Man on a Ledge


崖っぷちの男  (2012年2月)

マンハッタン、ルーズヴェルト・ホテルに一人の男が投宿する。その男ニック・キャシディ (サム・ワーシントン) は、元刑事だが、無実の罪によって投獄されていた。葬式に出席するために特別に外出許可を得た時に、監視の隙をついてそのまま逃亡していた。ニックはホテル上層階に部屋をとると、窓から庇の上に出る。すわ投身自殺かとストリートで人が騒ぎ出し、注目を集めたところで、ニックは説得に来ていたドガティ刑事 (エドワード・バーンズ) に、リディア・マーサー刑事 (エリザベス・バンクス) を連れてきてくれと要請する。マーサーは先頃、橋の上から飛び降り自殺しようとした男の説得に失敗して死なせてしまっていた。ニックはいったい何を考えているのか‥‥


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一昨年、TNTで「リゾーリ&アイルズ (Rizzoli & Isles)」が始まった時、なぜ「リゾーリ&アイルズ」で、「ステファニー・プラム (Stephanie Plum)」シリーズじゃないんだろうかと、不思議に思った。ジャネット・イヴァノヴィッチ作のステファニー・プラム・シリーズは、特に現代アメリカン・ミステリを読んでいるわけじゃない私でも一作なら読んでいるくらい売れているが、テス・ジェリッツェンの「リゾーリ&アイルズ」は、それまで知らなかったからだ。普通なら、やっぱり売れている方を先に映像化するだろう。


そしたら今回、そのステファニー・プラム・シリーズの第1作「ワン・フォー・ザ・マネー (One for the Money)」が公開された。要するに、一昨年の時点で既に映画化が決まっていたということだろう。別に私が心配するまでもなく、当然ハリウッドがベストセラーに目をつけてないわけがなかった。因みに調べてみたら、TVでも一度2002年にTV映画化されていた。しかし放送されずにお蔵入りになったそうだ。


今回、主人公ステファニーに扮するのはキャサリン・ハイグルで、なるほどとは思ったが、念のためにシリーズは全部読んでいるうちの女房に、このキャスティングどう思うと訊いてみた。わりといいんじゃないと言っていたので、ツボは外していないようだ。しかし予告編を見ていてそれはないんじゃないかと思ったのが、おばあさん役だそうだ。


ステファニーの祖母マズーは、かなりの高齢のくせして気は若く、ステファニーと対等にやり合うというのがミソなのだが、映画で祖母を演じているデビー・レイノルズは、一見して中年をちょっと出たくらいの歳にしか見えない。本人が若く見えるのはともかく、役柄としては片足を棺桶に突っ込んでいるように見えるくらいの老体が丁々発止の活躍をするからこそいいのであって、そう見える役者をキャスティングしてほしかったとのことだ。ベティ・ホワイトならよかったかもしれない。


また、作品としては第1作の「ワン・フォー・ザ・マネー (邦題: 私が愛したリボルバー)」は、シリーズの中で特に面白いものではなく、本気で映画もシリーズ化を狙うなら、もうちょっと考えた方がよかった、とは女房の弁。なるほど、しかし本気でシリーズ化を考えたからこそ、第1作から映像化しようとしたのかもしれない。


いずれにしても、評も特にいいというわけじゃなく、原作ファンの女房ですら見るのに難色を示したので、当然のことながら私も見る気が萎えた。今週はステファニー・プラムと思っていたのだが、考えを改めて、第2候補の「崖っぷちの男」を見に行くことにする。


奸計にはまって無実の罪で刑務所に入れられた元刑事のニックは、葬式に出席するために外出許可を得、一瞬のチャンスをついて脱走に成功する。ニックが向かった先はマンハッタンのルーズヴェルト・ホテルで、高層階に部屋をとったニックは窓から庇の上に降り立ち、人々やメディアの注目を集める。マンハッタンのど真ん中に建つホテルで、しかもこういうスタントで人の注目を集めるからには、なにか目的があるはずだ。案の定ニックは、駆けつけた刑事のドガティに、先頃同様に橋の上からの自殺願望者の説得に当たり、失敗して死なせてしまった女性刑事のマーサーを呼んで来いと要請する。マーサーが下手に権力機構に染まってないことをTV中継で見てとったニックは、マーサーに、自分の無実を晴らすことに力を貸してくれと要請する‥‥


