々と黙ったまま安全バーを拳が白くなるほど強く握りしめて最後まで乗った。手の平にじっとり汗かいた。本当に命の危険を感じた。それ以来 ジェット・コースターには乗ってない。乗りたいとも思わなくなった。なんでこんなに危険な乗り物が営業を続けていられるんだ?


それでも、たぶんジェット・コースターなんて時速100kmを超えているかどうかすら怪しいもんだが、今回のバウムガートナーの場合、フリー・ フォールで音速を超えるという。音速。確か秒速360mくらい? 時速だと1,300km? この計算合ってる? マッハってことだろ? サイボーグ003ってマッハ3で空飛んでなかったっけ? いずれにしても、生身の身体が音と同じかそれ以上の速さで移動するという、そのこと自体がよくイメージできない。例えば、二人一緒にダイヴした場合、後ろからダイヴした者は、どんなに大声上げようと前にいる者には声は届かないってことか? この理解は正しいか? いずれにしてもそれだけ速いと、たぶん怖いとか、そういう次元の感覚じゃないんじゃないかという気がする。


今回のフリー・フォールは、エナジー・ドリンク・メーカーのレッドブルがスポンサーとなって企画された。しかしこれくらいのレヴェルになると、準備にかける費用も時間も膨大だ。なんせ成層圏からのダイヴだ。何が起こるかわからないし、事前に充分準備をしておく必要があるが、その、何に対して準備をするかというところから始めなければならない。当初予定していた期間も予算もあっという間に越えてしまい、しかもまだ先はまったく見えない。ティーム・リーダーを解雇して新リーダーを連れてくるが、今度はティーム内が造反気味で新リーダーも辞める。そういうごたごたで今度はバウムガートナー自身が安定を欠いて目的を見失ってしまい。母国のオーストリアに帰って自分を見つめ直さなければならない。本当にこのジャンプは実現するのか。


ティームのスタッフの一人が、バウムガートナーが今回破ろうとしているフリー・フォールの記録を持っている、ジョゼフ・キッティンジャーだ。テスト・パイロットとして1960年に高度103,000ft (31,000m) からダイヴしたという記録を持っており、その記録は50年もの間破られていない。キッティンジャーが当時一緒に空を飛んだテスト・パイロットの一人に、飛行機に乗って初めて音速の壁を破ったチャック・イエーガーがいる。うーん、「ライト・スタッフ (The Right Stuff)」の世界だ。


ダイヴするにはまず気球に乗って上空高く昇って行かなければならないが、この気球というのがまたとんでもない代物で、高さがビル50階分、目いっぱい膨らんだ場合はフットボール・スタジアム並みの大きさになるという。これに乗って約3時間かけて成層圏の高みに上っていく。


高度が上がって約63,000ftのアームストロング・ラインに達すると、気圧が極端に低くなって、体温でも血液が沸騰する。そんなことになったらもちろん死んでしまうので、内部に圧力をかける宇宙服は不可欠だ。で、その宇宙服、どうやって作っているのかというと、ヴェテランのおばさんたちによる手縫いなのだ。むろんミシンも使うが、微妙なところこそ手縫いでやっている。ハイ・テクであるからこそ、ポイントではロウ・テクになる。最後に拠り所となるのは、それこそアナログ的な人間の感覚と技の世界になる。


成層圏でもし宇宙服に穴が開くと、想像するだにおぞましい事態が出来する。身体が膨張して破裂してしまうのだ。キッティンジャーの宇宙服の手の部分にある時、小さな穴が開いていた。彼の手は地球に戻ってきた時、2倍に膨らんでいたそうだ。そこまで行かなくても、ちょっと気圧が低くなっただけで低酸素症に陥り、脳に酸素が行き届かなくなってものが考えられなくなり、小さなミスを犯したり、意識を失ったりする。宇宙ではもちろん、それらは命とりだ。


バウムガートナーは宇宙服を着て気密室に入り、内部の気圧を下げ、それに順応する訓練をする。そばにおいてあるコップに入っている水がぶくぶくと沸騰している。もし宇宙服を着てないなら、それに穴が開いてたら、と想像するだけでも怖い。


ある練習ダイヴの時には、宇宙服を着て飛行機からダイヴしようとするバウムガートナーを機の外に乗り出してサポートしようとしているティームの一人が、バウムガートナーが準備でもたついている間に低酸素症になって意識を失い、そのまま機外に落ちていった。おい、今、誰か落ちたぞ、下に。誰か、見てた、今の? 誰か落ちたってば、と思わずこちらまで慌てる。その男は結局、落ちながら地表に近づくと、気圧が高くなって頭に血が戻り始め、意識が戻って自分でパラシュートを開いて無事着地したが、意識を失った時のことはまったく覚えてないそうだ。危険極まりない。


そんなこんなでついにジャンプ決行の2012年10月9日を迎えるが、強風のため断念、5日後の10月14日に、ついに気球はテイクオフする。最初に企画が立ってから既に5年以上の歳月が経っていた。しかし途中ヘルメットのヒーターに不具合が生じてバイザーが曇り、視界が利きにくくなる。ただでさえ左右が見にくい宇宙服の ヘルメットに加えてさらに視界が曇ると、自分の姿勢がわからなくなって落ちながら危険なスピンに陥ることも予想される。しかしここまで待ったのだ。もう待てない。バウムガートナーは熱源を別バッテリーからとるなど地上からの指示で対策をとり、そのまま上昇を続ける。そして高度約39kmに達し、キッティンジャーのGoサインにより、気球のカプセルから遥か下の下界に向けて飛び降りた。


カプセルに備え付けられたカメラから撮られたバウムガートナーは、それこそあっという間に下に落ちていってすぐにほとんど見えなくなる。映画やTVならここで当然のようにスロウ・モーションになって勿体つけるところだが、もちろんここではそんなことにはならない。むしろ呆気にとられるくらいあっさりと、バウムガートナーは見えなくなった。そのことが逆にこの映像がフィクションではなく事実であると再認識させる。


バウムガートナーは約4分間のフリー・フォールの後、パラシュートを開いて無事地上に降り立った。心配されたスピンに途中陥りかけたがなんとか立て直し、生身で音速の壁を超えた。地上に降りたバウムガートナーはガッツ・ポーズ、スタッフもコントロール・センターから拍手で無事の帰還を喜ぶ。単に高いところから下に向かってダイヴするという、それだけでこんなに緊張させられるとは思わなかった。


バウムガートナーがダイヴを決行する瞬間は、グーグルが今年の印象的なイヴェントを編集した2012年の総集編ヴィデオで、トリを飾っていた。それを見て、またこの番組を思い出した。バウムガートナーはまだ何か次の挑戦を考えていたりするだろうか。


ところで、バウムガートナーを地上遥か高くに連れて行った気球は、彼が飛び降りた後、どうなったのだろう。リモート・コントロールでまた降ろして回収したのだろうか。あるいはそのまま地球大気圏を抜けて宇宙のごみになってしまったとか。










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