放送局: ブラヴォー

プレミア放送日: 11/19/2004 (Fri) 20:00-22:00

製作: アメリメージ・スペクトラ、プロダクション・コンテIV

製作総指揮: リュック・シャテライン、ヴィンセント・ガネ

監督: マリオ・ルーリーン


内容: 2004年7月11日にモントリオールで行われたシルク・ドゥ・ソレイユ誕生20周年/モントリオール・ジャズ・フェスティヴァル25周年記念イヴェントの録画。


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「ミッドナイト・サン」は、モントリオールに生まれ、今年結成20周年を迎えるシルク・ドゥ・ソレイユと、同様に、同じモントリオールで開催され、今年25周年を迎えるモントリオール・ジャズ・フェスティヴァルの両方を記念して開かれた、一夜限りの屋外イヴェントを録画したものである。要するにジャズを中心とした音楽を聴きながら、シルクのパフォーマンスを楽しもうという趣向だ。


とはいえシルクと音楽では比重はほとんどシルクの方にかかっており、番組を見ただけでは、で、どこがジャズなの? というくらいの比率しかジャズの方には重きは置かれていない。というか、少なくとも番組を見る限りでは、音楽はもっぱらジャズというよりもワールド・ミュージックが主体で、アフリカや中南米、それにいつもながらのシルクの音楽が中心だ。ジャズ・フェスティヴァルを記念してというのにひっかかってジャズを楽しみたいと思ってこの番組を見た者は、少なからず肩透かしを食うことになるだろう。で、もう一方のシルク芸の方なのだが、こちらも舞台が勝手の異なる屋外ということもあり、いつものシルクのパフォーマンスとはだいぶ印象が異なるものとなっている。


シルク芸では、より遠く、より高いところを目指すという空中アクロバットが最も印象に残る。この種の芸は、同時に、常にそれが望むところまでには達せず、地上に墜ちてくるという、イカルスの物語のような物悲しい印象をまとう。別にシルクに限らず、畢竟サーカスというものはそういうある種の物悲しさとは無縁ではありえないが、特にシルクのように、アクロバティック・パフォーマンスからマジック、ピエロ芸までを含めトータルに洗練されればされるほど、こういった印象もより強くなる。そしてこういう完成された芸は、その芸を見るのに適した閉じられた空間でこそ、最大限にその巧さや完成度を堪能できる。シルクがその公演のためにいつも専用テントを必要とし、ラスヴェガスやオーランドの専用劇場という同じ場所で恒久的に公演を繰り返すのは当然なのだ。


ところが「ミットナイト・サン」では、その、実は閉塞状況でこそ最大限の効果を発揮するシルクの芸が、屋外で行われるというのが最大のポイントだ。もっとも、番組の前半はほとんどが音楽パフォーマンス中心で、シルク芸の出物は番組の後半に集中している。そのパフォーマンスの内容はというと、ジャーマン・ホイールや、リボンで空中に吊り下げられるやつ、男女ペアでの静止力技等、特に「キダム」からのパフォーマンスが多かったという印象を受けた。とはいえ、よく耳に馴染んだ「アレグリア」の音楽もフィーチャーされている。


風が吹いたり雨が降ったりすると危険な空中ブランコ的なパフォーマンスや、同様にてきめんに影響を受けるだろうジャグリング系のパフォーマンスが含まれていないのは当然といえば当然なのだが、しかしそういう花形パフォーマンスがないことが、シルク芸としては物足りないという印象を観客に与えるのはしょうがないところだ。実際の話、どのパフォーマンスを見ても、それまでテントの中で、固唾を飲んで見守る観客の前で行っていたパフォーマンスとは異なり、屋外となっただけで、だいぶ印象が異なってくる。パフォーマンスそのものは同じものなんだろうが、立ち見でリラックスして、たぶんよそ見なんかもしながら見ている観客は、シルクの芸だけに集中しているという感じでは到底なく、単純に祭りを楽しもうとしているという陽気な嬌声や歓声が主体であり、そういった雰囲気が番組全体を覆っている。