ま、ここまでの展開は、誰にでも予想できる。そしてそうやって人々の注目を集めることが陽動で、他にきっと何か別のことも企んでいるんだろうということも、容易に予想できる。中盤から展開する、その、もう一つの目的が成功するかしないかが、実はポイントだ。さもなければ、ただ自殺願望の男と、それを説得する側とのやり取り、攻防だけで映画を作るということになってしまうが、正直言ってかなり無理がある。


できないこともないかという気はしないでもなく、例えば、似たようなシチュエイションに、銀行強盗に押し入り、そのまま缶詰めになって人々のヒーローと化した男たちを描いた「狼たちの午後 (Dog Day Afternoon)」を連想したのは、これもニューヨークを舞台とした作品ということもあるかもしれない。あるいは、ホテルの一室が主要舞台なら、「1408」という作品もあった。「デビル (Devil)」のように、エレヴェイタの中だけで展開する話というのもあるくらいだから、一室限定という作品でも、その気になれば作って作れないこともないか。


ところで舞台となるルーズヴェルト・ホテルというのは、20階くらいしかなく、40-50階建てがざらというミッド・マンハッタンの高層ビルの定義からすると、実はそれほど高くない。あの辺では、ルーズヴェルト・ホテルは周りのビルから見下ろされる格好になる。せっかくあれだけ高いビルが立ち並んでいるんだから、そういうホテルを舞台とした方が見映えがよくないかと、一瞬思った。


先日も、アッパー・ウエストの知人の家に遊びに行ったのだが、部屋は21階にあり、ついでに屋上にも上ってみたのだが、そこは52階で、ルーズヴェルト・ホテルの3倍近い。風に吹かれながら下を覗くと、高所恐怖症の気がある私はケツから背筋に向かってぞぞぞと電気が走った。この高さを演出できるなら、「ミッション: インポッシブル/ゴースト・プロトコル (Mission: Impossible: Ghost Protocol)」みたいな派手なアクションが期待できるかもしれない。


一方よく考えると、これだけ高いと、逆に注目を集めにくい。下の路上を歩いている人間は、上で飛び降りようとしてる人間なんて気づかないだろう。しかも比較的新しいビルだと、なによりもまず庇が存在しない。その上に立てないのだ。屋上からしか飛び降りるチャンスはない。しかもそこだと高過ぎてたぶん誰も気づいてくれない。わりと低層のビルで、屋上にプールやバーを開設して屋上を解放しているホテルや住居ビルもないことはないが、しかし、こういう、マンハッタンど真ん中という地の利、高過ぎもせず低過ぎでもない高さ、部屋の窓から庇に立てること、ホテル自体の格式、なんてのを考慮して選ばれたのが、ルーズヴェルトだったのだろう。


主人公のニック・キャシディに扮するのがサム・ワーシントンで、そりの合わない弟ジョーイに扮するのがジェイミー・ベル。その彼女アンジーにジェネシス・ロドリゲス、刑事ドガティにエドワード・バーンズ、上司にタイタス・ウェリバー、かつての相棒にアンソニー・マッキー。キャシディ家の天敵イングランダーを演じるのは、エド・ハリスだ。出番はさほど多くないが、突っ込み型のTVレポーターとして、キラ・セジウィックも出ている。彼女とヘリコプタは、絶対最後にもう一回出番があると思ったのに。マーサー役のエリザベス・バンクスは、コメディアンのチェルシー・ハンドラーに似ている。最近NBCでハンドラーが出ているシットコムの「アー・ユー・ゼア、チェルシー? (Are You There, Chelsea?)」で何度もハンドラーを見る機会があるが、その度にそう思ってしまう。どっちにとって得か、損か。演出は劇場用映画としてはこれが第1作となるアスガー・レス。


ところで、実は先日、クライアントとの外食ということで、ルーズヴェルト・ホテルの目と鼻の先にあるギリシア・レストランでメシを食った。ルーズヴェルト・ホテルの前を通ったわけだが、その時ちらと視線を上に向けて、あっと思った。庇って、あるにはあるが、下から見ると、ほとんどあるかないかくらいの幅にしか見えない。あんなとこに立つわけ、こりゃ怖い、私には無理だ。しかしこの脚本を書いたやつは、これを見て、これならいけると思ったわけか。









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