Nurse Betty

ベティ・サイズモア  (2000年9月)

アメリカで公開される映画は、だいたい毎年夏はアクション大作、9月頭のレイバー・デイを過ぎると、アカデミー賞を睨んだ質の高い各スタジオの自信作が続々と公開される。能天気に楽しめるアクション大作が見れるのもハリウッド映画ならではだからそれもいいのだが、小粒でもオリジナリティ溢れる映画が揃う秋のシーズンも捨て難いものがある。今年のアカデミー賞受賞作、「アメリカン・ビューティ」が公開されたのも昨年のこの時期だった。その新シーズンの幕開けとして登場した「ベティ・サイズモア」、結構評もよく、期待して見に行った。


カンサスの田舎町のレストランでウエイトレスとして働くベティは、ソープ・オペラ「リーズン・トゥ・ラヴ (A Reason to Love)」を見るのが何よりも楽しみのごく普通の家庭の主婦。しかしベティのこのソープ好きは、うまく行かない結婚生活からの逃避という一面もあった。ある日、ベティに内証で悪事に手を染めていた夫のデルが仕事のもつれから二人組の殺し屋に殺される。その現場を目撃してしまったベティは、ショックから「リーズン・トゥ・ラヴ」を現実と知覚し、その世界に逃避することで世界と折り合いをつける。ベティは「リーズン・トゥ・ラヴ」の主人公デイヴィッド・ラヴェルに会いにLAに旅立ち、そして現場を見られたことを知った殺し屋もベティの跡を追う‥‥


主人公のベティに扮するのが、レネ・ゼルウェガー。このあいだ「ふたりの男とひとりの女」でジム・キャリーと共演したのを見たばかりだったのにもう次の主演作が公開。売れっ子のようだ。基本的にキャリーの映画だった「ふたりの男とひとりの女」に較べ、こちらは完全なゼルウェガーの主演作。魅力が全開である。今回アップが多いので気がついたのだが、彼女は実に綺麗な肌をしている。ピンク色とでも言うんだろうか。黒目だらけで小さいのか大きいのかよくわからない眼も魅力的である。でも、どっちかっつうとだるまさんみたいな下膨れの顔してるよね。ベティがカンサスから外の世界に飛び立つというのは、紛れもなく「オズの魔法使い」を下敷きとしており、作品中に何度も「オズ」からの引用が垣間見える。


ソープの登場人物に惚れてTVと現実の境目が定かではなくなるというメイン・プロットは、数年前の「フレンズ」でブルック・シールズがゲスト出演して喝采を浴びた時のプロットとまったく同じ。今回はそれにさらに輪がかかってひねりが加わっている。シールズはそこでの怪演を認められて、後に「サドンリー・スーザン」という自分のシットコムを持った。ゼルウェガーもこの役が大きなスプリング・ボードとなるか。クライマックスのゼルウェガーの演技は天晴れ。


監督のニール・ラブートの作品を見るのは、私はこれが初めて。自分で脚本も書いてそれなりに話題となった前2作 (「イン・ザ・カンパニー・オブ・メン (In the Company of Men)」、「ユア・フレンズ・アンド・ネイバース (Your Friends and Neighbors)」) と異なり、これが初めて他人の書いた脚本の演出となるそうだ。私はベティがLAに出ていくまでの展開がちょっとスロウかなと思ったが、それでも次にどうなるかわからない展開は実に楽しめた。カンヌで脚本賞をとったというのは頷ける。こういう夢かうつつかわからないような内容は、多分ヨーロッパ人の好みに合ったんだろう。


父と子の二人組の殺し屋に扮するのが、モーガン・フリーマンとクリス・ロック。フリーマンはコメディとドラマの境界をうまく渡っている。元々うまい人だが、こんな常軌を逸した役柄を演じながらも笑わせながら最後にはほろりとさせるのはお見事。彼にも一回オスカーをあげてやれ。ロックは現在黒人コメディアンとして人気絶頂を誇る。つい先日のMTVミュージック・アウォーズでも司会をやっていた。それはいいんだが、彼の癖のある英語は外国人には聞き取りにくい。時々何言ってるかさっぱりわからなかった。ところでフリーマンとロックがカンサスからLAに車で向かう時、アリゾナのデス・ヴァリーやグランド・キャニオンを通過する。実は昨年、休暇でこの辺を車で回ったのだ。うん、こういう景色見た見たというのがあちこちに出てきて、面白かった。


ソープ「リーズン・トゥ・ラヴ」の女性プロデューサーに扮しているのが、先日「ウエスト・ウィング」の好演を買われて今年のエミー賞ドラマ部門の助演女優賞を受賞したアリソン・ジェニー。私はこの番組で彼女がエミーをとるのは無理なんではないかと予想していた。しかしスクリーンの上で見ると、やっぱり彼女悪くないじゃない。と思っていたらエミーをとった。自分の不明を恥じるよ。


番組の冒頭にだけ出てきて、はしたない浮気男を演じた上、だらしなく殺されてしまうベティの旦那デルに扮するのが、「エリン・ブロコヴィッチ」でジュリア・ロバーツのボーイ・フレンドを演じたアーロン・エックハート。ここでは「エリン」での渋い二枚目が嘘のようなえげつない役柄で、それはそれで悪くない。実は作品の冒頭のクレジットを見ていなければ彼だと気づかなかったに違いないくらいの豹変振りである。「エリン」公開の時、エックハートがNBCの「トゥナイト」にゲスト出演したのをちょうど見ていたのだが、彼は自分の出演シーンのクリップを直視することができなかった。なんでこういうシャイな男が俳優をやっているのか不思議だが、いざ演じる段になると、シャイどころではなくなるのはもっと不思議である。演技する時は人格変わるのかも知れない。ハリウッドって案外そういう性格の俳優多そうだし。


さて、なかなか満足度の高い作品で幕を開けた秋のシーズンだが、これからも話題作が目白押しである。ケヴィン・スペイシーが今度はヘレン・ハント、ハリー・ジョエル・オズメントと共演する「ペイ・イット・フォーワード (Pay It Forward)」、ラース・フォン・トリアーがビョーク主演で撮った「ダンサー・イン・ザ・ダーク (Dancer in the Dark)」、ロン・ハワードがジム・キャリーを使って撮ったファンタジーの「ドクター・スース (Dr. Seuss)」なんてのもある。それから「シックス・センス」のM・ナイト・シャイアマランがまたブルース・ウィリスと組んだ「アンブレイカブル (Unbreakable)」は、インサイダー情報では「シックス・センス」を上回るできだと噂されている。


「ロミオ+ジュリエット」、「ダンシング・ヒーロー」のバズ・ラーマン監督、ニコール・キッドマン、ユアン・マグレガー共演のミュージカル「ムーラン・ルージュ (Moulin Rouge)」も期待大だし、アン・リーのカンフー映画「クラウチング・タイガー、ヒドゥン・ドラゴン (Crouching Tiger, Hidden Dragon)」にもそそられるものがある。「チャーリーズ・エンジェルス」なんてのもあるしね。見たい映画が続々と公開される時のこの昂揚感は、映画ファンの醍醐味である。金曜の夜にその日公開された映画を調べて、明日何を見に行こうかと迷う快感は、ほとんどその映画を見てる時の快感に匹敵するものがある。さあて来週は何が公開されるか。






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