いきなり降って湧いたようにストの話が聞こえてきた。そんなのは実際の話、ぎりぎりになるまでは部外には漏れて来ないだろうとはいえ、ある時ニューズを見ていると、いきなり数日後にはニューヨーク・シティの全公共交通システムがストに突入する可能性があると伝えており、かなり驚いた。なんでもNYでは過去、1966年と1980年の2度、公共交通機関がストを起こしたことがあるそうだ。

しかも一年で最も忙しい年末、クリスマス前のこの時期を見越したようにストをする。たまたまこの時期に契約が切れるかららしいが、しかし、タイミングとしては一般市民にとっては最悪だ。年間でこの時期に最も稼ぐ小売業者にとっては、さらに腹立ちものだろう。法律上は、こういう明らかに一般市民に影響を与える公共機関に勤めているものがストを行うのは法律違反であり、犯罪であるとの識者の意見も伝わってくる。実際そうなんじゃないかと思う。

いずれにしても、こちらとしてもストになった場合の対策を考えておかなくてはならない。2年前のブラックアウトの時に、アパートとマンハッタンの職場を歩くのはまず無理というのを身をもって思い知ったので、今度はストになったら数日はうちでも仕事ができるように、月曜の夜に前もって資料を大量に持って帰ることにする。こういう時は基本的に外回りをしなくて済む、書きもの調べもの主体の私がしているような仕事は融通が利いて便利っちゃあ便利。一方、アメリカに何店もの支店がある企業で経理をしているうちの女房の場合、そんなことを言ってられない。どうしても毎日会社のコンピュータを使ってどこぞにアクセスしなければならず、出社しないことには何も始まらない。

幸いなことに、我々の住むクイーンズのフォレスト・ヒルズは今回ストをするTWU (Transit Workers Union) とは関係のない交通機関であるLIRR (Long Island Rail Road) の列車の駅があり、それがマンハッタンの34丁目まで走っている。そこまで行ければ、あとは26丁目のマディソン街のオフィスまで、歩けないことはない。そのため女房は、スト予定日の前日の夜、LIRRの駅に翌日の分の前売りのチケットを買いに出かけた。これがまた一段と冷え込んだ日で、なんでまたわざわざこんな日にこんな風になっちゃうのかと思ったが、とにかくなってしまったのはしょうがない。

そしたら結局、2時間ばかりして凍えながら帰ってきた女房は、開口一番、切符は買えなかったと言う。同じことを考えた者はやはり山のようにいて、長蛇の列ができているのに、駅員一人で増員しているわけでもない窓口では客がほとんどさばけず、まったく牛歩の歩みであとどれだけ待てば切符が買えるか見当もつかなかったので諦めたそうだ。賢明な判断と言えよう。

女房は結局、さらに気温が下がって零下となった深夜、また外出して今度は1時間並んで切符を買ってきた。ほっぺたが氷のようだった。私は最初はうちで飯を作ったりして待っていたのだが、考えたら彼女に飯作らせて私が並んで買ってきた方がよかったかもしれない。しかしこんなに並ばされるとは二人とも考えてなかったのだ。

翌日、スト決行。女房は列車が山手線もかくやというくらい劇混みなので最初の数本は見逃したそうだが、それでもなんとか会社に行って帰ってきた。帰りは帰りでまた混んでいたため、やはりラッシュ・アワーをやり過ごして少し時間を潰してから帰ってきたそうだ。同じようなことをした者は何千何万人といるだろう。クイーンズやブルックリンに住んでいる者でも、マンハッタンに近い者はやはり徒歩で歩いて橋を渡って通勤しており、この寒い中、大変だ。ブラックアウトの時は、当然大量の電力を消費するからブラックアウトになる、つまり真夏の暑い時だったのだが、今回は酷寒で、どちらも大変としか言いようがない。

結局我々夫婦は同じことを翌日と翌々日も繰り返し、ストは3日目の昼に解決した。3日目の夜には、女房は意気揚々と帰ってきた。実は3日目には、さすがに鷹揚に構えていたうちのオフィスのボスもさすがにこのままではだれると思ったのだろう、うちに電話をかけてきて、明日は何がなんでもオフィスに出てこいと言う。それで私も、しょうがないな、明日はLIRRに乗ってマンハッタンまで行くかと思っていたので、ラッキーっちゃあラッキー。しかし、こういう逆境になると人の本当の姿がわかるというか、マンハッタンまで橋を渡って歩いて通勤している者たちは結構明るく、わりと皆にこにこといい運動になると言いながらてくてくと歩いている者が多かった。本当にニューヨーカーって、転んでもただでは起きんよな。




 

2005 New York City Transit Strike    
2005ニューヨーク・シティ・トランジット・ストライク

2005年12月20日-12月22日

 
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