Kathleen Battle: Underground Railroad

キャスリーン・バトル: アンダーグラウンド・レイルロード

2016年11月13日  ニューヨーク、リンカーン・センター、メトロポリタン・オペラ

最近合唱のサークル活動やプロについてのレッスンに余念のないうちの女房が、リンカーン・センターでキャスリーン・バトルが公演するという情報を目ざとく見つけ、チケットを予約していた。 

 

もちろんキャスリーン・バトルは知っているし、東京にいる時はCDも何枚か持っていた。とはいえ彼女が今どういう活動をしているかまでは知らなかったのだが、実は彼女、遅刻魔で態度が悪いということで、22年前に大揉めに揉めてMETをクビになっていたということを、情報通の知人から聞いた。要するに、今回は22年振りのニューヨーク公演ということで、早々とチケットは売り切れになったようだ。 

 

それはともかく、うちの女房はオペラは席が遠くて声が聞こえないと寝てしまうと、とにかく舞台に近い席ということで、舞台のほぼ真横の一番上の階のファミリー・サークルの席を購入した。というと聞こえはいいが、要するに天井桟敷だ。いざ席に着くと、ビルの7、8階になんなんとする高さからほぼ真下に舞台を見下ろす形になる。しかし私は高所恐怖症なのだ。それなのに手摺りは太ももくらいの高さまでしかない。これ、落ちたら死ぬでしょ、やばいでしょ、くらっときたら一巻の終わりでしょ、と思うと、背筋がぞぞぞとして、手摺りに近づけない。今まで転落死事件は起きていないのか。 

 

というわけで、ここの座席は固定ではなく動かせるので、後ろに引いて見ていた。しかし、この位置で座席を後ろに引くと、真下のステージなんかほとんど見えない。それで要所要所だけおっかなびっくり首を伸ばして下を見ていた。所々見せ所で観客が沸いて女房もスタンディング・オヴェイションなんかすると、頼むから怖いからそこで立ち上がらんでくれーと懇願していた。 

 

さてこのコンサート、4時開始の予定を35分も遅れて始まった。またまた遅刻魔のバトルが遅れた可能性もあるが、入り口が観客でごった返して、開始時刻になっても多くの者がまだ入場していなかったのも確かだ。私たちはチケットをウィル・コールで窓口でピックアップするようにしていたのだが、長蛇の列で、一瞬これは間に合わないと焦った。私たちの前も後ろもMETファンと思われる白人男性が並んでいたのだが、口々にこんなの初めてだと言っていた。22年振りのバトル公演だからな、何が起きてもおかしくないということか。 

 

この公演、METではあるが、オペラではない。バトルが長年暖めて各地で公演してきたという、ゴスペル音楽をコーラスと共に、ジャズのアレンジを絡めて歌うというものだ。ゲスト・パフォーマーにはジャズ・トランぺッターのウィントン・マルサリスもいる。正直言って私個人としては、特に好きではないオペラよりも、彼女の声をフィーチャーしているこういう感じの構成の方が好きだ。 

 

とはいえ実は女房も含めて、私たちはこれがゴスペルのコンサートだとは、始まるまでまるで知らなかった。ただバトルの声が生で聴けるということだけでチケットを購入したのだ。いずれにしても、女房も上述のようにオペラだと寝てしまう口なので、これでよかったと言っていた。 

 

しかし彼女、今年で御年68歳だそうで、声だけを聴くとまったく信じられない。本当に美声なのだ。せいぜい40代くらいとしか思えない。声だけ聞くと30代、いや20代と言われても、まったく疑義を挟まないだろう。それがステージ上を見ると、今では恰幅のいいおばさんが立って歌っている。実は今回のプログラム雑誌の表紙には、そのバトルの、どう見ても20代の時の写真が堂々と使われていた。いくらなんでも今と違い過ぎるだろ。 

 

しかしその声だが、例えば勝ち抜きシンギング・コンペティションのNBCの「ザ・ヴォイス (The Voice)」辺りに出てくるシンガーは、皆セミプロ、あるいは元プロという実力者ばかりで、非常にうまい。彼らが歌うとサビの部分で場内総立ち、みたいな感じになるが、バトルが歌うと、聴かせどころで拍手喝采なのは当然、それよりも、聞こえるか聞こえないかの耳を澄まさないといけないくらいの非常に小さな声で歌う部分が、この世のものとも思えないくらいに麗として美しい。 

 

一流のシンガーは、サビの声を張り上げる部分で観客を熱狂させるが、超一流のシンガーは、聞こえるか聞こえないかくらいの大きさの声で人を陶酔させる。ポイントは美しい声の完璧なコントロールなのだ。フォルテではなくピアノの部分こそが、一流と超一流を分け隔てている。 

 

上で公演は遅れて始まったと書いたが、私たちの席の隣りに座っていた白人女性は、いっかな始まらないので私たちに愚痴をこぼしまくった挙げ句、公演の途中で帰って行った。たぶんどうしても譲れない約束かなんかがあったのだろう。実は私たちも、公演の後、近くのレストランで夕食の約束があった。余裕を見て予約を7時にとっていたのだが、4時公演開始のはずが30分以上遅れ、それなのにまた途中休憩も30分くらい堂々と挟んだおかげで、公演が終わった時には既に7時を30分回っていた。 

 

それからアンコールが始まりそうだったが、既にレストランの予約時間を大幅に過ぎていたため、これは諦めようと、夫婦してMETを出て、知人とおち合って早足でレストランに向かったが、予約のとりにくいレストランで既に当然の如く我々のテーブルはなく、45分待ちと冷たく言われ、これから1時間も待つのは嫌と、近くの別の、イタリアン・レストランに電話し、席が空いていることを確認してそこに向かった。そこもおいしかったので特に文句もないが、うーむと思ったのが翌日のニューヨーク・タイムズのレヴュウで、あれからアンコールが5回あった、最後は場内大喝采だったというのを読んだ。なんだ、オレたち、最後の見せ場を見損ねたぜと思ったが、しょうがない。やっぱり、バトルの公演はただでは終わらない。ま、あの美声を生で聴けたからいいか。 


 

 

 





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