「フー・ウォンツ・トゥ・ビー・ア・ミリオネア」の人気の凋落が激しいABCが、新しいヒット番組を構築するのに必死であるのはわかっていた。ついでに言うと親会社のディズニーが経営するディズニー・ランドやディズニー・ワールド等のテーマ・パークも、ここ地元では昨年の同時多発テロの影響もあり芳しくなく、ディズニー首脳が苛立っているのは周知の事実だった。しかし、ここまで焦っていたとは知らなかった。
3月頭、ABCがかれこれ20年以上も続いている、ABCのみならずアメリカの報道番組を代表する深夜報道番組、「ナイトライン (Nightline)」をキャンセルし、代わりに、今、CBSが放送しているデイヴィッド・レターマンがホストの人気深夜トーク番組「レイト・ショウ・ウィズ・デイヴィッド・レターマン」を引き抜いて、新たに編成しようとした事実が大々的にすっぱ抜かれた。
この話に最も驚いたのが誰あろう、渦中の人、「ナイトライン」のアンカー、テッド・コッペルであった。ABCの上層部で内々のうちに進んでいた話を、当の本人がまったく知らなかった。それだけでなく、コッペルの直属の上司も知らなかった。話は上層部のみで進んでいたわけであり、それを当人に知らさないのは、会社という組織においては別に珍しいことでもなんでもない。しかし、本人が知らない話を外部の者が知っており、それを公けにされるのは話が別だ。まさしく今回がそうで、自分の番組は当分安泰と思っていたコッペルが、いきなりアメリカ中のマスコミから今の心境は、なんて突然訊かれたわけで、これは内心穏やかでなかったに違いない。
このすっぱ抜きがここまで話題となったのは、もちろん「ナイトライン」がアメリカTV報道界においてこれまで果たしてきた歴史と貢献度が、僅かな視聴率の上昇とそれに伴う広告料の獲得を狙う会社上層部の思惑によって、まるっきり無下にされたことにある。それで代わりにABCが狙っている「レイト・ショウ」がどのくらい視聴率を稼いでいるかといえば、確かに「レイト・ショウ」の方が視聴率は高いが、それでもせいぜい1割くらいのものだ。
しかしその中身は大きく異なり、硬めの「ナイトライン」に較べ若い視聴者の多い「レイト・ショウ」は、番組スポンサーがつきやすい。実際、コマーシャル収入では「ナイトライン」は「レイト・ショウ」の半分にも満たないそうだ。高齢者層が主要視聴者の「ナイトライン」が今後その差を埋めきれる可能性はほとんどないため、ABC首脳が手っ取り早く既に人気のある番組の獲得に走ろうとしたのはわからないではない。しかもレターマンの「レイト・ショウ」は過去、NBCでジェイ・レノがホストの「トゥナイト・ショウ」の後番組として編成されていたのを、CBSに引き抜かれたという前歴を持つ。つまり、またとない代替候補番組だったのだ。
とはいえABCのこの動きに疑問の声も多かったのも事実だ。「レイト・ショウ」の視聴者層は、確かに「ナイトライン」よりは若いかも知れないが、「トゥナイト・ショウ」はもっと若い。何せレターマンももうそろそろ歳だ。昨年だか入院して以来、頭がめっきり白くなって、生え際がかなり後退した。この代替案は、レターマンが若々しかった10年前なら意味があったかも知れないが、今レターマンを起用しても、番組はまたどうせすぐに老齢化するだろうと言われたのも無理はない。
他にABCが考えたこととして挙げられている理由も面白い。一般的に、視聴者は深夜トーク番組を見た後、ベッドに入る。そして翌朝起きてTVをつけると、通常、それは視聴者が寝る前に見たチャンネルになっているわけで、つまり、NBCの「トゥナイト」を見て寝た視聴者は、翌朝、やはりNBCの朝のトーク/ヴァラエティ番組「トゥデイ」を見る確率が非常に高い。同様に、もし「レイト・ショウ」がABCに移ってきた場合、「レイト・ショウ」を見た視聴者が翌朝、ABCの「グッド・モーニング・アメリカ」を見る確率も非常に高くなる。これぞ一挙両得と踏んだわけだ。
