Room


ルーム  (2015年12月)

この作品、エマ・ドナヒュー著の「部屋 (Room)」という原作があるのだが、そもそもの発想を一昨年にオハイオ州クリーヴランドで発覚した監禁事件から得ているのは、まず間違いなかろうと思っていた。アリエル・カストロという名前だけを聞くと女性のような名を持つ、少なくとも今はじじむさい男が、ほぼ10年前に3人の女性を連続して拉致して、自宅の地下に監禁していたという事件だ。


カストロは10年もの間、自分の欲望を満足させるためだけに彼女らを束縛し、定期的にレイプし続けた。避妊なんかするはずもなく、そのうち監禁されている女性の一人が妊娠、自力で女児を出産した。その子は6歳になるまで地下から出ることなく、女性たちと一緒に育てられた。


さらにその後、時たま彼女らの誰かが妊娠すると、カストロは邪魔になるからといってお腹を蹴り、強制的に流産させていたそうだ。鬼畜にもとる行為で、実際にカストロが逮捕されて女性が解放されたというニューズを見てなければ、本当に起こったことだとは到底信じ難い。


しかし10年も同じことを続けていると、心に隙ができるのだろう、ある時、カストロは戸締まりを疎かにし、女性の一人が外に脱出して助けを求めた。助けを求められた人もさぞ驚いただろう。カストロはすぐさま逮捕され、1,000件に及ばんとする有罪判決を受け、ほとんど間髪を入れずに終身刑が確定した。正確には保釈の可能性なしの終身刑プラス1,000年だそうで、もちろん生きて刑務所から出られる可能性はまったくない。


結局カストロは収監されてから約一月後に獄中で首を吊って自殺した。その後監禁されていた女性の一人が、私たちは10年間も拘束されていたのに、この男は一月も我慢できなかった、みたいな談話を発表していた。


カストロは通学バスのドライヴァーで、10年以上前に妻に逃げられ、その後一人で一軒家に住んでいた。両隣りも普通の民家が数メートル先に建っている。一見してどこにでもある普通の家で、誰もこの家の地下に3人の女性が10年間も監禁されていたとは思わないだろう。


映画では、これもごく普通の住宅地の裏庭に7、8メートル四方の大きさの小屋が建っており、ジャックと母はその中に閉じ込められている。カストロの場合と違って地下ではなく外はすぐに外界と繋がっており、天井窓から空も見える。大声を出したり暴れたりすれば音が外に届かないかと思うが、近年のシェルターのような建築物件はいざという場合に備えて密閉性が高く、防災防音に優れているそうだから、外からは中に人がいるとは気づきにくいのかもしれない。


カメラは前半、その閉じられた空間から外に出ることはなく、閉塞感が充満する世界をとらえる。息苦しくてこんなんがずっと続くのはやだなあと思っていたら、中盤、ジャックと母は脱出に成功する。しかし二人の受難はそれで終わりではなく、その後も続く。というか、他人の住む社会というまったくこれまでとは違う異界においては、順応して生きていくという点では、むしろ新しい世界の方が生きにくかった。


原作、および映画の作り手の興味の重点は、どちらかというと二人がどうやってそれからの世界に順応して生きていくかという、後半にあったようだ。ジャックがこの5年間に会ったことのある人間は、母と、彼らを監禁しているオールド・ニックと呼んでいる男しかいない。それがある日、いきなり外の世界に放り出される。


母も元の世界に順応することを学び直さざるを得ないが、周りは腫れ物に触るように彼女らを扱う。好奇の目も絶えず注がれる。実の父は、犯罪者の子であるジャックを抱くどころか、目を合わせることすらしない。ジャックにとっては、見るもの触るもの会う人間すべてが初めてのものだ。それらに触れ、体験する興奮ももちろんあるが、一方でそれは疲れることでもある。ジャックは、母と二人だけで満たされていた、あの小屋に戻りたいという思いもあった‥‥


実はこの項をここまで書き終えてAmazonで原作をチェックしてみたら、発売が2010年になっていた。えっ、では、この作品、カストロ事件から想を得たものではない? と愕然とした。こんな、現実に起こったのじゃなければ嘘くさいと言われて終わりそうな話を、自分で考えたのか。


調べてみたら原作は、カストロ事件ではなく、別の、2008年にオーストリアで発覚した事件からアイディアを得たものだそうだ。このフリッツル事件は、父親が24年間にわたって実の娘を監禁、レイプ、虐待して何人も子供を生ませたというもので、血の繋がった娘をレイプするなど、ある意味カストロより性質が悪い。


ドナヒューはこの事件を元に「部屋」を書き、レニー・エイブラハムソンはこの作品を映画化し、そしてカストロ事件が起こった。フィクションが現実を模倣し、さらに現実が虚構に追随した。世の中って意外性に満ちている。











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ある女性 (ブリー・ラーソン) と5歳になる息子のジャック (ジェイコブ・トレンブレイ) は、ジャックが生まれる前から、ある部屋の中に監禁されていた。一定期間を置いてある男がやって来て、食料および生活必需品を置き、そして女の身体を求めて帰っていくという生活を、もう何年も続けていた。ジャックは、生まれてから一度も外の世界を見たことはなかった。ジャックがある程度自分の考えで動くことができるようになったのを見てとった女は、ついに長い間暖めていた計画を実行に移す。それはジャックに死んだ振りをさせ、どうしてもそのままほってはおけない男がジャックを外に運び出した隙に、逃げ出して助けを求めるというものだった‥‥


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