放送局: MTV
プレミア放送日: 6/24/2002 (Mon) 22:30-23:30
製作: 7ポニーズ・プロダクションズ、MTV
製作総指揮: キャサリン・フィン
クリエイター/脚本: セルジオ・マイヤーズ
共同製作総指揮: ラッセル・ヘルト
監督: ミシェル・ブランダ、ジェフ・フィッシャー、ライラ・フィウマ、イーサン・プロクニク、ビル・プルーイット
出演:
プレッジ: アマンダ・ヘイル、キャンデス・ハナ、ディーディー・パーカー、ジェシカ・アルヴァレズ、ジョーダン・アーリック、マラ・マクダーモット
シスター: リア、レスリー、レイチェル、ベッカ、ステイシー、ポーリー
内容: カリフォルニア大学デイヴィス校の女子クラブにカメラを持ち込み、その一部始終をとらえるリアリティ・ショウ。
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近年、MTVはミュージック・ヴィデオ専門局ではなく、ティーンエイジャーを中心とした若者向けの流行発信源としてのチャンネルとして存在価値を見出しており、プライムタイムには「トータル・リクエスト・ライヴ (TRL)」以外、ほとんど音楽関係の番組はない (番組ホストや出演者が音楽関係者だったりするが、その内容は音楽と無関係だったりする)。音楽を媒介とする若者向けライフ・スタイル・チャンネルというのが、現在のMTVが目指している方向性と言えるだろう。
そのMTVが今春編成した「ジ・オズボーンズ (The Osbournes)」の空前の大ヒットは、今年、これまでのアメリカTV界最大のニュースであった。ショック・ロッカーことオジー・オズボーンと、彼の尋常ではない家族の一部始終をあまさずとらえた「オズボーンズ」は、あっという間に誰もが話題とするケーブルTV界最強の番組として確立、ネットワークの諸番組すら寄せつけない圧倒的な強さを見せた。一昨年のサプライズ・ヒットの「ジャックアス (Jackass)」が完全に霞んでしまったほどだ。
とはいえ「オズボーンズ」以前も以降も、MTVは「ザ・リアル・ワールド (The Real World)」や「ロード・ルールス (Road Rules)」等の人気番組をはじめとする種々雑多なリアリティ・ショウを編成しており、「オズボーンズ」はその中で金的を射止めたというだけに過ぎない。しかし、いずれにせよ「オズボーンズ」のおかげで、MTVが編成するその他のリアリティ・ショウも、漁夫の利を得る形で注目を集めるようになった。
とにかく春から夏にかけて、MTVはまた色々なリアリティ・ショウを編成したのだが、その中で私の目に最も面白そうに見えたのが、この「ソロリティ・ライフ (Sorority Life)」である。「ソロリティ」とは、大学等の女子だけのクラブのことで、結構優等生とかが集まる、特権階級的な色彩を持つ機構のことだ。その、男子禁制の女の園にカメラを持ち込み、内部の一部始終を見せてくれるというのだ。これは男として惹かれるものを感じる。
アメリカではだいたいどこの大学にもこのソロリティと、対極にある男性だけのクラブであるフラターニティ (Fraternity) がある。一昔前までは、この種のクラブのメンバーは勉学にもスポーツにも秀で、よい家柄の出身であるというのが相場だった。クラブに入るには厳しい資格検査をパスしなければならず、つまり、ソロリティ、あるいはフラターニティのメンバーであるというのは、一種のステイタス・シンボルであった。今でもその傾向は多少は残っているとはいえ、しかし、現在においては、これらのクラブは、どちらかといえば、単なる友達同士の集まりの域を出ない (ように私には見える)。要するに、学生時代に、学生という身分を最大限に利用して、大手を振って騒げる場を公的に提供するシステムが、現在のソロリティ、およびフラターニティなのだ。
「ソロリティ・ライフ」は、UCD (University of California, Davis: カリフォルニア大学デイヴィス校) のソロリティのメンバーの日常を記録するリアリティ・ショウだ。ソロリティは共同体だから、一つの寮で皆寝起きを共にする。そうやって友情を育むと共に助け合いの精神を学び、共同生活のなんたるかを身体で覚えるわけだ。もちろん、現在ではそれはほとんど建て前で、親元を離れての共同生活は、どちらかというと親の目を気にせず羽目を外せる修学旅行的に見えないこともない。
