Sideways   サイドウェイズ  (2004年11月)

マイルズ (ポール・ジアマッティ) はバツ一で現在独り者。いまだに昔の女房を忘れられない。教師をしながら小説家として身を立てたいと考えている。趣味はワインでプロ並みの批評眼を持つ。親友で俳優のジャック (トマス・ヘイデン・チャーチ) が一週間後に結婚することになり、二人で最後に羽目を外しながらワインを飲んでゴルフを楽しもうと車を駆ってカリフォルニアのワイン・カントリーを目指す。リビドー盛んのジャックは結婚前に絶対他の女と寝るんだと息巻き、ワイナリーのステファニーといい関係になる。一方、マイルズもマヤ (ヴァージニア・マドセン) といい線まで行くが、どうしても最後の一歩が踏み出せない‥‥


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アレクサンダー・ペインの新作は、レックス・ピケットの同名原作を映像化した、中年男の人生再発見もの。最近、この作品ほど批評家から好かれている作品は滅多にお目にかかれない。今公開中の作品で少なくともこれに近いくらい評がいいのは、アニメーションの「Mr. インクレディブル」くらいだ。とはいえ最近はとんとアニメーションには興味を覚えず、それでもヴィデオを入れれば1年に1本くらいは見ているのだが、それもこないだTVでプレミア放送されたばかりの「ベルヴィル・ランデブー (Triplets of Belleville)」を見たばっかりなので、こう続け様にアニメーションを見る気にならない (でも面白かった!)。というわけで、自然「サイドウェイズ」を選択する。個人的な嗜好から行くと、私は全員そろって誉め称えるような作品より評価が割れる作品の方に惹かれる傾向があるのだが、この作品を見とかないと周りと話ができないんだよね。


たぶん世界中に流通している一般的なイメージの一つとして、アメリカの食事は美味くないということがある。実際の話、アメリカの一般的なレストランなら、特においしくもない、その上普通の日本人の胃袋では到底平らげることのできないほどの山盛りの料理が出てくる。さらにマクドナルドを筆頭とするファストフードの陰謀によって脂肪のとり過ぎになり、アメリカ人の約3分の2はオーヴァーウエイトと言われている。そういうところで外食ばかりしていたら、平均的な日本人なら確実に胃袋が音を上げるはずだ。


ところが実際にアメリカに住み始めて意外に思ったことの一つに、アメリカにだって食通はいるんだ、おいしい食事を出すレストランもあるんだ、おいしいワインを生み出すワイナリーもあるんだということがある。ちゃんと自分の舌と足で開拓したアメリカン・レストランの店に日本から来た知人を連れていくと、一様に皆驚く。美味いからだ。しかもヘルシーだったりする。それで肥満ばかり多いのはまだまだそれが少数派だからだが、少なくともまずいアメリカ料理ばかりではない。


その中でも最近、特に注目されているのがアメリカ産のワインだ。フランシス・フォード・コッポラがカリフォルニアに持つワイナリーは既に広く知られているが、それ以外にも、西海岸にはかなり美味いワインを生産するワイナリーが数多く存在する。それがアメリカ的経済流通システムに乗っかると、うまいワインが安く手に入るという、ワイン好きにとってはまたとない環境ができ上がる。実際ワイン通にとっては、世界各地のワイン+アメリカ産のワインがお手頃価格で手に入るアメリカのワイン環境は、非常に魅力的なもののはずだ。


アメリカでどれだけワインが安いかというと、これは特別なケースなのだが、アメリカのディスカウントストア・グローサリー・チェーンにトレイダー・ジョーズというのがあり、ここでしか買えない名物ワインとして、「チャールズ・ショウ」という銘柄のワインがある。しかしこのワイン、この銘柄名で呼ばれることはなく、通常、「2バック・チャック」と呼ばれている。その理由はこのワイン、2ドルしかしないからだ (2バックというのは2ドルという意味。) しかしその値段に反して味の方はちゃんとしており、私の印象では失敗した20ドルのワインより2バック・チャックの方が美味い。


