Lunana: A Yak in the Classroom


ブータン 山の教室  (2022年10月)

最初アメリカン・タイトルの「Lunana: A Yak in the Classroom」を聞いた時は、ほとんど惹かれなかった。教室にヤクがいる田舎の村の話か。なんとなくセンチメンタルに過ぎる話の気がする。邦題の「ブータン 山の教室」を聞いた時も、その印象はほとんど変わらなかった。それでも見てみようと思ったのは、アカデミー賞の国際長編映画賞にノミネートされていたからだ。 

 

「ドライブ・マイ・カー (Drive My Car)」という圧倒的本命がいたために他の作品が霞んでしまった今年の国際長編映画賞だが、それでも、このジャンルが気にかかるのは事実だ。さらに、アカデミー賞以外の映画賞の国際作品部門ではまず聞かなかったために、逆に気になったというのもある。 

 

ブータンというと、かつては国民の幸せ度が高い国として知られていたが、近年、情報の流入過多で人々は他国と比較することを覚え、以前ほど自分が幸せだと思わなくなったという。「山の教室」の主人公ウゲンがまさしくそうで、地元を離れ、オーストラリアでシンガーとして成功することを夢見ている。国外に出て成功を夢想するというのは、とりもなおさず現状に満足していないことの現れに他ならない。 

 

しかしそのウゲンに申し渡されたのは、教職課程を修めた者の義務として、山奥の村ルナナへの小学校の教師としての赴任だった。そこは何日もかけて徒歩で登っていかなければならない秘境で、電気も水道も通っていなかった。もちろんネット環境なぞ夢のまた夢だ。村に着いた日から、というよりも着く前から既に町に戻りたいと思うウゲンだったが、しかし村の人たちや何よりも無垢な子どもたちとの関わりが、ウゲンの心に変化をもたらし始める。 

 

ある種、木下恵介の「二十四の瞳」で、私は子どもが好きではないが、それでもまあ、実際に関わることなく遠くから見ているだけなら、可愛いと思える子どもがいるのは確かではあり、映像媒体では下手に演技をしない分だけ、より感情に訴えかけてくるというのもある。 

 

それにしても「山の教室」に出てくる女の子の級長、彼女はどう見ても役者ではなくこの村の子としか思えないが、彼女のこのピュアな目はなんだ。もう、彼女の目を見た瞬間から心臓鷲づかみという感じで、こんなピュアな目を見たのは、ヴィクトル・エリセの「ミツバチのささやき (Spirit of the Beehive)」のアナ・トレント以来だ。 

 

ウゲンは子どもたちにアルファベットを教えるのだが、AppleのA、BallのBときて、CarのCで、誰もCarが何かを答えられない。ルナナの子たちは、生まれてから一度もクルマを見たことがないのだ。もしかしたら近くを飛行機が飛んだことがあるのを見たことがあるかもしれないが、舗装された道なぞないルナナには、クルマは一台もない。ウゲンはCarのCではなく、CowのCと書き直す。 

 

個人的に、南国育ちの私にこれだけはまず耐えられないと思ったのが、寒さだ。標高何千メートルという高地で、冬は雪で外界との道が閉ざされる。それなのに窓を覆っているのはぺらぺらの紙で、隙間風が吹き込む。その紙も、最後は授業用に転用される。ウゲンは冬が来る前に山を降ろされる。本人はまだここにいてもいいと思い始めていたが、都会育ちのウゲンは、たぶんルナナの厳しい冬に耐えられない。 

 

子どもたちだけでなく、大人だって濁ってない目を持つルナナの人々は、かつてのブータンがそうであったように、たとえ裕福ではなくても幸せ度は高いと思われる。最も幸せそうに見えないのが、それなりに昔、外の世界で見聞を深めてきたように見える町長だ。色々な経験や情報が幸せ度に貢献するわけではないという、近年の知見がそのまま顕れたようだ。子どもたちが将来知見を深めるために外の世界に出ていくべきか、安易にイエスとは言えない。 


 











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ブータンに住むウゲン (シェラップ・ドルジ) は教職課程を終えるが、本心では教師になる気などさらさらなく、オーストラリアに渡ってシンガーになることを夢見ていた。しかしある時上司から呼び出されたウゲンは、ブータンでもさらに秘境とでも言うべき場所にある山奥の村ルナナへの教師としての赴任を申し渡される。ウゲンに拒否する権限はなく、嫌々ながらルナナへと旅立つウゲンだったが、そこは想像した以上に人里離れた村で、交通機関なぞまったくない山奥への村へ、徒歩で何日もかけて登っていくのだった‥‥ 


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