Limitless


リミットレス  (2011年3月)

作家志望ではあるがほとんど行き詰っていたエディ (ブラッドリー・クーパー) は、ガールフレンドのリンディ (アビー・コーニッシュ) からも別れ話を切り出され、どん底状態だった。そういう時にかつての義兄のヴァーノン (ジョニー・ホイットワース) と出会い、新開発の薬NZTを手渡される。それはほとんど眠っている人間の頭脳を100%目覚めさせ、活性化させる奇跡のドラッグだった。数に限りのあるこのドラッグを求め、多くの者が水面下で暗躍し、結局ヴァーノンは殺される。しかし残されたドラッグを手に入れたエディは、ドラッグの力で得た明晰な頭脳を使って株に手を出し、瞬く間に大金持ちになる。めきめきと頭角を現したエディに、業界の大立者カール (ロバート・デ・ニーロ) が接触してくる。二人が手を繋げば天下をとれる。しかし、ドラッグには強力な副作用があり、それはエディに影響を与え始めていた‥‥


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一昨年のスリーパー・ヒット「ハングオーバー (The Hangover)」以来、一躍超売れっ子となったブラッドリー・クーパーの最新作が、「リミットレス」だ。人気者になると今度はパパラッチがほっておかず、ルネ・ゼルウェガーとは破局を迎えたとこれまた大きく報道されていた。スターも楽じゃない。


人間の頭脳は大半が使われないまま眠っているというのはよく言われていることだ。その80%は使われないまま一生を終わるとも聞いたことがある。たぶん余裕分は何か危険が迫った時、危急の時に使うために、普段は遊ばせている保険みたいなものではないかという気がするが、それらを常時使うことができれば、もっと生産的なことができるのではという気はしないでもない。


「リミットレス」は、その頭脳のリミッターを外すことのできるドラッグを手に入れた男エディを主人公とするドラマだ。資本主義社会に生きている以上、どんなに頭がよくても金がなければ生きてはいけない。そのため、人より優れている者がまず真っ先にすることは金を手に入れることであり、それはリミットレスの頭脳を手に入れたエディとて例外ではない。


現代社会で最も手早く大金を手に入れることができるのは、宝くじのように完全に運任せを除けば、株だ。ギャンブルも実力者になれば運に頼ることなく金を手に入れることができるようになるかもしれないが、しかし独力で最短距離で最も大金を手に入れる可能性があるものといえば、やはり株だろう。エディも当然株に手を出し、そして瞬く間に時代の寵児になる。


また、使われていない頭脳を開放することは、単に頭の回転だけではなく、身体能力を高めることをも意味していた。人体が頭脳によって司られている以上、これは当然だろう。とはいえ、だからといっていきなり筋力がその脳の命令に反応できるかはまた別問題だと思うが、しかし理論上は、脳が活性化すれば身体能力も上がる。エディは、昔見たブルース・リーの映画を思い出しただけで、絡んでくる悪漢どもをやっつけることができる。いきなり100mを9秒台で走るのはさすがに無理だと思うが、相手の動きがややスロウに見える動体視力の向上や突発的な反応等は、アスリートの基礎体力がなくても充分可能に見える。エディはもう、ほとんどスーパーマンだ。


ただし、万能に見えるそのドラッグ、NZTには恐るべき副作用があった。いきなり脳を開放させる代償は大きく、エディは薬が切れると異常に苦しむようになる。同様にNZTの副作用で廃人化した人間が実は何人もいた。そして好むと好まざるとにかかわらず、製品化されたわけではなく製造も打ち切られたNZTのピル自体が残り少なくなっていた。さらにNZTを求めるギャングたちがエディの周りを徘徊していた。NZTが切れて魔法が解けるのが先かエディが廃人化するのが先か、それまでに巨万の富を得てどこかに隠遁することが可能か。あるいはそれまで生き延びることができるのか。タイム・リミットは刻一刻と近づいていた‥‥


「リミットレス」は、ある意味シンデレラ・ストーリーだ。誰でも楽して金を得たり喧嘩で苦もなく相手をけちょんけちょんにできたらいいなと考えたことはあるだろう。ピル一個でそれが可能となるなら、私も試してみたいとすら思う。むろんうまい話には裏があり、この場合は常用者を廃人化させる強い副作用だ。実際の話そういうドラッグがもし存在するとして、進化の過程で普段は眠らせておくことが最適だから未使用のまま置かれているに違いない頭脳の眠っている部分をわざわざ起こして活性化させるドラッグに、強い副作用がないわけがないと思う。


自然界の法則からいっても、使ったエネルギーはどこかからか補充しなければならない。眠っている頭脳を使ったら、残りの身体全体を使って負債を払わなければならない。収支は常に合わさなければならないのだ。腹が減ったら何か食わないと死ぬのと同じくらい当たり前の理屈だ。スーパーマンになるのだったら、それだけの代償を払わなければならない。もしかしたらその代償の負担に身体は耐えられないかもしれない。それでもあんたはそのドラッグに手を出すか。


いや、正直言って私も自分でもやりそうな気がする。金持ちになれるだけではない。天才になって誰もが解けない問題を解いてみたり、アスリートになって100mを8秒台で走ってみたりマラソンで2時間を切ってみたり、年間ホームランを80本打ってみたり、高跳びで2m50cm跳んでみたりなんて世界を見てみたいという気は、確かにする。そのために彼らはステロイドを打ってまで記録に挑んでいるのだ。たとえ廃人になろうとNZTを試したいと思う者は多いだろう。エディももちろんそうで、しかも、その代償は想像よりも大きかった。


主人公エディに扮するのがクーパーで、もちろんハンサムだが、最初の方のみすぼらしい格好も似合う。いい男って得だ。書けない小説家で、結局ガールフレンドのリンディから見放されるのだが、その気になれば貢いでくれる女性を探すのはそれほど大変じゃないだろうと思わせる。


リンディを演じるのが「ブライト・スター (Bright Star)」のアビー・コーニッシュ。現在公開中のザック・スナイダーの「エンジェル・ウォーズ (Sucker Punch)」にも出ており、こちらも今風の役でも合うなと感心する。ただし「エンジェル・ウォーズ」は興行的には惨敗だったようだ。正直言ってあのヴィジュアルには私も魅かれなかった。


他に御大ロバート・デ・ニーロが出ているところが、いかにもニューヨークが舞台の作品と思わせる。こないだ見た「アジャストメント (The Adjustment Bureau)」も同じニューヨークを舞台としていたが、いつ行っても激混みで私が避けたいところの筆頭であるチャイナタウンと、今度はあまりに関係なさすぎるウォール・ストリート近辺が舞台の「リミットレス」と、私のオフィス近辺がよく映る「アジャストメント」では、どうしても「アジャストメント」の方に親近感を持つのはしょうがない。しかし考えたら、ある意味「アジャストメント」も「リミットレス」も、未来を変えようともがく男たちの話だな。


映画を見て帰ってきて出演者をチェックするまで気がつかなかったのが、エディの元カノのメリッサを演じるアナ・フリール。あの、「プッシング・デイジーズ (Pushing Daisies)」の可憐なチャックが、ドラッグ常用の廃人だ。変わり過ぎててまったく気づかなかった。このキャスティングには唸らされた。演出は「幻影師アイゼンハイム (The Illusionist)」のニール・バーガー。冒頭で追い詰められてビルの屋上のヘリに立つエディを描き、それからなぜそうなったかを過去に遡って描いていくという「リミットレス」の構成、および余韻が、「アイゼンハイム」を思い出させる。








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