Prisoners


プリズナーズ  (2013年9月)

「プリズナーズ」の監督が「灼熱の魂 (Incendies)」のドゥニ・ヴィルヌーヴだということを知ったのは、実際に映画を見て、帰ってきて関係者を調べ始めてからだ。なんといっても宣伝され、注目されていたのは主演の二人、ヒュー・ジャックマンとジェイク・ジレンホールで、たまさかトーク・ショウに主要出演者が大挙してゲスト出演しているのを見ることはあっても、そこに監督の姿なぞなく、私はてっきりオーストラリア人が主人公のメイド・イン・アメリカ作品だとばかり思っていた。


近年、一見すると生粋のアメリカ映画、それも土くさい、バタくさい、中西部を舞台とするような作品の多くに、オーストラリアやその辺りの出身の俳優が主演している。それだけでなく、作り手もアメリカ人じゃなかったりする。元々ハリウッドは非アメリカ人によって支えられては来たが、アメリカの土着と言える中西部等の深部、いくらなんでもこれはアメリカ人じゃないと撮れないだろうと思える舞台、題材を、よく見るとアメリカ人じゃない者が撮っている。


真っ先に思い出すのは「欲望のバージニア (Lawless)」のジョン・ヒルコート、「ジャッキー・コーガン (Killing Them Softly)」のアンドリュウ・ドミニクだ。そして今、いかにもアメリカの現在の問題を切りとってきたかのように見える「プリズナーズ」を撮ったヴィルヌーヴは、カナダ人だ。カナダはアメリカの隣国ではあるが、お国柄というのはやはりあるし、「灼熱の魂」や本人の名字からも察せられるようにヴィルヌーヴが育ったのはフランス語圏のケベックだから、文化圏としてはかなり異なるだろう。それにしてもヴィルヌーヴの写真を見ると、ドニー・ウォールバーグを連想してしまうのは私だけか?


「プリズナーズ」の主人公ケラーは個人経営の大工だ。秋も深まって鹿猟が解禁になると、息子を連れて銃の撃ち方を教えたりしている。だいたい、父が息子に銃の撃ち方を教えるというのは、アメリカの都市部以外の地域においては、父と息子の関係を築き上げるという点でかなり伝統的な行事と言える。父がホワイト・カラーの場合は必ずしもそうとは言えないが、軍人上がりだったりする場合、ごく少数の例外を除き、父が息子に銃の撃ち方のイロハを教えるというのは普通にやる。


ニューヨークのアップステイトに住む私の知人は元軍人で、やはり冬季には猟をする。息子と娘がおり、当然の如く息子には猟の仕方を教えている。私も一度冬に訪ねた時、これから鹿猟のために山籠もりするんだと言われて、猟の間籠もる掘っ立て小屋に連れられて行ったことがある。立てつけの悪いドアを開けた途端、汗臭い男の臭気でくらくらし、一発でオレは猟なんか金輪際しないと思った。


作品内では確か場所は特定されていなかったと思うが、そういう経験や、映画の冒頭で描かれる鹿猟のために、私はこの作品、アメリカ北東部の州が舞台だとばかり思っていた。少なくとも南部ではないだろう。印象としてはずばりペンシルヴァニアだ。もちろん「ディア・ハンター (The Deer Hunter)」の印象も引きずっているのは言うまでもない。


そしたらこの映画、ロケ先を調べてみたら、ジョージア州アトランタ近辺となっている。アトランタ? 南部の首都とも言えるあのアトランタか? 本当か。アトランタってこんな寒そうなのか? あそこ、感謝祭に雪が降るってことがあるのか?


ここまで驚いたのは、むろん映画の中で雪が降って寒そうだったからに他ならない。私の住むニューヨーク近郊は、アトランタからは緯度的にはかなり北になるが、それでも11月末の感謝祭の時期ではまだ雪は、降らないとは言わないが積もらない。一昨年のように感謝祭どころか10月のハロウィーンの時にどか雪が降って交通麻痺とかいうこともないではないが、例年だとやはり本格的に雪が降るのは12月になってからだ。


映画では、ケラーが何かしかねないと思ったロキ刑事がクルマの中からケラーを監視している最中に、みぞれ混じりの雨が雪に変わる。非常に印象的なシーンで、あまりにも劇的なのでほとんど演出を感じるが、しかし人工的な雪にはまったく見えず、もし実際に撮影中に偶然雪が降り出したとしたら、ストーリーに自然界を追随させるなんてヴィルヌーヴはなんという強運の持ち主なんだと思っていた。それがよりにもよってアトランタと聞いて、なおさら驚いたのだった。あれが人工雪だったとしたら、ハリウッドの特殊効果って本当にすごい。