もちろんこれは希望的観測の域を一歩も出るものではなく、もしこういうふうにうまく行くんだったら、現在、CBSで朝放送されている「ジ・アーリー・ショウ (The Eartly Show)」の視聴率が、3大ネットワークで最下位だという事実の説明がつかない。その前夜に編成されている深夜トーク番組こそ、レターマンの「レイト・ショウ」なのだ。これは深夜トークの成績が、翌朝の視聴者のチャンネル選択に何の影響も及ぼさないことを如実に物語っている。それに、第一、私んちのTVはいったんケーブルのパワーをオフにすると、次回パワーをオンにした時には必ず3チャンネルが映ることになっている。つまり、前夜何を見ていようがまったく関係ない。ABCの目論見は、この点ではまったく的を外しているとしか言いようがない。
それでもABCはレターマン起用に固執、レターマンに対して提示した条件は破格のものだった。年棒こそCBSが現在レターマンに支払っているのより僅かに上回る額を提示したに過ぎなかったが、その他の付帯条件が破格だった。第一、そのレターマンの貰っている年棒にしたって、我々普通の社会人の常識から見ると桁外れだ。現在CBSから貰っている給料が年3,000万ドル、約40億円なのだ。さすがにこの額はほとんど天井なのだろう、ABCもそれにさらに上積みするというのはなかなか難しかったらしく、提示した額は年3,100万ドルだったそうで、おいおい、勢い込んで他のチャンネルの番組のホストを引き抜こうとしているわりには渋いじゃないかと思うのだが、しかし、ABCは、出せる金はここまでだが、他に条件をつけようじゃないかと申し出た。
その最たるものが、現在夜11時35分から放送の始まる「レイト・ショウ」を、11時半からにすることを約束したものである。現在、アメリカの3大ネットワーク (ABC、CBS、NBC) は、共に夜11時から11時35分までの間、ローカル・ニュースを編成している。その後CBSとNBCでは深夜トーク番組、ABCは「ナイトライン」が始まるわけだ。このニュース枠は90年代の初めまでは30分枠で、深夜トークはその後すぐ始まっていた。
しかし、一日の終わりにニュースを見てから就寝するという人々は多く、この時間帯のニュースは、各ネットワークにとってコマーシャル・スポンサーを得やすい、利幅の大きい時間帯だった。5分間の番組延長は、もう何本かコマーシャルを増やせる効果的手段だったのだ。それを元に戻してまで「レイト・ショウ」を獲得したいということは、「レイト・ショウ」がニュースに優る利益をとれるだろうと考えていることになる。しかもここで時間を5分早め、11時半からライヴァルのNBCの「トゥナイト」より先に放送を始められるというメリットは、確かに非常に大きい。きりもいいし、特に大きなニュースもない日には、最後までニュースを見ることなく、深夜トークを見たいと思う視聴者がいても不思議はない。
ABCがレターマンを獲得に際し、これは行けると踏んだ筆頭の理由は、レターマンと、CBS社長のレスリー・ムーンヴェスの不仲振りだろう。彼らの仲がよくないのは周知の事実で、実際、レターマンは自分の番組内で何度もムーンヴェスを茶化してバカにしている。おいおい、仮にもムーンヴェスはあんたのボスという立場になるんだろう、そんなに貶して大丈夫なのかよと思うくらい、レターマンはよくCBS首脳=ムーンヴェスの悪口をよく言う。ムーンヴェスがそれを快く思ってないのは当然だ。しかし「レイト・ショウ」はCBSにとって金のなる木だ。それでムーンヴェスはレターマンのこの脱線振りを黙って見て見ぬふりをしていた。しかし、番組の視聴率が落ちるようならレターマンの扱いが変わるだろうことは、誰の目にも明らかだった。ABCはこの事実に着目し、色よい条件さえ出せば、レターマンの心もぐらつくだろうと踏んだわけだ。
