放送局: FX

プレミア放送日: 7/27/2005 (Wed) 22:00-23:00

製作: スティーヴン・ボチコ・プロダクションズ、20世紀FOX TV

製作総指揮: スティーヴン・ボチコ、クリス・ジェロルモ

共同製作総指揮: ネルソン・マコーミック

製作: デイナ・ボチコ、ジェフリー・ダウナー

共同製作: トム・キーフ

脚本/監督: クリス・ジェロルモ

撮影: クレイマー・モーゲンソー

美術: キース・ニーリー

編集: ウィリアム・ゴールデンバーグ

音楽: マイク・ポスト

出演: ジョシュ・ヘンダーソン (ボー・ライダー)、ルーク・マクファリアン (フランク・"ディム"・ダンピー)、エリク・パラディノ (クリス・"スクリーム軍曹"・サイラス)、キース・ロビンソン (エイヴリー・"エンジェル"・キング)、ニッキ・エイコックス (ブレンダ・"ミセスB"・ミッチェル)


物語: イラク戦争に派遣される軍人たちが召集される。イラクへと飛び立った彼らは前線で反乱軍を包囲するが、上官たちは敵同士で高度に戦略的な駆け引きを伴う会談を行っており、前線の兵士たちに降りた命令は、現状維持だった。しかし、深夜一人だけ用を足しに前線を離れたミセスBが、夜陰に乗じて接近してきたイラク兵士に遭遇、撃たれたことから、発砲命令が降りないまま銃撃戦となる。後日、トラックで移動中のボーとディムはブービー・トラップに引っかかり、ボーは片足を吹き飛ばされてしまう‥‥


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「オーヴァー・ゼア」は、「ヒル・ストリート・ブルーズ」、「L.A. ロウ」、「NYPDブルー」等の人気番組で知られるスティーヴン・ボチコが製作する新番組である。今年、ボチコ製作ドラマは「NYPDブルー」が10年以上の歴史に終止符を打ち、代わりに「ブラインド・ジャスティス」という新番組を製作するなど、それなりに注目されていたが、それ以上にボチコが注目されていた理由が、イラク戦争を題材としたこの新ドラマ、「オーヴァー・ゼア」の製作にあった。


元々ボチコ製作のドラマは、リアリスティックな設定や演出という点が大きなポイントを占める。実際にも起こり得る事件や、等身大のキャラクター、いかにも現実に交わされていそうな登場人物の生きた会話や態度、行動を描くところが、ボチコ番組の最大の特色であった。その特色を維持しながらイラク戦争を描くとどうなるかというのがマスコミや世論の注目を浴びたのは、当然のことだろう。


一方、アメリカのマスコミや世論が注目するという次元とはまた別のところで、私のような外国人はこの番組を気にしていた。その理由が、あのボチコがアメリカ礼賛の戦争番組なんか作ってしまったらどうしようという、あり得なくもなさそうな懸念にあったのは言うまでもない。いくらボチコといえども、9/11以降のアメリカの空気とは無縁ではありえないし、ブッシュが再選している土壌でどこまで硬派路線を保てるか、少しはお上におもねる可能性はなきにしもあらずだったのだ。


そんな中放送されたプレミア・エピソードは、別にアメリカ軍を正義の味方にしているわけでも、イラクを完全に悪役視しているわけでもなく、ただただ描きたかったのは戦場という極限の場所において人間がどういう行動をとるかという、これまでのボチコ番組とその本質はほとんど変わるものがない番組であったわけで、私が胸をなでおろしたのは言うまでもない。たぶん実際にもありそうな戦闘や戦士を描くことで、ヘンな言い方だが、エンタテインメントとしてもかなり楽しめるものになっている。


プレミア・エピソードでは新兵のボーが中心人物としてフィーチャーされており、かなりカメラが彼を追うシーンが多い。というのも、彼がその他の主要な登場人物の間を歩き回って、なぜあんたはディム (間抜け) と呼ばれるのか、なぜあんたはミセスBと呼ばれているのか、なぜあんたはエンジェルと呼ばれているのか、などと訊いて歩くからだ。そうすると、訊かれた方はニックネイムの由来を喋ることで簡潔に自分の出自やキャラクターを述べることになる。うまく考えられている。その質問には答えないという者もまた、答えないことでちゃんと性格を出している。


自ら望んでこの道に入ってきた者ばかりではなく、ある者は自棄を起こして故郷に帰るのが嫌さに発作的に入隊した者もあれば、大学フットボールの選手として嘱望されていたが、大学の学費が払えないため入隊してくる者もいる (兵役を終えると学費は免除される。) 戦闘が好きで、相手の脳天に一発ぶち込んだことを得意げに語る奴もいるが、だいたい、ある程度一貫して言えるのは、戦士といえども数多ある職業の一つであり、ほとんどの兵士は、それが仕事だから戦闘をしているという事実である。やはり誰でも皆自分の命は惜しく、ほとんどの者はできるものなら安全なところで気楽な仕事をしていられればと思っている。


