Mental メンタル
放送局: FOX
プレミア放送日: 5/26/2009 (Tue) 21:00-22:00
「ブック・オブ・ジャッジス (Book of Judges)」放送日: 6/9/2006 (Tue)
製作: インフィニティ・フィーチャーズ、FOX TVステュディオス
製作総指揮: ロブ・ラベル、ロブ・メリリー、デボラ・ジョイ・ルヴァイン、ダン・ルヴァイン
クリエイター/脚本: デボラ・ジョイ・ルヴァイン、ダン・ルヴァイン
共同製作総指揮: アリソン・フェルテス
製作: アリ・ポスナー、レイン・パターソン、ポール・ゴールドマン
監督: ガイ・ファーランド
撮影: レイナルド・ヴィラロボス
美術: アンソニー・メディナ
出演: クリス・ヴァンス (ジャック・ギャラガー)、アナベラ・シオラ (ノラ・スコッフ)、ジャクリーン・マッケンジー (ヴェロニカ・ハイデン-ジョーンズ)、デレク・ウェブスター (カール・ベル)、ニコラス・ゴンザレス (アルトゥーロ・スアレス)、マリサ・ラミレス (クロイ・アーティス)
物語: LAのウォートン・メモリアル精神病院に新しくギャラガーが赴任してくる。ギャラガーは参考文献に頼って患者を診察するタイプではまったくなく、時としてその型破りな行動が周りの医者をもびっくりさせることもしばしばだった。ギャラガーのことが気に入らないハイデン-ジョンズは上司のスコッフに掛け合うが、しかしスコッフはギャラガーのような人間が病院には必要だというのだった。一方、人事権を掌握するベルは、スアレスにギャラガーの行動を逐一スパイして報告するようもちかける‥‥
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実は「メンタル」の評は決していいとは言えない。だいたい、既に型破りの医者を主人公に持つ医療ドラマ「ハウス (House)」を持つFOXが、なんでまたわざわざ同種の医療ドラマを放送しようと考えたのかよくわからない。一匹狼で時に非常識とも思える行動に走るが、医師としての腕は一流、ついでに言うとアメリカ産の番組でその主人公を演じるのが英国人俳優、ともに番組の中ではシングルだが、過去、恋人や妻との間になんかしらの不幸があった、しかし医師としての腕を見込んで女性経営者 (上司) がどこからか引き抜いて来たなどなど、これでもし「メンタル」の主人公ギャラガーが「ハウス」のハウス同様杖をついていたりしたら、本気で憤るところだ。
ついでに言うと、「メンタル」はFOXの今年の新番組「ライ・トゥ・ミー (Lie to Me)」にも似ている。こちらは主人公は医者ではなく、人の嘘を見抜くことが専門の元心理学者で、彼の経営する会社が舞台だ。しかし主人公を演じるのがやはり英国の俳優であるティム・ロスで、妻とは問題があって別居中であるなど、相似点がかなり多い。これではなんでまた似た印象を与える番組をわざわざ持ってくるのだろうかと疑問にも思う。
それでもまあ、興味がなくもなかったので「メンタル」の最初の数話は見てみたわけだが、最近「ハウス」は以前ほど面白いとは言えないとはいえ、それでもやはり「ハウス」より面白いとは思えない。精神病院と普通病院の違いによる印象の差は当然あり、作り手はそこに違いと面白さを見出したのだろうが、それでも、その差はたぶん製作者が考えたほど歴然としているわけではないというところか。
「プリズン・ブレイク (Prison Break)」で印象を残したクリス・ヴァンス主演ということも喧伝されていたのだが、実は私はヴァンスが登場した「プリズン・ブレイク」の第3シーズン以降は既に番組を見なくなっていたので、その辺もよくわからない。「プリズン・ブレイク」は、やはり出演者を脱獄に成功させるべきではなかったというのが私の意見で、製作者もそう思ったと見え、第3シーズンではいきなりなぜだか今度はマイケルたちが南米の刑務所に入っていたりもしたが、既に視聴者が離れ始めていた流れを変えるには至らなかった。