そのため、番組はこれまでのシルクの公演を記録した番組とは非常に印象が異なるものとなっている。たぶん完成された芸に魅力を感じる生っ粋のシルク・ファンにとっては、「ミッドナイト・サン」は邪道と感じるんじゃないだろうか。シルクの芸から興味をそらすよけいな邪念や雑事が周りに多すぎるのだ。観客はアイス・クリームやキャンディ・バーを食べ、ガムを噛み、おしゃべりしたりしながら舞台を取り囲んでいるのであり、常になにかしらざわざわとかまびすしく、そこにはシルクの公演特有の緊張感はほとんどない。


しかしもちろん、シルクだけにこだわらない、開放感のある一つのイヴェントとして楽しむなら、「ミッドナイト・サン」はかなり楽しめる一時を提供してくれる。これが本来のシルク芸なのかはわからないが、舞台の上に設置された、ほとんど観覧車と見紛うような道具立てで、ほとんど地上25メートルくらいにまで達する風車のように回る軸の片方に設置された輪っかの、上になり、中に入ったりする荒技なんて、通常のテント小屋の中では決して見ることのできない、いかにもお祭り的な大技だ。そしてこういう芸は、確かにテント小屋の中ではなく、屋外で皆でわいわいがやがや言って、時には落ちそうに見えるパフォーマーに絶叫したりしながら見る方が数倍楽しいだろう。


つまり、やはりこのイヴェントはお祭りなのであり、シルクのパフォーマンスを見るのとはまた違った昂揚感がある。最初からいつも通りのシルク芸を見るつもりでチャンネルを合わせると少なからずがっかりするかもしれないが、祭りとして楽しむ分にはまったく問題ない。番組の最後では、直径5メートルくらいありそうな巨大なボールが舞台に上げられ、それが観客に向かって押し出されると、ロック・コンサートで人の頭を上をウェイヴされていくロッカーよろしく、そのボールが鈴なりになった人々の上を延々と泳いでいき、人々もそういった雰囲気を楽しんでいる。つまり、「ミッドナイト・サン」と最も似たような印象を与えるイヴェントと言えば、スタジアム公演のスーパースターのコンサートか、オリンピックのオープニングやクロージングの時のセレモニーだ。


いまや世界中にファンを増やし続けているシルクであり、この一回限りのイヴェントは、モントリオールの街に、カナダっ子を中心に世界中からやってきた20万人もの人々を集めたそうだ。因みにニューヨークの年度末のお祭りであるタイムズ・スクエアの新年のカウント・ダウンには、毎年50万人以上もの人々が繰り出す。私も一度行ったことがあるが、高を括って時間ぎりぎりで現地に着いた時にはタイムズ・スクエアの2ブロック以上も前から既に交通封鎖になっており、それ以上前に進ませてくれなかった。カウント・ダウンのイルミネーション・ボールなんてまったく見えず、日付けが変わった瞬間になにやら遠くの方から歓声が起こってウェイヴとなって聞こえてくるのが非常に羨ましかった。


たぶん、「ミッドナイト・サン」に集まった人々も、多くは後ろの方で、いったい前の方で何が起こっているかなんてほとんど見えなかったと思う。しかし、こういうイヴェントってただただその場所にいて臨場感を楽しむだけでもなんとなく楽しかったりする。実際、タイムズ・スクエアのカウント・ダウンなんて、家にいて暖かくしてTVを見ていた方がよほど快適だしよく見える。しかし、こういうところに行って、見えなかった、悔しかったなんていうのも、負け惜しみでなく実際に楽しいことなのだ。そういうことを考えながら、私は「ミッドナイト・サン」をつらつらと見ていたのであった。





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シルク・ドゥ・ソレイユ: ミッドナイト・サン   ★★1/2

 
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