Locke
オン・ザ・ハイウェイ その夜、86分 (ロック) (2014年5月)
Locke
オン・ザ・ハイウェイ その夜、86分 (ロック) (2014年5月)
まずは何か特に見たいのがあるわけじゃないなというのから始まった。今週から始まっている「ジ・アメイジング・スパイダーマン2 (The Amazing Spider-Man 2)」は、見るつもりではいるが、わざわざ混んでいる公開初週に見ようと思うほど入れ込んでいるわけではなく、最初から次週回しだ。それでちょっと範囲を広げてわりと遠くの映画館にも目を通してチェックしたところ、見つけたのが、この「ロック」だ。
一昨年、「裏切りのサーカス (Tinker Tailor Soldier Spy)」、「ダークナイト ライジング (The Dark Knight Rises)」、「欲望のバージニア (Lawless)」と矢継ぎ早に印象的な作品に出て、私にとってはその年を代表する俳優だったハーディだが、そういえばここんところはあまり見てない。そのハーディが主演のサスペンス・ドラマっぽい。IMDBではドラマ/スリラーとしてカテゴライズされており、スティルがハーディがステアリング・ホイールを握っているものということから察するに、カー・アクションものかと、勝手に想像してこれに決める。
これまで行ったことのない、遠目のショッピング・モール内にあるマルチプレックスで、Googleマップでの所要時間は単純に道が空いている場合での計算だったりするので、余裕を見て早めに家を出たつもりだったが、それでも着いたのはぎりぎりだった。というか既に上映予定開始時刻は過ぎていて、予告編の上映は始まっているはずだ。
と思って中に入ったら、スクリーンにはステアリング・ホイールを握ったハーディの姿が。なんてこった、間に合わなかった。だいたい予告編というのは多くの人の目に留まる大作の前には何本もかかるが、インディ映画の場合、すっぱりとすぐ本編が始まってしまうことがある。どうや「ロック」もその類いで、予告編なしでいきなり本編上映が始まったようだ。
いずれにしても、ほんの数分あるいはせいぜい数十秒くらいの差であるのは間違いなく、ここでまた出直すのも業腹なので、席に座る。それにしてもまばらな観客だ。そして私が座って、さて、これまでのストーリーは‥‥とスクリーンを見ながら想像している時、信じ難いことが起こった。スクリーンの下方から、するするとクレジット・ロールが上がってきた。えっ、と一瞬目を疑った。これ、どう見てもオープニング・クレジットじゃなくてエンド・クレジットにしか見えんぞ。え、え、なに、これと慌てている間に灯りが点いて場内が明るくなった。時計を見る。チケットで上映時間を確認する。そこで私は初めて、1時間時間を間違えていたことに気づいたのだった。これは私が見る前の回の終わりの部分だ。
もう、どうやってこんなミスを犯したのかわからない。なにぶん初めての劇場だったため、とにかく早めに家を出ようと思ったのは確かで、その時に何か時間を錯覚したようだ。これまでに夏時間のせいで時間を間違えたというのはやったことがあるけれども、まったく何もない平常日にこんな間違いをしでかしたのは初めてだ。いずれにしても時間ぎりぎりどころか今度は1時間時間が余ってしまった。それでしょうがないので、チケットのもぎりの兄ちゃんのところまで戻って、ちょっと時間が余ってるんだけど、いったん外に出てまた戻って来てもいいかと訊くと、かまわないというので、モールの中をうろうろと散策して、時間を潰してから戻る。
そして再度本編が始まって、しばらくしてから、またまた信じ難いことが起こった、というか、信じ難いことに気づいた。この映画、登場人物がハーディ一人だけなのだ。オープニングからちょっとの間だけは現場で働く同僚も現れて二言三言言葉を交わしたりもするがそれだけで、その後クルマに乗り込んでからは完全にハーディの一人舞台になる。行き交うクルマの中には人影のようなのが見えはするが、本当にそれだけだ。しかもカー・アクションが展開するわけでもない。もしかしてこのまま、私が先ほど見た最後のシーンまで突き進むってか。ちょっと、呆っ気にとられてしまった。