それでまあ、せめて「ハウス」がなければそれなりに視聴者をつかめそうな気もするんだが、たぶんそれは無理だろうと思えた番組についてなぜわざわざ書いているかというと、番組が第2話を放送した後、第3話「ブック・オブ・ジャッジス」でゲスト出演していたデイヴィッド・キャラダインの訃報が、6月頭にいきなり電撃のようにアメリカのマスコミを駆け抜けたからだ。
日本ではたぶん「キル・ビル (Kill Bill)」、アメリカでは70年代と90年代に2度作られた「カンフー (Kung Fu)」によって映画/TVファンの記憶に永遠に名を留めるキャラダイン、昨年もTVでは「カンフー・キングダム (Kung Fu Killer)」、今年は映画「アドレナリン: ハイ・ボルテージ (Crank: High Voltage)」で、顕在を印象づけていた。それがなんと滞在先のバンコクのホテルのクローゼットの中で死体となって発見されるという、自殺か他殺か事故死かわからないスキャンダル性満点の事件で、人々を驚愕させるのに充分だった。
そのキャラダインがゲスト出演したエピソードの放送を数日後に迎え、俄然「メンタル」に注目が集まった。FOXは故人に敬意を表すか、あるいはいらぬ騒ぎを抑えるためにその回の放送を後回しにするなどの処置をとる可能性もあったが、そのまま放送に踏み切った。たぶんFOXのことだ、むしろ逆に番組のいいプロモーションになったくらいにしか考えなかったんだろう。
その「ブック・オブ・ジャッジス」でキャラダインが演じたのは、妻と共に山に登って雷に打たれ、妻は死亡、自分は生き残るがたぶん罪の意識からか、それ以来自分の殻の中に閉じこもって外界に反応を示さなくなった老教授という役柄だ。もしかしたら意図的に妻をなき者にしようとしたのかもしれないという犯罪の匂いもある。その上現実では自分自身がもしかしたら犯罪の犠牲者だ。それが持ち味だったとはいえ、現実でも虚構でもやばそうな雰囲気がそこかしこに漂っている。
結局このエピソード、話題性は抜群だったとはいえ、数字の上では特によい成績を収めるには至らなかった。むしろ視聴者の興味は、特に評価の高いわけではない番組にではなく、スキャンダラスな事件そのものの方に向かったということだろう。実際、現実ではキャラダインの元妻が、デイヴィッドは首を絞める危ないセックスを好んだと証言、若い男娼の多いバンコクという場所柄、現場に残された物証その他の傍証から、ホテルの部屋に男娼を呼んだキャラダインが、事故か男娼 (通常ペアで行動するらしい) の殺意によってかセックスの最中に死んだことはほぼ間違いないらしい。
それにしても私より4分の1世紀歳上の73歳の男性がキンキー・セックスか。とてもじゃないが、私がその時になってホテルに男娼呼んでキンキーどころかセックスをすること自体が想像すらできない。これもカンフーで鍛えた身体のおかげか。ある意味確かにすごい。ところで出演作の多いキャラダイン、「メンタル」が死後出演の最初の番組になったことは確かだが、実はIMDbで調べてみると、既に撮影を終えた出演作が他にもTV、映画合わせて7本もあった。このヴァイタリティだな。それらもおいおい公開されるか放送されるかするんだろう。
などとそれなりに感懐をもたらせてくれた「メンタル」だったが、それはまだ氷山の一角に過ぎなかったことが後に知れる。そう、その後矢継ぎ早に起こった、アメリカTV界を代表する面々の相次ぐ訃報のことだ。その頂点がTV界音楽界のみならず、世界中に激震をもたらしたマイケル・ジャクソンの死であることはもちろんだが、しかし彼以外にも、アメリカTV界の重要な人物が、この月、相次いで死去している。
まずマイケルの死の2日前、ジョニー・カーソンの名相方として鳴らしたエド・マクマホンが他界した。マクマホン本人のキャリアを知らなくても、かつて毎夜毎夜、NBCの「ザ・トゥナイト・ショウ (The Tonight Show)」が始まる時に聞こえてきた、「ヒヤズ・ジョニー (Here’s Johnny)」という掛け言葉を知らない者はアメリカにはいまい。いや、アメリカでなくてもマクマホン本人を知らなくても、スタンリー・キューブリックの「シャイニング」で、おかしくなり始めたジャック・ニコルソンが斧をドアに叩きつけてそこから顔を出し、「ヒヤズ・ジョニー」と言った時の怖さは、誰であろうとそうそう忘れられるものではない。