一応まだソロリティはそれなりの存在意義を維持しているようで、このUCDのソロリティも、新たにクラブ参加を欲する新規メンバー予備軍がいる。そういう予備軍にソロリティの意義や予備的な知識を教える、いわゆる日本の大学のクラブ勧誘みたいな儀式があり、それは「ラッシュ (Rush)」と呼ばれる。クラブ参加を希望する予備軍はこのラッシュ・ウィーク期間に先輩メンバー (「シスター (Sister)」と呼ばれる) との交流を深めながら、自分が本当にクラブのメンバーとしてやっていけるかを判断し、また、シスターの方でも、自分たちの跡を継ぐべき新メンバーを常に取捨選択しているのだ。
ラッシュが終わった後、シスターたちは希望者の中からこれはと思った者を選び出し、正式にクラブ参加を認める招待状をわざわざ自分たち自身で届けて回る。結構儀式めいて大掛かりなのだ。こういう、伝統にのっとってしきたり通りに物事を運ぶ堅苦しいところが、逆に今の時代に受けているのかもしれない。いずれにしても、バラの花と共に正式な招待状を手渡された予備軍は、しかし、これで彼女らも公的にシスターとなることを認められたかというとまだまだそうではなく、やっとこの時点でその入り口に立ったに過ぎない。彼女らは、あくまでもクラブに参加することを許された「プレッジ (Pledge)」と呼ばれる非公式な新メンバーになったに過ぎず、10週間のプレッジ期間を経て、晴れて本物のメンバーになれるかどうかが決まるのだ。番組は、これからこの、新しく選ばれた6人のプレッジを追いかけることになる。
なんて大掛かりなことをやっているのだが、実を言うと、これは参った。というのも、番組はその6人のプレッジを中心に、さらに6人のシスターを絡めて追いかけるわけだが、どれもこれもはっきり言ってしまうと‥‥ブスなのだ。全員が全員見られないほどというわけではないが、しかし、圧倒的に見る気になんか到底ならない子の比率の方が高い。
考えたら現代では、本当に綺麗でもてる女の子が、こういうクラブに入る必要なぞどこにもない。門限のあるこういうクラブは、活動の足枷にしかならないだろう。一昔前、女性が自由に夜遊びをできなかった時代では、こういうクラブに参加して社交界デビューの修練を積むことが必要であったかもしれない。よき母、よき女性への道を極めることに意義を見出していた女性も少なくなかったのかもしれない。しかし、この種のクラブは既に過去の遺物となってしまっている。現在において存在意義はもうほとんどないのだ。
多分、だからではないだろうか。今ソロリティに入ろうと本気に考えるような学生は、たまたま自宅がキャンパスに近いために自活できない女の子が家元を離れる理由にするために入るとか、どうしてもボーイフレンドができない女の子が、集団で行動することによってフラターニティの男の子と近しくなれるとか、あるいはよくてせいぜいが興味本位に過ぎないのではないかと思える。
というのも、プレミアの最後では無事プレッジに選ばれた女生徒が引っ越してくるのだが、門限が11時と定められているのにもかかわらず、いきなりプレッジたちはそれをぶっちぎってそのうちの一人の子のボーイフレンドの家で、夜中までビール片手に騒いでいるのだ。ま、一応ボーイフレンドがいる子もいたんだなという感慨と共に、その子にくっついて行ってしまう他のプレッジたちを見ると、さもありなん、やはりこいつら自由と男が欲しかっただけなんだなと思ってしまう。彼女らにソロリティの本当の意義がわかっているかどうかは疑問である。結局、いきなりプレッジたちは門限破り、深夜に帰ってくると、黒板には様子を見にきたシスターたちの脅し文句ともとれる書き置きが残っていた‥‥という寸法なのであった。
なんか、もう、勝手にやってくださいよ、という気になってくる。なんで私はこんなどう見ても可愛いとは口にするのも憚られる女の子たちにつき合わなければならないのか。無論アメリカに住むすべての女性が美人で可愛かったりするわけではないが、番組に出てくる女の子たちのレヴェルは、いくらなんでもひどすぎる。こんな子たちのプライヴェートな部分なんか、頼まれても見たかない。
「ソロリティ・ライフ」を見ると、ネットワークが編成するその他の素人参加リアリティ・ショウが、いかに厳しく参加者を吟味しているかがわかる。「サバイバー」には毎回必ずアイドル的な女の子がいるし、「ドッグ・イート・ドッグ」は時としてビューティ・コンテスト並みのメンツを揃える。「ウィーケスト・リンク」みたいなクイズ番組ですら、一応十人並みのメンツは集めるのに、なんでこの番組だけはこうなんだ。そういえば昔、タモリの「笑っていいとも」でブス・コンテストみたいなのがあったが、今考えると、彼女たちの方がまだ可愛げがあった。MTVは今度は当然の如く、「ソロリティ・ライフ」の男性版として「フラターニティ・ライフ」の放送を企画しているようだが、やっぱり、女性にもてない男ばっかりが出演するんだろう。この番組が「オズボーンズ」の跡を継げる番組になれるとは、到底私には思えない。
