Logan Lucky


ローガン・ラッキー  (2017年9月)

「ローガン・ラッキー」監督のスティーヴン・ソダーバーグは嘘つきだ。彼が「サイド・エフェクト (Side Effects)」を撮った時、これで最後、今後監督業からは引退すると表明していた。


それなのに、その舌の根も乾かぬうちにシネマックスで「ザ・ニック (The Knick)」を撮った。その時は演出業を辞めたのではなく、映画より長い話が撮れるTVのそれも時代ものに興味が向かったわけかと思ったが、そしたら今回は「ローガン・ラッキー」だ。全然廃業じゃないじゃないか。引退宣言はいったい何だったのか。


だいたい、演出家ってのはアスリートとは違うんだから、体力の限界ってのもなさそうだし、引退とか普通考えないだろう。あるいは、カメラマンとして自分の作品は自分でカメラを担いで撮ることの多いソダーバーグの場合、一作撮ると実際に身体への負担が大きく、体力的にきついとその時は思ったのかもしれない。実際、以降のソダーバーグは自分でカメラを担ぐことは断念したようだ。


しかしそれでも、アスリートの場合でも一度辞めると言ったアスリートが前言撤回して復帰してきた場合、自分で自分の花道汚して、応援しようというより先になんかがっかりしてしまう私の場合、こういう引退宣言-撤回-現役復帰をやられると、騙されたという気がしてしょうがない。あの時、引退を惜しんだ私の気持ちを返してくれという気になる。復帰の可能性が少しでもあるなら、引退宣言どころか仄めかすことも辞めてもらいたい。最初から引退宣言じゃなく、休養宣言にしりゃよかったんだ。


とまあそういう気になるのも、アスリートでも映画監督でも、騙されたと思っても復帰してきたらまた見ちゃうってのがわかっているからだ。だからよけいに憤ってしまう。それに正直言うと、ソダーバーグが本当に演出を辞めちゃうとは、私も本気で思っていたわけではない。疲れてんだな、今に戻ってくると思っていた。


しかも今回の「ローガン・ラッキー」の場合、はぐれ者の一家がNASCARのスピードウェイから売り上げを強奪しようとするという、要するに場所を移したブルー・カラー版「オーシャンズ (Ocean’s)」に他ならず、これを見逃すという選択肢は、はっきり言ってない。


主人公のジミーを演じるのは、今ではソダーバーグ作品になくてはならない存在のチャニング・テイタム。同様にソダーバーグ組になりつあるライリー・キーオもいる。さらに今回はガラ・ハイスト映画であるからにして、様々な俳優が顔を出している。今が旬のアダム・ドライヴァーを筆頭に、ダニエル・クレイグ、ケイティ・ホームズ、ヒラリー・スワンク、セス・マクファーレンらが出演している。


特に印象に残るのが「沈黙 (Silence)」「パターソン (Paterson)」に続いて今年3本目の主演準主演級の作品になるドライヴァーで、今んところ今年の顔だ。それが片腕なくして登場する。今では007が定着しているクレイグは、クイーンズ・イングリッシュをアメリカ南部訛りに置き換えて、いかにもちょっと抜けているケチな犯罪者という意外な配役だが、ちゃんとそういう風にも見える。主人公のテイタムは足が悪いし、クレイグの兄弟たちはIQ低そうだし、要するに今回はそういう歪つな、健常者じゃない者たちが主人公だ。その中でたった一人まともに見えるキーオだけが女性だ。


実は演出時の要諦を不要なものをできるだけ取り除くことに置くソダーバーグの場合、アクションや派手なシーンを撮っても、過度な演出にはならない。そのためそれが場所的に派手なラスヴェガスが舞台の「オーシャン」では、いい感じに抑制が効いて効果的だった。それが今回のようにスピードウェイ以外は外にあまり人がいないという舞台設定になると、全体としての印象は意外なくらい地味だ。ヴェガスでは夜でも外はきらきらと明るいが、「ローガン・ラッキー」では夜のシーンでは虫がりーりー鳴いていそうだ。


現在、アメリカでは人は外出する時にあまり現金を持たない。つい先頃の調査で、外出時に50ドル未満のキャッシュしか持たない人が76%いるという結果が発表になっていた。かくいう私もその一人だ。20ドル以下しか持たない人も約半数いる。だいたい支払いが10ドル以上の買い物になるとクレジット・カードを使うので、キャッシュを持つ必要がない。なまじキャッシュを持ち歩くと、見られた場合、後つけられて後ろから殴られて金奪われるというのが現実に頻繁に起こる場所柄だ。キャッシュレスは自分の身の安全を守る対策でもある。


そのことはスピードウェイだって変わらない。だいたいそういう場所ってのは飲み食いの代金が高い。数人でハンバーガー食ってビール飲むだけであっという間に100ドル超える。こういうところでこそ人はクレジット・カードを使うだろう。


しかしその実入りを頂こうという人間にとっては、客にはどうしてもキャッシュを使ってもらわなければならない。さもなければ強奪するものがない。それでジミーたちは最初に配電機を壊してクレジット・カードを使えなくしてしまい、否が応でも客にキャッシュを使わせる。本当にスピードウェイが売り上げを一時的にすべて同じ場所に集めるシステムなのかは知らないが、話としては面白い。


とはいえ、この戦略が使えるのもせいぜいあと数年という気がする。私たち夫婦は今月、恒例となっているUSオープン・テニスに行ってきたのだが、やはりこういう場所は飲食代が高い。クレープ1個が10ドル余る。見てると私たちのようにクレジット・カード払いしている者たちと、ポケットから札束とり出して現金払いしている者たちの二つのグループに分かれていた。


こういうところでキャッシュで飲み食いしてTシャツお土産に買って帰ろうというやつは、たぶん1,000ドルくらいは持ってきているはずだ。なんつーか、最初から札束見せびらかす気なんだろう。しかしそういう者の数もどんどん減ってきている。完全にいなくなるわけではないだろうが、もうすぐ下げ止まりになるくらいには減るだろう。最初から客がキャッシュを持ってなければ、強奪するものもない。


それにしてもまたジョン・デンヴァーの「カントリー・ロード (Country Road)」だ。ついこないだも「エイリアン: コヴェナント (Alien: Covenant)」で聴いたばかりだというのに、「ローガン・ラッキー」でも「カントリー・ロード」が小道具として使われている。そして「コヴェナント」に主演のキャサリン・ウォーターストンが、「ローガン・ラッキー」にも出ている。実は「ローガン・ラッキー」は「エイリアン」繋がりだったという怖ろしい事実が明らかになった。もしかしてソダーバーグが将来「エイリアン」シリーズを演出することになるとか。実は結構合ってないこともないんじゃないかという気がしないでもない。ソダーバーグが演出する、けれんを削ぎ落としたリドリー・スコットと対極の「エイリアン」、うーん、見てみたい。











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ジミー・ローガン (チャニング・テイタム) はノース・キャロライナ州のスピードウェイの建築現場で働いていたが、不況の折り業務は縮小され、足の悪いジミーは真っ先にクビを切られる。弟のバーテンダーのクライド (アダム・ドライヴァー) の方はイラク戦争で片腕をなくしていて、兄弟揃って先行きは思わしくなかった。このままじゃお先真っ暗とジミーは一発大逆転を目論み、妹のメリー (ライリー・キーオ) を仲間に入れ、服役中の金庫破りのプロ、ジョー・バン (ダニエル・クレイグ) を脱獄させ、さらに彼の兄弟も巻き込んで、NASCARが開かれる日にスピードウェイから金を強奪する計画を立てる‥‥


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