Miss Sloane


女神の見えざる手 (ミス・スローン)  (2016年12月)

最初「ミス・スローン」の予告編を見た時は、てっきり主演のジェシカ・チャステインはアメリカ大統領に立候補する政治家を演じているものだとばかり思っていた。巷では現実のものとはならなかったとはいえ、ヒラリー・クリントンが次期大統領になんなんとしていた。時宜的にはぴったりだったのだ。 

 

そうではなく、ここでチャステインが演じているのはやり手のロビイスト、エリザベスで、人心を操作して何がなんでも思い通りの結果を得ようとする唯我独尊的人物だ。クリントンではなく、ABCの「スキャンダル (Scandal)」で、ケリー・ワシントンが扮している主人公オリヴィア・ポープにこそ近いと言える。 

 

個人的に銃規制に与するエリザベスは、銃の自由保持を支持する会社と折り合わず、ライヴァル企業のボス、ロドルフォ・シュミット (マーク・ストロング) の誘いに応じて部下の多くを引き連れて会社を変わる。しかしエリザベスの仕事の仕方はロドルフォが考えていたのよりも強引で、はっきり言って法を逸脱しているエリザベスに、ロドルフォも手を焼く。しかしそれが功を奏しているのもまた確かだった。あと、もう数人の議員を翻意させることができれば、銃法制案は議会を通過する。あともう一息だったが‥‥ 

 

エリザベスは不眠症で、ほとんど寝る暇もなく働き詰めだ。アメリカ人は怠け者と思っている日本人は多いかと思うが、働き者も多い。日本と違うのは、ヒラの時はこき使われて、出世してやっと楽ができるのが日本だが、アメリカの場合、できる上司ほどよく働くというのがある。企業人ではなく、まず個人としてできることが出世の条件だからだ。むろんドナルド・トランプのような、お偉いさんが全員働き者で人格者とは限らない例もあるわけだが。 


そのエリザベスの唯一とも言える息抜きは、ホテルにエスコートの男性を呼んでセックスすることだ。それだってやることやった後はすぐに男を追い出して仕事にかかる。無論本人も家庭を持とうなんて露ほども考えてないだろう。当然毎日の夜食は外食で、それも一流フレンチ・レストランとかではなく、アメリカの都市ならどこにでもありそうな安そうなチャイニーズで一人テーブルに付く。それをほぼ毎晩繰り返している。


偉いのはそれを自慢するでも卑下するでもないことだ。友人や家族と共にするはずの憩いの時間を仕事に当てているわけだから、食事に割いている時間はない。それを当然のこととして受け止めており、いい服を着て化粧もばっちりのキャリア・ウーマンが一人で深夜、黙々と安い食事を口に運ぶ。畢竟食事は生きていくための手段の一つに過ぎない。その後ろ姿は崇高でもなく悲惨でもない。いっそ潔い。


あっと思ったのが、今年後半、「メッセージ (Arrival)」「ドクター・ストレンジ (Dr.Strange)」と連続で目にしているマイケル・スタールバーグ。ここではエリザベスに袖にされて恨み骨髄の元同僚で、地球の将来に関係するSFものばかりじゃなかったか。いずれにしても今年下半期の裏の顔だ。 

 

資本主義の最先端の国アメリカでは、何をするにしてもまずマーケティングからというのは、政治においても変わらない。そのマーケティングを基本に、では、今、何をすればいいかを考える。エリザベスももちろんそうやった。 

 

しかし、では、そのマーケティング自体が間違っている場合はどうするか。そのことをはっきりと示したのが、何あろう今回のアメリカの大統領選に他ならない。投票前日まで、マスコミはクリントン優位を伝えていた。多少の誤差はあるだろうとはいえ、クリントンが勝つだろうとどの媒体も言っていた。ところが蓋を開けてみると、勝ったのはドナルド・トランプだった。マスコミの面目丸潰れだ。 

 

マーケティングにおいて、調査の対象人物が口を閉ざしたり故意に嘘をついた場合に、それを見抜いたり正したりする術はない。要するに精度の問題なのだが、今のところそれを高める方法はほとんどない。マーケティングの質問に回答者が正直に答えることがそもそもの前提になっているからだ。政治的マーケティング、市場調査においては、その性質上、特に回答者は匿名で金品の授与はないことが考えられ、そのことが余計にマーケティングの質に影響を与えやすい。 

 

エリザベスが行ったマーケティングや人心操作は、畢竟特定の議員を狙ったものだから、自分たちのしていることの効果や測定に大きな間違いはないだろうが、しかしそれでも、あまり小細工を弄し過ぎると足元を掬われるよ、現にそうなっているじゃない、と今回の大統領選でマスコミの偽情報に踊らされたような気がする一市民としては、こういうマーケティングや人心操作に不信感沸々なのだった。 











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エリザベス・スローン (ジェシカ・チャステイン) はロビイストとして、世論の動きを的確に読み、時には操作して望む結果を得る凄腕のパワーウーマンだった。しかしそのビジネスの仕方はあまりにも傍若無人で周りを顧みず、結果として内外に敵も多かった。その彼女に銃規制に傾きがちな世論をなんとかしてもらいたいという上司の要請があるが、まるで反対意見を持つエリザベスは、上司と対立、ヘッド・ハンティングされるまま、忠実な部下を引き連れてライヴァル企業に転職する。銃規制を法案化するためには、最低でもあと十何人かの国会議員の同意を得る必要があった。エリザベスはほとんど法すれすれ、現実には見えないところでは法を犯して情報を入手し、人心を操作しようとする。しかしそれは反動も大きかった‥‥


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