Night of the Kings


ナイト・オブ・ザ・キングス  (2021年7月)

まったく関係のない話なのだが、うちの女房が非常に稀な体験をしたので、ちょっと書いておきたい。というのも、イヌが空から落ちてきたのだ。 

 

この日は今夏数多あるニューヨークを襲った熱波の日の一つで、うちの女房は、暑さを避けて夕方、日課の散歩に一人で出かけた。できるだけ日差しを避けて歩いていたのは言うまでもない。その時も、ビル沿いにできるだけ日陰になるよう軒の下を歩いていた。 

 

そしたら、上の方でがしゃんと音がし、斜め前方に窓枠にはめる網戸が落ちてきたそうだ。軒の下を歩いており、数メートル先だったので何かが当たるということもなかったが、それでも驚いて立ち止まったところ、さらに大きな物音がし、続いてイヌが降ってきた。 

 

イヌは着地、というかコンクリートの歩道に身体を打ちつけると、よろっと立ち上がり、辺りをうかがってその場をてくてくと歩いてどこかに行ってしまったそうだ。まだ幼いシェパードみたいなイヌだったらしい。うちの女房は唖然としてその光景を見ているしかなく、たまたま近くにいた他の歩行者も驚いてその場に立ち尽くしていたそうだ。そりゃそうだろうと思う。まさか散歩中に頭上からイヌが降ってくるなんて状況は、普通誰も想像すらしないだろう。見上げると、2階の部屋の窓が、網戸が破られたせいで開け放たれた状態だったということだ。 

 

要するに、この日、この部屋の住人が外出する時にイヌを留守番にしていった。しかし古いビルで窓に据え付けのエアコンもないため、網戸があるから大丈夫だろうと窓を全開にして外出したものと思われる。しかしこの日は本当に猛暑日で、エアコンのない部屋に一人取り残されたイヌが、暑さに堪えられず網戸に体当りして果敢にも脱出を試みたというのが真相らしい。 

 

この話には後日談があって、この事件から2週間くらいして、女房が、これは別の道を散歩している時、その時のイヌに違いないと思えるイヌを、リーシュに繋いで散歩させている女性を見かけたそうだ。まったくそっくりだったのだが、さすがに初対面の女性に、このイヌ、あの暑い日に脱走したイヌでしょ、と訊くに訊けず、黙って見送ったそうだが、あー気になる、と唸っていた。私も気になる。 

 

閑話休題。標題の「ナイト・オブ・ザ・キングス」は、今年の年初に何度か話題を小耳に挟んだことがあって、覚えていた。アフリカの刑務所内での千夜一夜物語、みたいな紹介のされ方をしていて、気になっていたものだ。 

 

アイヴォリー・コーストの悪名高い刑務所、マカに一人の男が入所してくる。そこではブラックビアードという牢名主がおり、看守ではなく、ほとんど彼が刑務所を支配していると言ってよかった。しかし彼は死期が迫っており、ハーフ-マッドが彼の後釜の座を狙っていた。ブラックビアードは新顔の男を、囚人に物語を話して聞かせるローマンに任命し、刑務所内の空気を変えようとする。 

 

既に違う世界という雰囲気たっぷりで、刑務所というやたらと人間臭い世界を舞台にしているくせに、そこに皆に物語を話して聞かせるローマンという語り部が加わることで、閉じられた世界でのファンタジーという印象が逆に色濃く出てくる。 

 

ローマンは千夜一夜物語におけるシェエラザードの役割と同じで、面白い話を物語らなければならない。違うのは、シェエラザードが話を聞かせて喜ばせる相手は王様一人だが、ローマンは囚人全員が相手だ。彼らが話に満足しなければ、殺されてしまう。ローマンに課された任務は、とにかく夜明けまで殺されることなく話を紡ぎ続けることだけだ。 

 

どうやらこの新任ローマンは特に語りが得意というわけでもなさそうなのだが、黒人文化からラップが発生したように、元々口は立つようだ。いざ話し始めると、自分の命がかかっているから必死ということもあるだろうし、ギャングという出自から、自然に面白い裏話を知っているということもあるだろう、とにかくあることないことしゃべり続ける。 

 

そこへ、興が乗ると、話を聞いている囚人が即興で数人固まってダンスだかなんだかよくわからない動きで話に茶々を入れるというか参加する。ローマンの話も段々どうやら現実を逸脱し始めるし、もうこれはファンタジーなのかリアルなドラマなのかギャグなのかよくわからない。しかし朝まで話し続けなければローマンの命はないというのだけは確かだ。 

 

という、不思議なテイストが満載の作品が、「ナイト・オブ・ザ・キングス」だ。男くさい場所の筆頭と言えるだろう刑務所を舞台に展開するファンタジーの世界。男だけというのではなく、ちゃんとトランスジェンダーらしい女役もいる。リアルな触感を突き詰めていったら、向こう側へ行っちゃったという印象が濃厚の作品なのだった。 

 












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アイヴォリー・コーストの悪名高きマカ刑務所は、看守や刑吏がいるとはいえほとんど自律的に機能しており、囚人内ピラミッドの頂点を極めるブラックビアード (スティーヴ・ティアンチュー) の胸先三寸ですべてが決まるといってもよかった。しかしブラックビアードは病に冒されており、No.2のハーフ-マッドがその跡を継ごうと虎視眈々と機会を窺っていた。折しも、新しく一人の男 (バカリー・コネ) が入所してくる。男はブラックビアードによって、囚人に物語を話して聞かせるローマンの役に任命される。男に断る選択肢はなく、月食の夜に、囚人たちに即興で物語を語り始める。しかし語りの合間の一時に、朝まで囚人の興味を惹きつけ語り続けることができないようなら、殺される運命にあることを教えられる‥‥ 


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