舞台では一人舞台というのは結構あるが、映画で一人映画ってのはほとんど見ない。近年では「ライフ・オブ・パイ (Life of Pi)」や「ゼロ・グラビティ (Gravity)」等の漂流遭難ものがそれに近いと思うが、それとて最初から最後までずっと一人というわけではない。一方、ハーディ演じるロックは、オープニングを除けばあとは最後までずっと一人だが、周りを走るクルマは誰か必ず運転している者がいるという認識があるため、感じるのは絶対的な一人というよりも、周りを赤の他人に囲まれた群衆の中の個人という感じに近い。
さらにロックは、誰ともコミュニケイションをとっていないわけではない。実はほとんどのべつ幕なしに誰かと電話で話しており、相手の声もちゃんと聞こえる。その点では一人芝居とも言いかねる。見どころはハーディのリアクション演技にあるのだ。
あるいは、ハーディ共々印象に残るのは、彼が運転しているBMWで、イギリス映画なんだからここは本当ならハーディが運転するのは四駆ならレンジローヴァーが正解という気がするが、なぜだかドイツ製のBMWだ。この作品におけるBMWの宣伝効果は非常に高い。もう一人の主人公とすら言える。
監督のスティーヴン・ナイトは、これまでに「堕天使のパスポート (Dirty Pretty Things)」、「イースタン・プロミス (Eastern Promises)」、「クローズド・サーキット (Closed Circuit)」等のなかなかのサスペンス・スリラーの脚本を書いている。これらはすべてロンドンにおける (特に違法の) 移民が関係している。「ロック」には移民が出てこない (というかハーディ以外誰も表には出てこない) のも、今一つ作品がサスペンスフルにはならなかった理由の一つか。IMDBの「スリラー」というカテゴリーには異議を挟まざるを得ない。
ビーサン (の声) を担当するのがオリヴィア・コールマン。昨年、BBCアメリカの「ブロードチャーチ (Broadchurch)」で、デイヴィッド・テナントとパートナーになる女性刑事を演じていた。いかにも英国らしいドラマだったが、今回声を聞いただけでは彼女とは気づかなかった。それは妻のカトリーナの声をやっているルース・ウィルソンにも言え、なんとなく聞いた声だとは思っても、電話回線を通した声でもあり、それからウィルソンの顔は思い出せなかった。
「ロック」を深夜、何気なく点けたTVでやっていたりしたら、ほとんど感情移入して浸って見るかもしれない。というか、ビール片手にのめり込んで見ると思う。しかし、わざわざ1時間かけてクルマを駆ってこの映画を見に行きたいかと訊かれると、大きく首を縦に振ってイエスとは言いかねる。非常にできのいいTV映画としてならともかく、最初から劇場用映画としてこれを製作したのだろうか。TV映画として作ったけどできがよかったから劇場公開にしたとか考えたのだが、調べてみるとちゃんと各地の映画祭で上映されている。それにしてもハーディが何度もクルマの中で電話を受けて口にするアイヴァン・ロックという役の名は、当分頭にこびりついて忘れそうもない。
アイヴァン・ロック (トム・ハーディ) はロンドン郊外の建築現場で働いている、それなりの地位にいるマネージャーだが、私生活で問題が持ち上がっていた。一度切りの関係を持った女性ビーサン (オリヴィア・コールマン) が妊娠し、 入院して今にも生まれそうだった。家では重要なサッカーの試合を妻カトリーナ (ルース・ウィルソン) や子供たちと共にTV観戦する予定があったが、ロックはクルマのステアリング・ホイールを家とは逆方向に 切って、ビーサンが入院している病院に向かう。折しも建築現場で問題が持ち上がる。明日の朝までに用意を整えていなければならないコンクリートの流し込み作業が間に合わなくなりそうなのだ。責任問題となって首が飛びかねず、ロックの部下のドナル (アンドリュウ・スコット) はパニックで泣きそうだ。一方ロックはついに一部始終を妻に告白する。ロックは仕事関係、家族、そしてヒステリーを起こしかけているビーサンと交互に電話で話しながら、クルマを走らせる‥‥
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