「シャイニング」を見た時、そのオリジナルについては何も知らないなりにぞぞぞとしたあの「ヒヤズ・ジョニー」が「トゥナイト」の毎夜の決まり文句であり、マクマホンによるその掛け声によって番組が始まるのだということは、アメリカに来てから初めて知った。マクマホンという名は知らなくても、「ヒヤズ・ジョニー」を知らない映画ファンはまずいないだろう。
そしてマイケルと同じ日、かねてから直腸ガンで危ない状態が続いていると伝えられていたファラ・フォーセットも死去した。彼女は去った5月に自分の現状を記録したドキュメンタリー「ファラズ・ストーリー (Farrah’s Story)」がNBCで放送され、髪が抜け落ちながらも前向きに闘病生活を送るファラの姿に全米が固唾を呑んだ。
デイヴィッド、エド、ファラ、そしてマイケルと来て、これで終わりかと思われた6月末、これまた本当に意外のビリー・メイズの訃報が伝えられた。最初ニューズでメイズの訃報に接した時には本当にあまりにも意外で、一瞬メイズ、誰だっけ、と思ったくらいだ。そして次の瞬間、私が「オキシクリーン! (OxiClean)」、うちの女房が「カブーン! (Kaboom!)」と二人で同時に叫んだ。メイズは、これまたアメリカ人なら名は知らなくても誰でも顔は知っているという裏セレブリティなのだ。
彼は、TVショッピングでいろいろなアイディア賞品をTVの前で宣伝する、いわゆるピッチマンの第一人者だ。事実上、彼がTVに登場しない日はないと言っていい。最近はさらにケーブルのディスカバリー・チャンネルで、そういうアイディア商品を製品化する「ピッチメン (Pitchmen)」というリアリティ・ショウでホストを担当しており、しかも死の数日前に、コナン・オブライエンが新ホストに就いたばかりの「トゥナイト」に、その「ピッチメン」のプロモーションのためにゲスト出演していたのを見たばかりだ。むろんいつも通りに、うるさいくらい元気いっぱいだった。そんな人間がその一週間後なんかに死ぬか、普通。因みに「オキシクリーン」、「カブーン」、共に家庭用洗剤の商品名だ。
さて、世界中にその早すぎる死が報道され、特に私が書くまでもないと思っているマイケルだが、実際、その報道の加熱振りはすごい。寝てもマイケル起きてもマイケル、マイケルの死の衝撃のうねりがそこかしこに漂っているという感じで、マイケルの死の報道の余波で酔いそうになったくらいだ。私の女房も、つい熱心にマイケル報道を追っかけていたせいもあって、後の方では調子悪い、気分悪いと愚痴っていた。なまじチャンネル数があって、見ようと思うと必ずどこかのチャンネルでマイケル関係を流しているので、見る番組には困らない。当時話題を醸した「リヴィング・ウィズ・マイケル・ジャクソン (Living with Michael Jackson)」も再放送されたし、マット・ロウアーがマイケルの兄ジャーマインにインタヴュウしただけでなく、ネヴァーランドの内部を詳しく紹介、マイケルの一生を回顧してみせたNBCの「デイトライン (Dateline)」のマイケル特番は、かなり真面目に見てしまった。
一方、当然の如くMTVやVH1等の音楽チャンネルを中心に、マイケルのミュージック・ヴィデオがここでもあそこでもばんばん流れ、おかげで私は好きだとはいえ、既にこの1週間で「スリラー」を5、6回は最初から最後まで見ている。小耳に挟んだりちらと目にしたりだけなのを含めると、2、30回は耳にしているだろう。そして今回初めて、「バッド」のヴィデオのオープニングに、白黒で撮られた物語の部分が10分近くあったことを知った。これならいかにもマーティン・スコセッシらしい。
いずれにしてもそんなこんなで、この6月はアメリカのTV界に激震が走った。人間いつ死ぬかはわからないとはいえ、スーパースター、エンジェル、癖のある俳優等、それなりにアメリカTV界に確固たる地位を占めていたタレントがいきなりいなくなる。マイケルとメイズにいたっては、二人ともまだ50歳なのだ。私とあんまり変わらない。それなのにいきなり心臓が止まってしまった。さぞかし無念かそれともやることはやって思い残すことはないか。やはりまだ死ぬ気ではなかったと思う。合掌。
