Shadow of the Vampire

シャドウ・オブ・ザ・ヴァンパイア  (2001年2月)

ウィアード (weird) という単語が英語にはある。変な、奇妙な、ずれている、を意味する単語である。ストレインジ (strange) なんかよりもっと頻繁に使われる口語であり、もっと「普通じゃない」という感じが強い。この映画を見て私が真っ先に思ったのが、この単語であった。まったく変な映画なのである。1920年代、ドイツ、サイレント映画界を代表する監督であったF. W. ムルナウがヴァンパイア映画「ノスフェラトウ」を撮った。「シャドウ・オブ・ザ・ヴァンパイア」はいわばそのメイキングなのであるが、とにかくこれが普通じゃない。


ムルナウは「ノスフェラトウ」を成功させるために、他の誰にも知らせることなく、一人でこの映画の最大のポイントとなるヴァンパイア役のマックス・シュレックを探し出してくる。誰もシュレックの素性を知らず、役と同化するためにほとんどヴァンパイア同然の生活をしながらセットに現れるシュレックは、次第に撮影を混乱させるようになり、ムルナウと対立するようになる、というのが大まかなストーリー。ムルナウに扮するのがジョン・マルコヴィッチ、シュレックに扮するのがウィレム・デフォーである。


近年のヴァンパイア映画というのは、怖がらせようとする意思を最初から放棄しているのか、ホラーという要素が希薄な場合が多い。ヴェルナー・ヘルツォークが世紀の怪優クラウス・キンスキーを起用して撮ったヴァンパイア映画「ノスフェラトウ」も、あまり真面目にやり過ぎて思わず失笑が漏れる類いの映画だったし、フランシス・コッポラの「ドラキュラ」も、美しくはあったが、あれを怖いと思ったものはいないであろう。ニール・ジョーダンがトム・クルーズとブラッド・ピットを起用して撮った「インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア」では、最後の方で復活したクルーズが橋の上で血舐めずりをしながら「I already feel good」とか言うシーンで、私は映画を見ながら爆笑してしまった。現代のセンシティヴィティでは、ヴァンパイア物語はもはや人を怖がらせる題材ではないらしい。TVの「バフィ 恋する十字架」「エンジェル」では、むしろヴァンパイア物語という隠れ蓑をまとった青春ストーリーとして生き永らえている。


「シャドウ・オブ・ザ・ヴァンパイア」も、狙ってかどうかは知らないが、思わず苦笑したり失笑したりするシーンが多い。もともとサイレント時代の映画というものは、舞台俳優がその大仰な演技をそのまま持ち込んだことも手伝って、おしなべて演技が大袈裟である。それを現代の俳優デフォーがそのまま真似するのだ。しかも彼の役はヴァンパイアである。目を剥いたり大袈裟に驚いたり、それを撮影のシーン以外のところでもやるもんだから、どうしても失笑を禁じ得ない。この演技でデフォーがアカデミー賞の助演男優賞にノミネートされるなど、かなり誉められているというのが私には意外である。まあ、実際問題としてうまくムルナウのヴァンパイアに似せているということに関しては感心するが、やはりあれは変だ。対するマルコヴィッチはまさに現代的な役作りで挑んでいるというのにである。


このとらえどころのないシュレックに対し、ムルナウは自分の映画を成功させようと東奔西走する。二人のすれ違いを内包したまま、撮影はついに「ノスフェラトウ」のクライマックスである、朝日を浴びてヴァンパイアが死に絶えるというシーンの撮影に入る。このクライマックスがまた‥‥あっと驚くというか、唖然としてしまうというか‥‥。ここでの何があっても撮影を続行しようとする映画監督としてのマルコヴィッチは、とりもなおさずこの映画の監督であるE. エリアス・メリゲを代弁しており、マルコヴィッチの撮影に対する姿勢はそのままメリゲの映画に対する気持ちであろう。マルコヴィッチは「ディレクター 『市民ケーン』の真実」なんかの真っ当な人間よりはエキセントリックな今回の方が合っているとは思うが、それでも「シークレット・サービス」以来、本当の彼の持ち味を見た記憶はない。頼むから誰か彼にほとんど切れている悪役をやらせてくれ。


この映画は、アイディアを聞いて、脚本を読んだ段階なら非常に面白そうに見えただろうなというのはよくわかる。でも多分、監督の頭の中には、他の皆が想像していたのとは異なった完成像ができていたんだな。この映画に出演したものは、できた映画を見てあっと驚いたのではなかろうか。おれたちってこんな映画に出てたわけ? と、皆びっくりしたような気がする。 「ノスフェラトウ」は確かに映画史に残る映画であり、そのリメイクやメイキングを自分のアイディアを加えて撮ってみたいという気持ちは充分よくわかるが、でき上がったものは実にウィアードな映画であった。でもこの映画、カルト化しそうな気がする。 







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