しかしレターマンとしても、CBSをそうそう簡単に離れられるわけではない。なにせかれこれ10年前にレターマンがNBCからCBSに移った時でさえ、ものすごく話題になり、揉めたのだ。この件がもとで、一時は近しいつき合いをしていたレターマンとジェイ・レノは袂を分かつようになった。ここでまたごたごたを起こしたら、レターマンは業界内に味方よりも敵の方が多くなってしまうかもしれない。
それにコッペル自身も、「レイト・ショウ」に何度もゲスト出演しており、レターマンとは旧知の仲である。レターマンだって、自分のせいで彼が馘首になるというような事態は避けたいだろう。それにたとえABCに移っても、そこでよい成績を残せなければ、レターマンだってどういう扱いを受けるかわかったもんじゃない。自分が「ナイトライン」の二の舞いになる可能性は大いにある。絶大な人気を誇ったクイズ番組「フー・ウォンツ・トゥ・ビー・ア・ミリオネア」が、視聴率を落とした途端、それまでの貢献をまったく忘れられたように邪険にされ、キャンセルを仄めかされているのは、レターマンだってもちろん知っている。
それに、今「レイト・ショウ」が収録されているエド・サリヴァン・シアターは、かつて「エド・サリヴァン・ショウ」が収録されていた、アメリカTV界でも由緒ある劇場であり、レターマンは多分そこを動きたくないだろう。もちろんABCもそのことは知っており、代わりにタイムズ・スクエアの一等地にあるスタジオを提供しようと申し出た。これまたかなり心の動く申し出ではある。何といっても、世界でたぶん最も有名な場所を見下ろすビル内に、自分の番組専用のスタジオを持てるのだ。世界で最も有名な新年のカウント・ダウンの模様を、自分の番組で生中継できるかも知れない。他にも可能性は色々あるだろう。これははっきり言っておいしい話だ。レターマンも思案のしどころである。
そこでレターマンがこれを約束するなら考えてもいいと出した条件が、ABCはいかなる場合でも、番組は11時半きっかりに始まることを確約することであったらしい。TV放送がスポーツ中継の延長によって時間がずれるのは常識である。その場合、通常その後に編成されている番組もその分後ろにずれていくことになる。しかし、スポーツ・ファンでない場合、スポーツ中継のおかげで自分が見たかった番組が時間通りに始まらないのは、はっきり言って頭に来る事態以外の何ものでもない。せっかく今日はレターマンを見たいと思ってチャンネルを合わせたのに、本来ならとうに終わっているはずのニュースがまだ続いているのを見るのはカンに障る出来事でしかないのだ。レターマンはこういう事態を避けるため、そういう展開になった場合でも、ニュースを縮め、「レイト・ショウ」を11時半きっかりに始めることをABCに約束させたがった。さらに、自分の番組の再放送権等、いくらなんでもそこまでは譲歩できかねるという条件を要求したということで、逆にABCの出方が注目されていた。
いずれにしても、ABCのこういった動きが明るみに出るや、ABCのほとんど全部の報道番組のアンカーが、一斉に今回のABCの行動に反対する声明を発表した。当然だろう。もしここでいい様にあしらわれていたら、次は自分がそういう目に合うかも知れない。世間は甘くはないのだ。次が自分の番組でない保証はどこにもない。ABCの報道番組は、「20/20」や「グッド・モーニング・アメリカ (GMA)」、「プライムタイム」、「ディス・ウィーク」、「ダウンタウン」等、各番組のアンカー同士でライヴァル意識が非常に高いことで知られている。お互いがお互いを出し抜こうと必死で、特に「20/20」のアンカー、バーバラ・ウォルターズと「GMA」のアンカー、ダイアン・ソウヤーの女性アンカー同士の不仲ぶりはつとに知られており、仲間うちで特ダネを盗み合ったりしているそうだ。こういう仲の悪い者同士が、今回に限り共同で一致して戦線に当たったわけで、それだけでも大した見物だった。それでもウォルターズだけは事態を静観してノー・コメントを守っており、それもまた面白い見世物であった。
