Murder on the Orient Express


オリエント急行殺人事件  (2017年12月)

私はミステリ好きで、海外の古典もかなり読んでいるが、意図的に読んでいないという作品もある。その代表が、アガサ・クリスティの「オリエント急行殺人事件」と「アクロイド殺人事件 (The Murder of Roger Ackroyd)」というのは、もちろんあまりにも意外で有名な犯人のために、本を読む前から犯人を知っているからというのは言うまでもない。


だいたい犯人当てが興味の大部分を占めるフーダニット系のミステリで、読む前から犯人を知っているということほど興醒めなものはない。しかしこれだけ有名な本だと、多くの者が読む前から既に犯人を知っている。それで私のように本を手にしない者もいる。実は結構不幸な本だと思うのだった。


いずれにしてもそのため、最初「オリエント急行殺人事件」を見に行くつもりはなかった。それが徐々に気が変わって行ったのは、まず、いかにも大仰で受け狙いという感じの、オリエント急行の乗客をカットなしのカメラが連続でとらえ、その下にいかにもこいつが犯人かと思わせる思わせぶりな乗客紹介が出る予告編が、まず気に入ったことが挙げられる。このショットは実際に作品の中でも使われているのだが、こういう思わせぶりな演出、衒いは嫌いじゃない。演出主演のケネス・ブラナー、なかなか楽しんでいるようだ。


考えると、これだけクラシックな作品だ、別に話を知っていても楽しめないわけじゃない。要するに犯人当てではなく、シェイクスピアや歌舞伎のようなレパートリー作品だと考えればいいわけだ。だいたい、犯人の嫌疑をかけられる乗客のメンツのこの豪華な布陣、やっぱり、これはガラ映画なのだ。


というわけで考えを改め、劇場に足を運ぶ。上映が始まってまず驚かされるのがそのタッチで、ブラナーはこれを重厚なミステリではなく、笑いも含めた軽めのエンタテインメントとして仕上げている。小説や、これまでに映像化されたデイヴィッド・スーシェ演じるポワロの印象が張り付いている身としては、これは意外で驚かされる。


ポワロの紹介的な前置きが終わって話が本格的に始まり出すと、わかってはいても出てくるメンツの豪華さにわくわくする。そこではっと気づいた。あまりにも有名な犯人に目を奪われて気づいてなかったが、実は犯人が誰かは知っていても、殺される被害者が誰かはまったく知らないのだった。


誰が犯人か知らなくて、キャスティングから犯人当てする楽しみが今回は最初から奪われているのがすこぶる残念だと思っていたのだが、実はキャスティングから誰が被害者かを当てる楽しみというのもあっていい。これはいい、意外な楽しみ方を発見したと、ちょっと個人的に盛り上がるが、残念ながらこの楽しみはすぐに消える。


なんとなれば、最初から悪役として造型されているジョニー・デップ扮するラチェット以外に、犠牲者を考えられないからだ。それでも、その裏をかいてオリジナルと異なる意外な被害者という可能性もなくはないかもと一縷の期待を抱いたりもしたが、その期待は報われることなく、ちゃんと筋書き通りにラチェットは殺される。ということは、犯人もこれまで通りなんだろうな。


「オリエント急行殺人事件」並びにクリスティの諸作品は、本格ミステリとして読むにはフェア・プレイというわけではない。何よりも話の面白さを優先しているために、重要な手がかりを最後まで伏せたままだったりする。現在ポワロが見ているものだけでは、どんな名探偵だろうと謎は解決できまいと思えるが、しかしまあ確かに話は面白い。とはいえ犯人を知らずにこの作品を見るか読むかできたら、どんなによかっただろうにとは思ってしまう。


ラスト、果たして乗客乗務員の中の誰が犯人かを特定するためにポワロがトンネルの前のテーブルに一列に容疑者を並べて推理を開陳する件りは、キリストの最後の晩餐をモティーフにしており、このこけ脅しというか見栄は、やっぱり舞台、歌舞伎、オペラのそれだ。待ってましたというか、いよ、〇〇屋、みたいに声をかけたくなる。ブラナーがまた、これでもかとばかりに思い入れたっぷりのケレン演技で楽しませてくれる。彼は元々はシェイクスピア等の舞台の人なのだった。


そして無事事件を解決したポワロは、請われるままに列車を降りてエジプトに向かう。ナイルで次の事件が彼を待っているのだ。「ナイル殺人事件 (Death on the Nile)」が製作される可能性はかなり高いと見た。











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1934年、エルサレムでの事件を解決したエルキュール・ポワロ (ケネス・ブラナー) は、イスタンブールからロンドンに向かう用事ができ、旧知のブーク (トム・ベイトマン) からオリエント急行の一等席をオファーされる。ポワロは後ろ暗いビジネスマンのラチェット (ジョニー・デップ) から身辺警護を依頼されるが断る。その夜、アルプスの山岳地帯を走っていた列車は山崩れのために臨時停車を余儀なくされ、そしてラチェットの死体が発見される。その死体には何か所もの刺し傷があった。列車にはラチェットの秘書のマックイーン (ジョシュ・ギャッド)、執事のマスターマン (デレク・ジャコビ)、ドラゴミロフ侯爵夫人 (ジュディ・デンチ)、付き人のシュミット (オリヴィア・コールマン)、アーバスノット医師 (レスリー・オドムJr.)、エストラバドス宣教師 (ペネロペ・クルス)、ハードマン教授 (ウィレム・デフォー)、ハバード夫人 (ミシェル・ファイファー)、家庭教師のデブナム (デイジー・リドリー) という曰くつきの面々が乗客として乗っており、誰もが何か隠している節が見受けられた‥‥


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