No Escape


クーデター  (2015年9月)

アメリカや日本等、少なくとも衣食住がある程度保証されている世界から見ると、クーデターというと現実感が伴わない遠い世界の話みたいな感じがするが、東南アジアでは、クーデターは、未遂に終わったのも含めると、結構起こっている。さらに最近の中東から東ヨーロッパへの難民事情を見ていると、実はクーデターというのは、いつどこで起きてもおかしくないかもしれないと思わされる。「クーデター」は、そういう事態に巻き込まれたあるアメリカ人一家の必死のサヴァイヴァルを描くサスペンス・ドラマだ。


‥‥というハリウッド的アクション映画だろうなと見当をつけ劇場に足を運んだのだが、実はこの映画、結構怖い。実際、東南アジアでクーデターに巻き込まれ、奔走する家族を描くアクションなのだが、なんだかやたらとヘンにリアルだったり血飛沫飛んだりと、これではアクションというよりもホラーだ。手に汗握るというよりも、どっちかっつうと、今にも殺されるんじゃないかという緊張で胃がキリキリする。


冒頭の国の指導者暗殺の段で、結構スプラッタだなとは思い、続くホテル内の殺戮では血飛沫飛びまくりで、これはどう見ても子供がターゲットではない。家族が登場するアクションで、一番弱い子供を危ない目に遭わせて観客をはらはらさせるのは常套だ。しかしビルの屋上から隣りのビルの屋上に、いかに助けるためとはいえ、10m近くギャップがあり、落ちれば死亡間違いなしという状況で、娘を投げられるか。そりゃあそこに残っていても助かる見込みはほとんどないだろうが、万が一助かる可能性はないとは言えない。しかしその高さから落ちたら、100%死ぬだろう。


逆境に巻き込まれるのは家族だし、単純に家族向けアクションと思っていた者が多いのは間違いない。私もそうだったわけだし。ところが意外に怖い展開に、私に前の方に座っていたまだ小さい子のいる家族連れは、これは子供には見せられない、完全に選択を間違えたと思ったようで、途中で家族共々出て行った。


こういう殺戮シーンは、たとえどんなに血飛沫飛ぼうとも、「ゴジラ (Godzilla)」「ジュラシック・ワールド (Jurassic World)」ではそんなに気にならない。というか、もっとやれやれと思う。ホラーですら、うげーっと思いながらも見てしまうのは、それが目的であったりするからだ。ところが家族一緒に楽しい思いをしようと映画を見に来て、登場人物が皆苦しんで死んでしまう作品だったりすると、それはやはりあまり見たくはないのだった。ちょっとこの映画、宣伝の仕方間違えてる。


主演がおっとり系のオーウェン・ウィルソンというのも、ホラーというより家族映画と誤認してしまう理由の一つだ。ウィルソンというとウェス・アンダーソン映画御用達だし、代表作は私の意見では「マーリー (Marley & Me)」となると、人はウィルソンが出ているとなると、恐怖に慄く映画を期待しないだろう。もっとも、それを逆手にとっての意外性を前面に押し出したキャスティングとはいえ、その意味では成功していることは確かだ。まさかこんな映画だとは想像もしてなかったという驚きは、なかなか大きい。


ウィルソンを手引きするハモンドに扮するのがピアース・ブロスナンで、最近はなんかリタイアした元エージェント、みたいな役が多い。アニーを演じるは「チルドレンズ・ホスピタル (Childrens Hospital)」のレイク・ベル。長女のルーシーに扮するスターリング・ジェリンズは、「死霊館 (The Conjuring)」「ワールド・ウォー Z (World War Z)」と、既にホラーのヴェテラン。


家に帰ってからチェックしてみると、演出のジョン・エリック・ドゥードルは、「デビル (Devil)」「REC: レック/ザ・クアランティン (Quarantine)」と、ホラー畑の人間だった。なんだ、やっぱり撮っていたのはホラーか。演出家の立場としては意図通りのものができているわけか。


この作品、国は特定されていないのだが、私自身はタイというイメージを持っていた。ハモンドが、この国の女の子はサーヴィスがいい、みたいなことを言っているので、つい少女売春で名を聞く機会の多いバンコックを思い浮かべたのだ。とはいえ、あの辺の国はどこもいつクーデターが起きてもおかしくない事情を抱えている。


そして最後、主人公たちが脱出しようとする川向こうでは、ここはヴェトナムであると拡声器でしゃべっている。ということは、ヴェトナムと国境を接する国、カンボジアかラオスでなければならない。中国とも国境を接してはいるが、文字が違うし、しゃべっている言葉も中国語ではないこともわかる。一方、IMDBを見ると、撮影が行われたのはタイだ。要するに、カンボジアは本当に政情不安定で、撮影に適さなかったのだろう。


考えたらクメール・ルージュという、全国民の4分の1とも3分の1とも言われる人間が虐殺されるという事件が地理的に日本からそれほど遠いとも思えないところで起こっていたのは、そんなに昔の話じゃない。それを考えると、映画で主人公たちが陥った目に、誰がいつ遭わないとも限らない。最近見た映画の中ではかなり怖いホラーだった。正直言って今年最も話題になったホラー「イット・フォローズ (It Follows)」より、心の準備をしてなかった分、こちらの方が怖かった。











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ジャック (オーウェン・ウィルソン) は妻アニー (レイク・ベル)、二人の娘のルーシー (スターリング・ジェリンズ)、ブリーズ (クレア・ギア) を連れて、東南アジアのとある国に赴任してくる。ジャック自身は将来に期待と興奮を感じていたが、着任早々ホテルは電気も水も満足に供給されず、アニーはどちらかというと不安を隠せなかった。一方、ジャックたちが到着する前夜、国の指導者が何者かに暗殺されていた。クーデターが起き、ジャックたちもそれに巻き込まれる。暴徒がホテルを襲い、欧米の外国人を惨殺し始める。逃げ惑うホテルの宿泊客は屋上へと避難するが、助けに来たと思われるヘリコプタは、クーデターを起こした側のもので、彼らはヘリから人に向かって銃撃を始める‥‥


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