主人公のケラーを演じるのがヒュー・ジャックマンで、昨暮れ、「レ・ミゼラブル (Les Miserables)」で19世紀フランスで歌いながら官憲の目を逃れ、今夏は「ウルヴァリン: SAMURAI (The Wolverine)」で前世紀の長崎の原爆に遭遇した後、文字通り爪を隠して北米の山奥に潜み、そして今回は現代アメリカでいかにも今的な犯罪に巻き込まれる。時代や時には種すら超越する活躍には目を見張らされる。歌って踊れて演技もできる万能タレントとしては、音楽業界だとまず思いつくのはジャスティン・ティンバーレイク、TV界だとパトリック・ニール・ハリス、そして映画界ではジャックマンの三羽烏で止めを刺す。皆すごい才能だと思うが、あれだけの実力を持つティンバーレイクですら、どれだけ一生懸命やっても曲がヒットするとは限らないとなにかのインタヴュウで言っていた。今さらながらものすごく競争の厳しい社会に住んでいる。ジャックマン頑張れと思うのだった。


ジャックマンの言動を憂慮するロキ刑事に扮するのがジェイク・ジレンホール。前回見た「エンド・オブ・ウォッチ (End of Watch)」でも警官だが、しかし「ミッション: 8ミニッツ (Source Code)」「プリンス・オブ・ペルシャ/時間の砂 (Prince of Persia: The Sands of Time)」のように、実は時間を止めたり遡ったりすることが最大の得意技という、やはり一筋縄ではいかない男だ。とはいえ今回の話で思い出すのは「エンド・オブ・ウォッチ」ではなく、ゾディアック殺人事件を追った「ゾディアック (Zodiac)」の新聞紙付けマンガ家の方だ。時間を止めたりできても実は辛抱強く捜査するのも性に合ってるらしい。


さらにその周りをテレンス・ハワード、マリア・ベロ、ポール・ダノ、ヴィオラ・デイヴィス、メリッサ・レオなんていう曲者が取り囲んでおり、目を逸らせない。特筆に値するのは知恵遅れのアレックスを演じるダノで、この胡散くささは若手では右に出る者がない。ハワードも「デッド・マン・ダウン (Dead Man Down)」では非情なギャングのボス、ここでは気の小さな小市民と、役幅広い。レオも今年だけでもSF「オブリビオン (Oblivion)」「エンド・オブ・ホワイトハウス (Olympus Has Fallen)」での政治家と、広範囲に活躍している。しかし私は、レオはこういう田舎の運に見放されたおばさんみたいな役が最も合っていると思う。ジャックマンの息子ラルフを演じるディラン・ミネットも「モールス (Let Me In)」以来私が目をつけている若手有望株で、デイン・デハーンと共に将来が楽しみ。


等々、「プリズナーズ」は、アメリカ内陸部を舞台とした、「灼熱の魂」同様、やはりギリシャ悲劇のような重厚な物語だ。今年オハイオ州クリーヴランドで、ティーンエイジャーの時に誘拐され、10年以上も地下で奴隷のように監禁され、やっと脱出した3人の女性の話が大きなニューズになった。かと思うと昨年、30年前に行方不明となった少年を殺したという男が逮捕され、消息は知れなくともせめてどこかで生きて暮らしていることを祈っていた親の一縷の望みを粉砕した。子供の誘拐、拉致、虐待、殺害事件は、頻繁とは言わないが常にある。親の身になれば、目の前に我が子を誘拐したに違いない犯人がおり、司法が手出しできないとすれば、自分の手で裁きを下すと考えても不思議はない。しかしむろん、そのことは事態の解決にはほとんどなんの役にも立たないのだった。しかし、それにしてもジャックマンって、人の20倍は苦悩しているような気がする。









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ケラー (ヒュー・ジャックマン) は愛する妻グレイス (マリア・ベロ)、長男のラルフ (ディラン・ミネット)、まだ6歳の長女アナに囲まれ、つましいながらも仕合わせな生活を送っていた。感謝祭のディナーは、近くに住む親友のフランクリン (テレンス・ハワード) の家で楽しいひと時を過ごす。しかし帰る段になって、アナと、フランクリンの娘ジョイの姿が見えないことに気づく。どこを探しても見当たらず、両家は段々パニックに陥る。警察に通報し、ラルフが目撃した路上に停まっていた不審なRV車が手配される。そのRV車が近くのガス・スタンドで発見され、運転していたアレックス (ポール・ダノ) が逃げようとしたことから逮捕される。しかしアレックスは知恵遅れで、尋問は要を得ない。結局証拠不充分で、警察はアレックスを釈放せざるを得なくなる。しかしアレックスが犯人であることを信じて疑わないケラーは単独でアレックスを拉致、監禁してなにがなんでもにアナの居所を白状させようと試みる。一方ロキ刑事 (ジェイク・ジレンホール) は、ケラーが先走り過ぎないか不安を感じていた‥‥


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