とまあ話が脇にそれたが、「サイドウェイズ」の主人公マイルズは、そういう、アメリカ、特にカリフォルニア近辺のワインの愛好家であり、ワイナリーではかなり顔が利く、少なくともワインに関してはかなりの通だ。とはいえその取り柄をとっぱらってしまうと、マイルズがこの世で得意としているものはほとんどない。その職業はと言えば学校の教師であり、それも好き好んで就いている職ではなく、本当は作家として身を立てたいと思っている。別れた女房に未練を持っており、元の鞘に収まる可能性にまだすがっているのだが、別れたのは既に2年も前のことであり、普通、常識で考えてそのチャンスがないことは、他人の目には火を見るより明らかだ。


さらにマイルズはどちらかと言うと優柔不断であり、口数並べて女の子を口説き落としたり、友人のジャックのように押して押してものにするということもどうしてもできない。その上、外見はまったく取り柄のない中年男であり、背は高くなく、頭は薄くなり腹は出てきているとなれば、女性にもてるわけがない。それなのにいったんワインについて語り始めると、誉め称えたり中傷したりさり気なくいたわってやる言葉がとめどなく後から後から出てくる。ようするにこの男、女性にはおくてだが得意分野になると徹底して極めずにおけないという、典型的なオタク中年なのだ。


作品はそういうマイルズと、結婚直前という悪友のジャックの、いわゆる独身最後の羽目を外すバチェラー・パーティ的な道行きを描くロード・ムーヴィである。ロード・ムーヴィとはいっても、そこは既に人生の半ばに達してしまった中年が主人公なのだが、それでも人生にはまだ楽しいことややり残したことや思い残したことなど、期待も後悔もまだまだ残っている。これだけは誰にも譲れないというものもあれば、人の口車に流されることもある。つまり中年とはいっても、せいぜい20年前からほんの少しだけ成長してほんの少し社会でうまく立ち回れる術を覚えただけで、その本質は、まだまだ邪念だらけの青二才とほとんど変わらない。いやあ、自分だけじゃなかったと安心してしまう。


要するにこの作品、そういう人生の第二の過渡期に立ち入った、まだまだ悟りの境地にはほど遠い男たちと女たちを描いている。ステファニーを演じるサンドラ・オーだけは、中年というにはちと若すぎるという感じがするが、彼女だって既にバツ一の子供持ち、結局、人間っていつまで経っても変わらない、悩める存在なのだということを、笑いのオブラートに包んで見せてくれるのが「サイドウェイズ」なのだ。実際彼らは私の年齢とたぶんほとんど変わらない。おかげで非常に素直に感情移入して見れた。実際に近くを見渡しても、まったくとは言わなくても、似たような状態にいる知人は何人もいる。特にジャックみたいな、独りよがりでいつも迷惑ばかりかけられているがなんとなく憎めない得な奴って、いるんだよなあと思ってしまった。


当然主演の4人もほぼ絶賛されている。冴えない中年男を演じさせたら、今ジアマッティの右に出る者はいないだろうし、ヘイデン・チャーチがこれまたいい相方を演じている。マドセンは昔、SF界のお姫様的な印象があったんだが、いつの間にかこういう地に足のついた役が似合うようになってしまった (ちょっと肉がついたせいもある。) 実は彼女が3年前にケーブルのTNTでトム・セレックと共演した西部劇「クロスファイア・トレイル (Crossfire Trail)」は、アメリカのケーブルTVの映画放送の視聴率記録を持っている。だから今のアメリカ人にとって、こういうマドセンを見ても別に違和感もないだろう。


オーは、最初、「トスカーナの休日 (Under the Tuscan Sun)」で見た時は、正直言ってなんて変な顔なんだろうと思ったのだが、既に慣れてしまったのか、今回はわりあい可愛いとこもあるじゃないと思いながら見ていた。一度見たら絶対に忘れられない顔で、もしかしたら得しているのかもしれない。そういえばオーとジアマッティは、「マルコム・イン・ザ・ミドル」のフランキー・ムニツ主演のガキ向け作品「ビッグ・ライアー (Big Fat Liar)」で、既に共演している。この二人がガキ向け作品で共演しているということがすごく不思議に感じるのであった。






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