Loveless


ラブレス  (2018年3月)

男の子の横顔のポスターとタイトルから、てっきり親から愛情を受けずに育った子供を描く話だと思っていた。ところが「ラブレス」はそうではない。途中から主人公だと思っていたその息子がいなくなる。家出か誘拐か事件に巻き込まれたか、息子の消息は杳として知れない。「ラブレス」は、息子がいなくなった親のその後の行動を描く話だった。


父ボリスと母ジェーニャは離婚調停の真っ最中で、二人とも既に新しい恋人がいる。そのため息子のアレクセイに愛情を注がないどころか完全に邪魔者扱いで、二人共アレクセイを引きとりたくはない。元々望んで生んだ子じゃない。どちらがアレクセイを引きとるかで責任を押し付けあい、アレクセイには居場所がない。そしてある日、アレクセイは姿を消す。


アレクセイの交友関係など知らず、行きそうな場所にも心当たりのないボリスとジェーニャは途方に暮れる。邪険にしていたとはいえ息子は息子だ。警察に連絡してみるが対応はけんもほろろで、行方不明者の発見に協力している民間のヴォランティア機関を紹介されるだけだ。


この、民間の行方不明になった人物を捜索する専門機関があるというのが、まず驚きだった。専門機関があり、専属の調査員がいるということは、ロシアでは人が行方不明になることが日常的にあることを意味している。そしてそのリーダーは、多くのヴォランティアに指示を出して、組織的に捜索活動を行う。消息不明になって何時間ならどこそこ何日目ならどこそこという、過去のデータを基にして、最も効果的に捜索する。


物事をシステマティックに進めることができるのは、過去に同じことが何度も起こっており、そのデータを活用できるからに他ならない。このリーダーがまたいかにも軍隊上がりという感じで (なんとなくプーチンを連想した)、きびきびと指示を下す様が、頼れるとか安心させるとかいうよりも、逆に不安を増幅させる。


日本だと、アメリカでもそうだろうが、子供が失踪した場合、考えられるのは多くは家出か誘拐、あるいは交通事故のような事件に巻き込まれるかした場合だ。どれも嫌なものは嫌だが、「ラブレス」の舞台であるロシア、および東欧ではさらに他の選択肢として、私設軍隊のようなものへの入隊がある。ISISやチェチェンの武装勢力なような組織に自ら身を投じるのだ。こういう発想は、特に島国で平和な日本ではほとんどないだろう。そうなった場合、単なる家出より二度と会えない確率は飛躍的に高くなるだろうことは想像に難くない。


一方、実は私は、少なくともジェーニャの方は、それほどひどい母親だとはあまり思わなかった。赤の他人の前でできの悪い息子と言ったり、実際特に愛情は持っていなかったかもしれないが、自分の子を可愛いと思っていない親なぞ、この世にごまんといると思う。それでもジェーニャは少なくとも朝ごはんを用意し、片づける。いなくなると心配して探す。


もし子供がいなくなったら、まってましたとばかりせいせいして、警察にも知らせなさそうな親が結構おり、ほとんど毎日のようにニューズで虐待されている子供たちのニューズを耳にしている身としては、これだけでも、充分親としての責任を果たしている方に思う。虐待されている子らに較べれば、アレクセイの身体に痣やたばこの火傷跡がないだけでもまだましな方だと思える。


私がガキの頃でも、親が共働きで子育てはほとんど放任という家庭は結構あった。離婚率日本一の県で、母親だけの家庭で育ったという子も多かった。愛情を大いに受けて育ったというよりも、ジェーニャとアレクセイのように、はい、これ昼飯の代金、他人には迷惑かけないように、くらいのコミュニケイションで暮らしていた家庭も多かった。


そういう友人知人も多かったので、単に環境の点だけを見ると、アレクセイは、可哀想だとは思うが、特に悲惨だとも思えない。私の幼かった時の友人知人の方に、どう見ても、愛されてないよな、お前、みたいなやつがいた。彼らがそうい鬱屈を胸に秘めていたかどうかは今となっては想像するしかないし、あからさまに邪険にされ、愛情を感じないというのは、やはり子供にとってはきつかろうとは思うけれども。


ボリスの場合、勤務先のボスはがちがちのクリスチャンで、従業員は夫婦円満で子供がいるのが当然、離婚なぞもってのほかという考えの持ち主で、そのためボリスは会社に離婚の話はしていない。会社に知られず妊娠中の新しいガールフレンドと再婚し、子供が生まれたら、さり気なくずっとこういう家族だったという形に持っていきたい。それでとにかくアレクセイの失踪を大事にしたくない。何よりも重要なのは保身だ。なんか最近の日本の財務省の役人を見ているみたいだ。


冒頭近く、アレクセイが通う学校を正面からとらえるショットで連想するのは、ミハエル・ハネケの「隠された記憶 (Cache)」で、あれもただ学校の出入り口を正面からとらえただけのショットが、なぜああも不吉なのかどきどきさせられたが、「ラブレス」も同様だ。最近の学校って、学び舎というよりもガン・ヴァイオレンスやいじめの温床という印象の方が強い。


演出は「父、帰る (The Return)」のアンドレイ・ズビャギンツェフ。前作の「裁かれるは善人のみ (Leviathan)」も実は目には留まっていたのだが、2時間20分という時間が、長いな、時間が合わないと思って結局見そびれていた。しかし「ラブレス」だって2時間7分、あまり変わらない。それでもめちゃ面白く、長いなんて感じる暇もなかった。「裁かれるは善人のみ」だって面白かったに違いない。四の五の言わずに見とけばよかった。











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モスクワ近郊。子供ができたために結婚したジェーニャ (マリヤーナ・スピヴァク) とボリス (アレクセイ・ロズィン) の間にはもはや愛情はなく、二人共他に恋人がおり、離婚調停を急いでおり、アパートを売り払おうとしていた。別居中のボリスには妊娠中の恋人がいてアパートには寄りつかず、ジェーニャも恋人と会って朝帰りで息子のアレクセイと顔を合わさないこともあった。アレクセイはほとんど愛情を注がれることなく、完全に邪魔者扱いでアパートでもほとんど居場所がなかった。ある日、朝帰りのジェーニャはアレクセイに声をかけることもせず、夜になってアレクセイが学校に行ってないことを知る。家出したのか誘拐されたのか、警察はまともに取り合ってもくれず、民間の専門調査ティームを紹介されただけだった‥‥


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