Passengers


パッセンジャー  (2017年1月)

すべてはアン・リーのせいだ。リーが監督した新作「ビリー・リンの永遠の一日 (Billy Lynn's Long Halftime Walk)」は、毀誉褒貶が半々、というか、明らかに貶す媒体の方が多かった。どうも最新テクノロジーを全面的に採用して新しい世界を構築しようとして、逆にそれが足枷となってしまった、ということらしい。こちらは期待していたので、せめて誉めている媒体はないかと探せば探すほど貶す媒体ばかりが目について、どうにも詮もない。 

 

しかもこの映画、ちゃんとリーが意図したように鑑賞するには、専門の設備を整えた映画館で見るしかないそうだ。要するにIMAX3Dのようなものか。正直言って私は3Dがあまり好きではないので、なんか、もう、正直見る気が失せてきた。 

 

しかしさらに詳しく調べてみると、単純に3Dというものでもないらしく、「ビリー・リン‥‥」を上映可能な施設は、全世界でLA、ニューヨーク、北京、上海、台北の5箇所しかないという。単純に3D、巨大スクリーンというだけではなく、通常の5倍の速さのフレーム数で撮っているため、尋常じゃなくクリアな映像で、それを忠実に再現するためには特別の上映システムが必要なのだとか。 

 

そこまで言われると、逆に気になる。たまたまニューヨークに住んでいるのも何かの縁だし、と思ってチケット代を調べてみたら、これが21ドルもする。おいおい、映画一本に20ドル超えかよ。しかも場所はリンカーン・センターで、私の通勤ルートからは逆方向になる。わざわざ会社帰りに疲れた身で見に行って、もしかして本当に面白くなくて居眠りなんかしたら嫌だ。帰りの足どりが激重になってしまう。ということは、これは休みの日にわざわざマンハッタンまで出張る必要がありそうだ。 

 

そうすると私の通勤圏外になるため、サブウェイ代までかかる。$2.75 x 2 = $5.50で、これでもしマンハッタンまで出るためのもう一つのサブウェイのPATHの定期を持ってなかったら、さらに$5.50かかる。30ドル超えだ。マチネーを使って毎回10ドル以下で映画を見るのに慣れている身としては、30ドルというのは法外に高いという印象しかない。果たして本当にそこまでして見る価値があるだろうか。 

 

3D版だけじゃなく、通常の2D版ならうちの近くでも上映しているのだが、しかし、どうもそれでは意味がないらしい。超絶クリアな撮影を行っているため、たぶんカメラの被写界深度が超浅く、俳優がちょっとでも決められた場所から動くと、ピントが合わなくなってしまうと思われる。そのため俳優の動きがかなり制限されてしまい、作り物めいた所作になってしまう。そのため、2Dだとよけいに嘘くささが目につくが、3Dでもその価値が疑問ということに相成った。 

 

それでも、しょうがない、リーの新作だ。ここは週末マンハッタンまで出るか、しかし、そうするとそれだけで一日潰れるから、これはもう、年末年始の休みまで待とう、普通IMAXなんてのは半年くらいずっと同じ作品上映しているから、2D版が不入りですぐに劇場から消えても、3D版は当分やっているだろう。そうだ、年末じゃなく、年が明けての新春第一弾を「ビリー・リン‥‥」にしよう、と腹が決まった。 

 

なんて考えていたのだが、これが甘かった! 本当に不入りだった「ビリー・リン‥‥」は、年末の休みを待たずして2D版どころか3D版も上映予定から消えていた。私が愕然としたのは言うまでもない。わざわざ正月休み返上で見る気でいたものが、上映予定から影も形もなくなっていた。やっぱり年末まで待つなんて悠長なことを考えているべきではなかった。この分だと、たぶん「ビリー・リン‥‥」が3D再上映なんてチャンスは当分、どころかもしかしたらもう永遠にないかもしれない。後悔先に立たずとはこのことだ。いずれにしてもそのせいで、今年の新春第一弾は「ビリー・リン‥‥」ではなく、「パッセンジャー」ということになったのだった。 

 

さて、気分を切り換えての「パッセンジャー」は、基本的に宇宙を舞台とする密室ものだ。密室とはいってもそこで殺人事件が起きるとかいうことではなく、単純に舞台が宇宙船の中から外に出ず、登場人物が極端に少ないので密室と言っているまでだ。 

 

主要登場人物は3人。100年を超える恒星間航行の途中でシステムの異常により人工冬眠の途中で目を覚ませられたジムと、一人でいることに耐えられなくなったジムが意図的に目覚めさせた女性のオーロラ、そしてジム同様システムの故障で途中で目覚めた乗務員のガスだ。それにコミュニケイトをとることはできるが常に同じ場所から動かないアンドロイドのバーテンダーのアーサーを登場人物の一人と呼ぶかは微妙なところで、さらにキャラクターとしてクレジットはされていても、最後の最後に登場してセリフもないアンディ・ガルシアを登場人物とは言いかねる。他にも人工冬眠中の何千人もの宇宙船乗組員や乗客がいるが、やはり登場人物は3人、もしくは4人と数えるのが妥当だろう。 

 

