訴訟社会のアメリカにおいては、TV番組を代表するジャンルの一つとして、擬似法廷リアリティというジャンルが確立している。TVパーソナリティの裁判官が持ち込まれた訴訟を裁くもので、ほとんどが日中に編成されるシンジケーション番組だ。
これが人気のある証拠に、とにかく編成されている番組の数が多い。現在、実際に放送されている番組だけでも下記の例がある。
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•パターニティ・コート (Paternity Court) 判事: ローレン・レイク
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•ジャスティス・フォー・オール・ウィズ・ジャッジ・クリスティーナ・ペレス (Justice for All with Judge Cristina Pérez) 判事: クリスティーナ・ペレス
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•ウィ・ザ・ピープル・ウィズ・グロリア・オールレッド (We the People With Gloria Allred) 判事: グロリア・オールレッド
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•アメリカズ・コート・ウィズ・ジャッジ・ロス (America's Court with Judge Ross) 判事: ケヴィン・ロス
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•ディヴォース・コート (Divorce Court) 判事: リン・トーラー
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•ジャッジ・アレックス (Judge Alex) 判事: アレックス・フェレール
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•ジャッジ・マシス (Judge Mathis) 判事: グレッグ・マシス
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•ザ・ピープルズ・コート (The People's Court) 判事: マリリン・ミリアン
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•ジャッジ・ジュディ (Judge Judy) 判事: ジュディス・シェインドリン
これらの番組がほぼ毎日編成されており、日中に疑似法廷番組が見たいと思ったら、必ずどこかでやっている。どれも番組の体裁としてはすこぶる単純で、法廷を模したセットに裁判官、原告、被告、傍聴人がいる。裁判官は原告被告双方の話を聞き、判決を下す。
もちろんTV番 組だから判決に公的な効力があるわけではないが、番組に出る者には判決に対して文句を言わないとかの誓約書にサインさせる上に、裁判官を務める者が現実に経験者であることなどから、実際に裁判を起こしたとしても番組と同じ判決が出る可能性が高い。さらに番組での訴訟は、単純に殴られた、浮気された、イヌに 噛まれたという類いの小さい民事事件が主なので、判決の金額はせいぜい数百ドルから多くても数千ドルだ。番組出演者は判決に勝とうが負けようがいくばくか の金を受け取っているため、現実としてはほとんど番組の判決によって片が付くらしく、実際の裁判並みの効力があるそうだ。
数多あるこれらの番組の中で最も異色なのは、最新参の「パターニティ・コート」だろう。原告の女性の生まれる (た) 子の本当の父親は誰かを裁判所が裁定するもので、番組の最後は毎回DNA鑑定によって被告席の男性が実際に父親かどうかを発表する。最初からDNA検査でわかっているなら、両者の言い分なんか聞くことなく判決を申し渡せばそれで一件落着という気もしないではないが、それだとTV番組にならないか。
他にも大同小異の擬似法廷番組は幾つもあるが、その中でこのジャンルを代表する番組を一つ挙げよというなら、まずほとんどの者が「ジャッジ・ジュディ」を選ぶだろう。番組が始まったのが1996年、マンハッタンの裁判所で毎日30件の裁判を裁いていたというジュディス・シェインドリン判事は、その歯に衣着せぬ物言いや機転で、当時のCBSの報道番組「60ミニッツ (60 Minutes)」の番組プロデューサーの目に留まる。これが評判を呼んで「ジャッジ・ジュディ」が始まった。
なんてったって現役時代は一日30件もの訴訟に判決を下していたのだ。気っ風がいい、というか、ほとんど啖呵を切っているような物言いで、時には原告被告構わずまるで罵倒するように裁判を進める。もちろんそれが関係者、あるいはTV視聴者の溜飲を下げたからこそ番組人気に繋がった。
今回の「ジャッジ・ジュディ・プライムタイム」は、普段は日中に編成されている「ジャッジ・ジュディ」を、特別編成でプライムタイムに放送したものだ。特別版とあって30分番組が一時間になり、いつもはいない進行役を務めているのは、サミュエル・L・ジャクソンだ。彼も「ジャッジ・ジュディ」のファンだったとは知らなかった。
今回シェインドリンが裁くのは3件。最初の案件はバーの経営者の息子が女性にちょっかいをかけたとして、その女性のボーイフレンドに殴られたため、損害賠償として5,000ドルを求めているという事件を裁く。女性の方はアンバー・タンプリンからIQを30ばかし減らしたような顔をしているが、なんつーかこの手の番組に出る者たちって、訴える者も訴えられる者もなんか知性に欠けるような顔をしているように見えるのは、私の先入観が勝ち過ぎるからか。
この裁判では、ポイントとなるその女性の発言がどうも信憑性を欠く。再三シェインドリンから指摘され、終いには、嘘をつくな私はあなたの言うことは信じない、座ってろ、と、命令というよりはほとんど罵倒していた。もちろんシェインドリンのそういうキャラクターが人気の理由の一つでもある。
実際その時のセキュリティ・ヴィデオを見てみると、たとえ当事者といえども単純に言うことを鵜呑みにするわけにはいかないことがわかる。本人が思い込んで記憶を捏造するという場合も多いに違いない。ジャッジもその辺は重々わかっているから、今回のようにヴィデオという動かし難い証拠があると、裁判も進行が楽だ。結局この裁判は、殴られた男の勝訴となった。
次の裁判は2002年モデルのサターンをドラッグ・レースに走らせてエンジンをダメにしたとして、クルマのオーナーの20歳前後の女性が、エンジンの修理費用1,000ドル余りの賠償を求めてドライヴァーの男性を訴える。シェインドリンは男性に向かって、いいと言うまでデスクに頭を打ち続けろと命令、男が従わないと、それは危険であることを知っているからで、同様にドラッグ・レースが危険で、普通乗用車のサターンのエンジンがレースに向かず危険であることを知っているなら、レースに参加しないことが当然と、女性の言い分を全面的に認めた。この判決の進行が、いかにもジャッジ・ジュディらしいと思わせた。説得力があるのは確かで、これだと被告も反論は難しかろう。
3件目の裁判はいわゆるロード・レイジで、割り込みにぷっつん来たドライヴァーが、前のクルマに蹴りを入れて車体をへこませたというもの。これまたシェインドリンはやられた方の肩を持ったが、しかし、マンハッタンの交通ルール無視、譲り合い精神ゼロのイエロー・キャブに囲まれてドライヴした経験がある者なら、割り込まれた時思わず切れる後続ドライヴァーの気持ちもわからなくはないと、多少被告に同情しないでもないのだった。
番組はこれらの案件の合間に、ジャッジ・ジュディの略歴やこれまでの番組の名シーン/抜粋を挿入する。特に数々の名言迷言は、なかなか笑えたりはたと膝を打ったりと、かなり面白いのは確かだ。かつて女性TVパーソナリティとして絶大な人気を誇り、最大の報酬をもらっていたオプラ・ウィンフリーが引退した今、TV界で最大のサラリーを得ている女性パーソナリティはシェインドリンで、現在の年棒は4,700万ドル、番組収録は年52日しかないので、割ると働いた一日当たりの収入は90万ドルだ。日収8,000万円だ。あまりもの 金額に開いた口が塞がらない。年収でもない月収ですらない。たった一日の報酬が8,000万なのだ。同じく元シェフだが現在ではTVパーソナリティという方がしっくり来るゴードン・ラムジーだって、やたらと番組参加者を罵倒することで人気がある。人を怒鳴りつけると金がもらえるのか、そんならオレだってできるぞと、つい彼我の差に愚痴が口をついて出るのだった。