結局自分たちの命は上官の胸先三寸次第であり、戦場にいて相手を目の前にしながらその目的は現状維持であり、自分たちから発砲することはまかりならんとのお達しで、朝から晩までただ塹壕もどきの陰で相手を観察すること以外にやることがない。それなのにいきなり不意打ち食らって撃たれ、撃ち返したら怒鳴られる。命からがらの思いをして兵舎に戻り、インターネットを通じて家族に電話をかけると、自分の女房は他の男とベッドを共にしていたりする。そして片足失って、失意のうちに本国に帰ることになるのだ。やっぱり戦士は楽じゃない。


番組第2話は、道路にバリケードを組んで、簡易検問所を設置した兵士たちの一日を描く。車が来たら来たで敵か民間人か見極めないといけないため緊張し、誰も来ないなら来ないでずっと何もすることもなく、くだらない冗談ばかりを仲間と話すだけという、戦場でのまったく弛緩した状態が続く。来るか来ないかわからない車や人間をただただ無為に待つというのは、これはもう「ゴドーを待ちながら」の世界であり、実際、ほとんど不条理劇のようだったりするのだが、これがまたなかなか面白かった。こういうシンプルな内容だと、脚本の質や演出家の腕、俳優の実力だとかがほとんどもろに露出してしまうわけだが、それを一時間、ちゃんと飽きさせないで見せるのはさすがだ。


とはいえ、たぶん、このエピソードは視聴者によって好き嫌いが分かれるだろう。昔、「ER」でもこんな感じのエピソードがあった。ERでのらしくない態度によって反省会的な講座の聴講を義務づけられた医者たちが、どこかの講堂に集められ、いつ来るともわからない講師を待ちながら延々とくだらない会話に興じるというもので、実はこのエピソード、「ER」としては異質で、すごく不評を買ったのだが、私はすごく面白かった。こういう不条理系は、体質として合う者と合わない者がいると思うが、この種の番組は数が少ないだけに、合う者にとってはすごく貴重だ。もちろん「MASH」はかなりその「感じ」を出していたのだが、「オーヴァー・ゼア」のこのエピソードと共に、やっぱり軍隊や戦争って不条理の世界なんだろうと思わせる。


とまあそんな感じで、番組放送前に視聴者が抱いていた一抹の不安は完全な杞憂で、やはりボチコはボチコにしか撮れない見応えのある番組を製作している。ただし、その後もずっとこのレヴェルでいけるかはまだわからないし、また、私が怖れていたような、イラク排斥を前面に押し出すような愛国番組こそを求めていた、直情的愛国主義視聴者というのも当然いた。そういう者たちにとっては「オーヴァー・ゼア」はかなり反動的に見えるようで、番組は、放送第2回からかなり視聴率が低下した。そういう奴らはブッシュに投票してニューズはFOXニューズ・チャンネルしか見ないんだろう。


「オーヴァー・ゼア」は、ほとんど「レスキュー・ミー」の第2シーズンが終わるのと時を同じくして始まった。FXは、その「レスキュー・ミー」の前は「ザ・シールド」を放送しており、また、「オーヴァー・ゼア」の所期のエピソードの放送が終わるのとほとんど同時に、今度は「ニップ/タック」の新シーズンが始まる。一介のベイシックのケーブル・チャンネルにすぎないのにもかかわらず、近年のFXのオリジナル番組は、現在、「ロスト」や「デスパレートな妻たち」等、一部の番組のみが頑張っているネットワークや、「ザ・ソプラノズ」の新シーズンが延期になってしまったHBOの番組群と較べても、まったく遜色ないラインナップだ。今、少なくともドラマにおいては、アメリカのすべてのチャンネルの中で最も粒揃いの番組を揃えているチャンネルと言えるかもしれない。


惜しむらくは30分コメディの方が今一つで、放送が始まったばかりの「スターヴド (Starved)」や「イッツ・オールウェイズ・サニー・イン・フィラデルフィア (It's Always Sunny in Philadelphia)」は、放送直前にマスコミ内でちょっとだけ話題になっただけで、視聴者に受け入れられているとは到底言い難い。「スターヴド」なんて、肥満を気にするあまり摂食障害に陥ってしまう人々を描くコメディということで、放送前は実際に苦しい思いをしているそういう人々もいるというのにけしからんと、番組ボイコット運動を展開しようとする動きまで現れていたのに、いざ放送が始まると、ほとんど誰も見ていないため、なし崩し的に話題にならなくなった。実は私はそれなりに面白くないわけではないと思っていたが、世の多くの視聴者の共感を得るまでには至らなかったようだ。それも当然か。






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オーヴァー・ゼア   ★★★1/2

 
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