たった一人目覚めてしまったジムは、寂しさに耐え切れなくなって、冬眠ポッドの中で眠っていた一人の女性を、ポッドを故障させることで意図的に目覚めさせる。アダムとイヴ化した二人は当然のように惹かれ合っていく。さらにまた一人、今度は乗組員が目覚め、暴走し始めようとするシステムをなんとかしようとするという展開。 

 

見ている時は非常に面白い。ではあるが、ふと疑問に思うこともある。将来人工冬眠による超長期恒星間旅行が可能になり、当然操縦は自動になるとして、しかし、万が一が起こった場合のことを何も考えないのだろうか。ここでは小さな隕石が衝突してシステムに異常を来たすわけだが、100年以上も航行しているのだ、当然そういうことは考えられる。あるいは、100年も原子力エンジンを動かしっ放しで乗員は全員寝ているだけって、それはあり得んだろうと思う。 

 

1年毎だろうが10年で交代だろうが、絶対交代による起きている常駐の乗組員がいるはずだ。あるいは、少なくとも何か起きた時に乗組員を起こすくらいはプログラムされているだろう。じゃないと、何か起きた時に対処できない。実際にその何かが起きているじゃないか。人工冬眠が身体に大きな負担を与えるのは間違いないと思うが、冬眠ポッドは一度使ったらもう一度誰かを冬眠させるようにはできていないという設定も、何か眉唾だ。どういう理由によって繰り返し利用できない? 

 

そして結構面白いのに「パッセンジャー」がくさされている最大の理由は、クライマックスにあるのは間違いない。それまでは曲がりなりにもあり得なくもなさそうなSF作品であったものが、あれで噴飯ものになった。そりゃないだろ、あれで生き残れるか。原子力だぞ。被爆したわけでもない福島の人間が今でもあれだけ苦労しているのがわかっているのかと言いたくなる。とまあ、目を瞑ってしまうにはあまりにも大きな欠点が目について、擁護しようという気にはあまりなれないのだった。 

 

しかし私の場合、作品のできとは無関係に「パッセンジャー」が記憶に残ることになったのは、この作品を見に行った劇場が、信じられないくらい寒かったということにある。これまでにも、ちょっと寒いなここ、と思って手をこすりこすり見た劇場というのもいくつかあったが、今回見たここは、本気で寒かった。ちょっとボロ気のマルチプレックスで床に絨毯がなくコンクリート直打ち、ただでさえ寒そうに見える雰囲気の上、その小屋はなだらかなスロープを下って行った先にあって、いかにも冷えた空気が澱んでいそうだ。この日は雪が降って冷え込んだ日で、今冬で一、二を争うくらい寒い日だったというのも寒さに追い打ちをかけたに違いない。 

 

アメリカ人というのは言った者勝ちと思っているから、いつでもどこでも何か不満があると、口にする。ところが、それが通じなさそうな場面、例えばなんかの列に並んでいて、皆が同じ状況で文句を言っても無駄だというのが明らかな時だと、今度は異常なくらい忍耐強く待っていたりする。これがあのいつでもどこでも口を開けば文句しか出ないニューヨーカーと同じ人種かと思うくらい辛抱強い。やればできるじゃないか。 

 

要するに、自分の要求が通りそうな時にはここぞとばかりに強気に出るが、ダメなのが明らかな場合は、無駄なエネルギーは使わない。それで、この劇場でも当然私以外に何人もの客が座っていたのだが、全員寒そうにしているのに、ダウン・コートを着込んで黙々とスクリーンを見ている。その後係員のような者が入ってきて後ろの方のなんかのボックスを操作しているのを見ても、誰も何も言わない。たぶんもう、既に苦情は言った後で、どうにもならないと諦めている感じだ。それで私も寒いなと思いながら思い切りリクライニングを倒してスクリーンに目を向けたのだが、そのスクリーンの前に、自分の吐く息が白く立ち上っている。なんだこれ。 

 

実は私のこれまでの経験で最も寒い思いをしたのは真夏のことで、冷房をぎんぎんに利かす映画館で、半袖短パンの私は、映画を見終わった時には膝小僧が氷のように冷たくなっていた、という経験がある。しかし今回は、ダウン・コートのジッパーを首元までしっかり留めて、厚手のグローヴもしたままでも寒いのだった。観客に冷凍睡眠の気分を味わわせるという深謀だったのかもしれない。 










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恒星間旅行が可能になった未来。宇宙船アヴァロンは、新たな植民星ホームステッドIIに向かって航行を続けていた。目的地に着くのは120年後なため、5,000人を超える乗客、乗組員は、全員冬眠状態で、自動航行によって目的地に向かっていた。しかし、小隕石が船に衝突し、システムに打撃を与える。その結果、乗客の一人のエンジニアであるジム (クリス・プラット) を90年も早く目覚めさせてしまう。この冬眠システムは、一度目覚めると再度冬眠を継続させることはかなわなかった。船の中で曲がりなりにもジムと会話しコミュニケイトすることができるのは、アンドロイドのバーテンダーのアーサー (マイケル・シーン) だけだった。一年が経ち、これ以上一人でいることに耐えられなくなったジムは、冬眠中のポッド群の中から、前から気になっていた一人の女性を目覚めさせることを決意する。回路をショートさせた結果、思った通りにオーロラ・レイン (ジェニファー・ロウレンス)は目覚め、そして他に人間のいない世界では、ジムとオーロラはアダムとイヴのようなもので、自然に二人は恋人同士の関係になる‥‥ 


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