Memento

メメント  (2001年3月)

「メメント」は、 冒頭、主人公のレニー (ガイ・ピアース) が男を射殺するシーンがフィルムの逆回しで描写されるというシーンから始まる。フィルムはレニーが、なぜ、何のために男を殺さなければならなかったのかを明らかにするため時間を遡っていくという体裁をとっているのだが、ここで一工夫あるのは、レニーが昔のことは覚えていてもついさっきのことは覚えていないという、一時的早期健忘症? とでもういうようなものに陥っていることにある。


レニーが覚えているのは、自分の妻がレイプされ、殺されたということだけで、それ以降の記憶はすっかり抜け落ちているのだ。しかし復讐は果たさなければならないと決心しているレニーは、自分が何者かも、復讐をする相手のこともほとんどわからないまま、行動を起こす。つい今し方自分がしたことをまったく覚えていないため、忘れてはいけないことはメモを取るか、ポラロイドに撮るか、あるいは本当に重要なことは自分の身体に刺青をして、文章として彫り込んで忘れないようにしている。


そのレニーの行動が、冒頭のシーンをクライマックスとして、逆の時間軸の方向に語られていくのだ。要するに観客は、新しいエピソードが語られる度に、レニーが何者か、なぜモーテルに泊まっているのか、なぜブランドのスーツを着てジャグアのスポーツ・カーに乗っているのか、彼の友人のように見えるテリーが本当は何者かということが徐々に明らかになっていく。その過去に遡っていくエピソードの合間には、ホテルの部屋で誰かと電話で話しているレニーの白黒の映像が、こちらは普通の時間軸にそって挟まる。最終的にはこのエピソードと過去に遡るエピソードが交錯した地点で、映画は終わることになる。


要するに推理小説の倒叙ものの体裁に近いのだが、根本的に異なっているのは、エピソード毎に明らかになっていく新しい事実のために、観客はその度ごとにレニーの行動の意味や人間関係を、のべつ幕無しに改めて構築し直さなければならなくなることだ。通常の倒叙小説は最初に犯罪そのもの、あるいは犯人が誰かということを示した後、残りはなぜそうなったか、あるいは犯人の完全犯罪が崩壊するまでが時間軸にそって明らかにされるが、「メメント」では一切そういうことはなく、ただレニーの行動の一つ一つがどんどん時間を遡って語られていくのだ。要するに観客は少し過去のことは既にもう覚えていないレニーとほとんど同じような状態で、レニーの過去を遡っていくことになる。


とにかく、見ている間中、これだけ緊張を強いられる映画を見たことは最近なかった。時間軸を逆にして提示されるということが、こんなにスリルに富むものになるというのは、まったく意外な発見である。とにかく見ている間中、ひっきりなしに頭を使わせられるのである。誰かを追っていると思っていたレニーが実は誰かに追われていたということから来る逆転と興奮と笑い。知的興奮という点では、確かに最近の映画の中では群を抜いている。この映画が批評家に圧倒的に受けがいいのもむべなるかなである。早くも今年ナンバー1を断言する声さえある。


脚本/監督のクリストファー・ノーランは、これが99年のデビュー作「フォロウイング (Following)」に次いで2作目ということだが、なんでも「フォロウイング」も、なんか時間軸が混乱するような話らしい。その上次回作のタイトルは、ずばり「インソムニア (不眠症)」。この手の話によくよく惹かれているようだ。主演のガイ・ピアースは「英雄の条件」以来。あの時は優等生タイプだったが、こういう崩れた役も悪くない。キャリー-アン・モスは、なんかどんどんアンジェリカ・ヒューストンに似てきているような気がする。テディ役のジョー・パントリアノも、モス同様「マトリックス」に出てた。他にレニーの病気に信憑性を与える意味で出てくるサミー役のスティーヴン・トボロウスキーが、PGAゴルフのカーク・トリプレットにそっくりなせいもあって印象に残っている。癖のある嫌らしい役がはまり役だが、別に本人の本当の性格もそうだと思っているわけではありません。レニーの妻に扮するのは、「C.S.I.」のジョラ・サイデル。


私は最近にない知的興奮を与えてくれたという点ではこの作品を高く評価するが、しかし腑に落ちなかった点、最後まで解明されなかった点が多いということで、採点は少し辛い。映画が終わるまでに一部始終がしっくり来る説明があるかと思っていたが、結局よくわからないままの点が多々残った。完全にわからなかったのが私だけではないということは、映画が終わってクレジットがスクリーンに現れた瞬間、劇場にいた観客が一斉にどよめいて、お互いに、で、あれはどういうことだったんだ、結局主人公は‥‥あの男は‥‥あの女は‥‥などと皆、たった今自分が見たことを隣りの誰かと確認し始めたことからでも明らかだ。


私は女房と一緒に見ていたのだが、帰りがけ、二人して車の中からアパートに帰るまでずっとこの映画のストーリーを確認して反芻していたのだが、結局、やっぱりよくわからない。おかげで私はまだ頭の中がくすぶっているのだが、女房はわからなければわからないなりに、こんなに興奮した映画は最近なかったと言って、いたくご満悦である。やっぱり映画はこうでなくっちゃ、とえらく興奮しており、夜になっても「メメント」の夢を見そうだと言いながらベッドに入っていった。私が「他人の味」を非常に高く評価した時は、まあ、面白かったけどね、くらいの反応しか示さなかったくせに、この態度の違いは何だ。私も普通は、これまでにない、新しい世界を見せてくれるのなら、最後に納得の行く説明がされていようとなかろうとあまり気にしない方なのだが、これだけ頭を使わせた挙げ句、解決が靄っているというのはどうも‥‥この作品は短編小説を映像化したものだそうだから、原作を読めば納得の行く説明がつくのだろうか。ああ、胸の中にもやもやが‥‥ 







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