ジョージア朝英国。ジェイン (ロザムンド・パイク)、エリザベス (キーラ・ナイトリー)、メアリ (タルラ・ライリー)、キティ (キャリー・マリガン)、リディア (ジェナ・マローン)のベネット家5姉妹はそろそろお年頃で、母 (ブレンダ・ブレシン) はそんな娘たちの動向が気がかりでしょうがない。そんなところに資産家のビングリーとダーシー (マシュウ・マクファディン) が避暑にやってきたからたまらない。ベネット家の娘たちは皆それぞれに思うところがあるのだった‥‥


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実はほとんどオースティンはまともに読んだことがない。十代の頃いわゆるクラシックだからと最初に手にしたオースティンの本こそこの「プライドと偏見」だったのだが、その時手にした文庫は確か新潮版で、「自負と偏見」というタイトルを見て、私はてっきり哲学書だとばかり思って、結局、表紙だけを見て読まなかった。後に他の文庫で見た「高慢と偏見」も然りである。オースティンがどんな内容の本か知らずにいきなり「自負と偏見」とか「高慢と偏見」というタイトルを見せられて読書意欲が増す小中学生なんて、よほどのへそ曲がりとしか思えない。たぶんそん時は「自負」という単語の意味すら知らなかった。たぶん私と似たような体験を持っている人はわりと多いのではないか。


それを考えると、「プライドと偏見」は悪くない。なんかいきなり程度を落とした頭の悪い人のための教養書っぽくなってしまったが、それでもだいぶ敷居は低くなって、これなら少なくとも手にとったらぱらぱらとめくって内容を確かめるまではするだろう。なんでもカタカナにするのは安易かもしれないが、少なくともこの作品に関する限り、タイトルから受ける感触としては、こちらの方がまだしっくりする。


この作品、要するに年頃の女の子が金持ちの男のハートを射止めるのに躍起となったり、あるいは恋のすれ違いや思い違い、人生の悩み等を重くなることなくさらりと描く、いわば少女マンガのような話である。書き方によってはかなりえげつない話にもなるだろうが、そこにオースティンらしいユーモアをまぶし、なんかよくできたデザートでも食べているような気にさせる。


いずれにしてもポイントは、やはり主人公のエリザベスとその恋の対象となるダーシーにあるのはもちろんで、利発なエリザベスと謹厳実直型のダーシーの人物造形が物語の要となるのは言うまでもない。特にエリザベスを演じるキーラ・ナイトリーが注目されるのは当然なのだが、今回かなり意外に思ったことに、実はエリザベスとほとんど同等以上に、ダーシー役のマシュウ・マクファディンについて多くの媒体が言及している。


これはどうやら、95年のTVミニシリーズ版でダーシーを演じたコリン・ファースの印象が非常に強かったことと関係しているらしい。実際の話、ファースはこの役で一躍英国を代表する役者として認められたわけだが、彼が演じた優しく甘いダーシーは、その後のファースのキャリアにも影響している。実は現在でのファースは特に外見では優しい印象を与えるという感じはしないのにもかかわらず、今でもかなりそういう感じの役を与えられる機会が多い。実際、多くの人々はまたそういうファースを見たいと思っているようだ。いずれにしても、そういう特に強い印象を残したダーシーと常に比較されるマクファディンは、かなりの難題を突きつけられたと言えよう。


一方、エリザベスを演じるナイトリーは、これまでにない利発なエリザベス像を造形したとして、だいたいどこでも誉められている。ファース/マクファディンのダーシーと異なり、ミニシリーズ版でエリザベス役を演じたジェニファー・アーリとナイトリーとを特に比較して論じる評を見ないのは、すなわちナイトリー版エリザベスが彼女にしかできないオリジナルのエリザベスを造形したことを、皆暗黙のうちに認めているからに他ならない。