ABC首脳も、こういった動きに答えなければならない。上層部はD.C.に飛んでコッペルと会談し、もしレターマンがうんと言わなければ、「ナイトライン」をキャンセルすることはないと約束した。もちろんこれはレターマンが承諾すれば番組はキャンセルすると言っているのと同じことだが、少なくともレターマンがCBSに留まる限り、当分「ナイトライン」の安泰は約束される。当のコッペルは、3月5日付けニューヨーク・タイムズに意見文を載せた。その中でコッペルは、「ネットワークのニュースは今でも重要な番組である」と言っているが、一方で、「『ナイトライン』は去る運命にあるかも知れないが、ネットワーク・ニュースの必要性がなくなることはない」とも言っており、「ナイトライン」が遅かれ早かれキャンセルされることは避けられないと思っていることも窺われた。
また、もしレターマンがうんと言わず、それでもABCが「ナイトライン」をキャンセルしようとした場合、当然、代替番組には「レイト・ショウ」同様のトーク番組が編成されることが考えられる。ネットワークで自分のトーク番組を持つことは、コメディアンや各種番組のホストを生業にしている者にとってある種のキャリアの頂点であることは事実で、そういう人々が興味を示し始めた。もしそうなった場合に、代わりに編成される番組のホストとして最も近い位置にいると見られていたのが、現在、ケーブル・チャンネルのコメディ・セントラルで「デイリー・ショウ」という自分の番組を持っているジョン・スチュワートである。スチュワートは今年のグラミー賞でもホストを担当、既に知名度はかなりのものだ。こないだNBCの「サタデイ・ナイト・ライヴ」でホストを担当した時も、当然巷の話題になっているこの話をネタにギャグを飛ばし、自分がその第一候補であることも充分承知の上で、もしオファーがあった場合‥‥当然受けますと、半分本気のギャグを飛ばしていた。
そんなこんなで、レターマンの一挙手一投足に世間の注目が集まった。しかしちょうどこのごたごた劇が巻き起こった時、レターマンはヴァケイション中でニューヨークにいなかった。そのため、レターマンが帰ってきて心中を明らかにする3月11日夜の「レイト・ショウ」が、業界関係者のみならず、全米のTVファンの熱い視線にさらされたのも至極当然なことだった。
その、3月11日の「レイト・ショウ」のオープニングは、当然のことながらレターマンの、自分の去就に関するギャグを交えたスピーチで幕を開け、そこでレターマンは、コッペルが自分の番組をやりたがっている限り自分はABCに移るつもりはないということを明言し、コッペルとレターマンをめぐる今回のごたごたの一部始終に幕を引いたのだった。しかし、さすがレターマン、こんな状況でもCBS首脳をバカ者扱いするジョークを挟むのを忘れなかった。
そのスピーチを聞いて思ったのだが、レターマンのスピーチというのは、実にうまい。同時多発テロの時のスピーチも感動もんだったが、今回も基本的にシリアスなスピーチに、うまくジョークをブレンドしてまとめていた。もちろん自分一人でなく、スタッフと一緒に基本的な案は考えるのだろうが、それでもそれを実際に言葉に乗せる時のまとめ方というのは、さすがに経験のあるプロ中のプロという感じがする。自分の嫌いなムーンヴェスをバカにしていながら、最終的に誰をも悪者にしない話術というのは、誰でもが真似できる代物じゃないだろう。
しかし今回の騒動で思ったのだが、こういう業界内の動きが逐一公けに報道されるというのもすごいことだ。ある種の話などはまったく内輪の話で、そういうのが外部に漏れるというのがまったく不思議である。これらを報道している新聞は、いったいどこをソースとしているから情報を手に入れることができるのだろうか。アメリカのマスコミはつくづく怖い。