ナイトリーは、こないだ女だてらにバウンティ・ハンターに扮した「ドミノ」が大ごけにこけたばかりだが、今回は存分に魅力を発散している。「ドミノ」ではどこから見ても男勝りのバウンティ・ハンターなんかには見えず、ポスターや絵は全然様になっていないし予告編はまったく失敗しているのを編集とCGでごまかそうとしているとしか思えず、そのためまったく見る気がせずパスしていた。


そしたらたぶん世のほとんどの人も私と同じように思ってたんだろう、「ドミノ」は近来ほとんどないくらい大きくこけた。今夏、「アイランド」がこけた時はたいそう貶されたもんだが、「ドミノ」に至っては貶す意見すらほとんど耳にしなかった。皆貶すことすらせず、完全に無視したためで、話の種にしようとすら思わなかったようだ。そんなのがあったばかりだから、今回のリジー役ではかなり失地挽回して本人もほっとしていることだろう。


実際ナイトリーの魅力というものは、一見男の子のように見える勝ち気で活発なところにあるのはこれまでの出演作を見れば明らかで、今回はその持ち味がぴたりと役にはまったという感じがする。もっとも、昔からのオースティン・ファンがナイトリーをどう評価するかはまた別の話になるわけだが、それでもこの作品におけるナイトリーの魅力というものは誰も否定できまい。


また、ナイトリー、マクファディン以外の出演陣もかなりいい。個人的にコリンズを演じたトム・ホランダーはかなり気に入ったし、おっちょこちょいな母役のブレンダ・ブレシン、ちょい役で貫禄たっぷりに出てくるジュディ・デンチ、その他の姉妹役など、皆適材適所といった印象を受ける。しかし、なかでも特筆すべきは、ものわかりのいい愛情深い父を演じたドナルド・サザーランドだろう。


サザーランドは現在、ABCのTVドラマ・シリーズ「コマンダー・イン・チーフ (Commander in Chief)」で、アメリカ初の女性大統領を演じるジーナ・デイヴィスを裏でねちねちといびる議員という役どころを演じており、かなりはまっている。と思ったら今度はケーブル・チャンネルのライフタイムのミニシリーズ「ヒューマン・トラフィッキング (Human Trafficking)」でミラ・ソルヴィノ演じる人身売買組織を取り締まる捜査官の上司という役どころでも出ており、この1、2か月だけでもかなり目にする機会が多い。因みにちょっとIMDBを覗いてみたら、今年関係した作品だけでも8本もあった。超忙しいに違いない。要するに悪役でも正義派でもちょい役でもなんでも演じられるところが買われているわけだが、しかし「プライドと偏見」の最後でナイトリーと同じ構図に収まった時の顔のでかさには改めて驚いた。ナイトリーの倍はあったんじゃないのか。


たぶん今回の映像化は、95年のミニシリーズ版より、アン・リーが演出した同年製作の別のオースティン作品「いつか晴れた日に (Sense and Sensibility)」との方に共通点が多いだろう。300分という時間を割いてまるで現実の生活のような感じで時間が緩慢に流れていくミニシリーズ版に較べ、時間の限られている映画ではポイントを絞って話が流れていくため、そのリズム感覚が似てくる。


何よりも「いつか晴れた日に」と似ているのは、作品中で登場人物の一人が相手に求婚するという話の重要なポイントでそのシーンを直接描かず、周りの者の反応によって何が行われているかをわからせるという演出の仕方にある。エイジアンのリーが、話のクライマックスで逆にそのシーンそのものを見せずに観客の想像力に訴えるこういう演出をするのはなるほどと思わせられたが、西洋人のジョー・ライトまでもがリー的な演出を行っている。別の視点から見れば、どういう演出の仕方にも耐え、ある一定の時代を描いていながら現代にも通用する原作の懐の深さを感じさせる。だからこその古典なんだろう。今後もシェイクスピア同様、オースティンは何度も映像化されるんだろうなと思わせる。






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Pride and Prejudice   プライドと偏見  (2005年11月)

 
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