放送局: ABC

プレミア放送日: 1/27/2003 (Mon) 0:05-1:05

製作: ジャックホール・インダストリーズ、タッチストーンTV

製作総指揮: ジミー・キメル、ダニエル・ケリソン

製作: ダグ・デルーカ、ジェイソン・シュリフト

監督: マイケル・サイモン

ライター: スティーヴ・オドネル

ホスト: ジミー・キメル


内容: 深夜トーク・ショウ。


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現在、アメリカの深夜トーク・ショウは、CBSとNBCがその覇権を争っている。ジェイ・レノがホストの「トゥナイト・ショウ」、コナン・オブライエンがホストの「レイト・ナイト」と続くNBCの深夜トークが、デイヴィッド・レターマンがホストの「レイト・ショウ」、クレイグ・キルボーンがホストの「レイト・レイト・ショウ」と続くCBSの深夜トークよりいくらか人気がある。NBCは昨年、さらにその後に深々夜トークの「ラスト・コール」を編成、夜更かし型人間を対象に、深夜番組の制覇を狙っている。


一方、3大ネットワークでは、ABCのみがこの流れに与していない。元々報道番組に定評のあるABCは、夜11時のローカル・ニュースの後、CBSとNBCが深夜トークに移行する時間帯に、テッド・コッペルがホストの「ナイトライン」という時事番組を編成している。その後、昨年まではビル・マーがホストの唯一の深夜トーク番組、「ポリティカリー・インコレクト」を放送していたのだが、マーが9/11事件に関して本当にポリティカリー・インコレクトな発言をして舌禍事件を巻き起こすと、番組はキャンセルされてしまった。つまり、マーはあくまでも冗談として死を賭したアルカイダの勇気を誉めた。番組の趣旨としては何も問題はないんだが、時期が悪かった。マーの発言は事件関係者のみならず全米の怒りを買い、キャンセルに追い込まれた。確かに、あれはいくら冗談でも笑えない者の方が多かっただろう。


とうわけで「ポリティカリー・インコレクト」なき後、ABCは深夜枠不毛の時代に突入する。実はそれまでにもABCは、現在シンジケーションでの日中のトーク番組では人気No.1の「オプラ」や、「キャロライン・レイ・ショウ」等を深夜に編成していたりしたのだが、これは基本的に日中放送している番組の深夜枠での再放送に過ぎず、やはりノリが違うのは歴然としている。深夜の時間帯の主要視聴者層は成人男性層なのであり、無論「オプラ」や「キャロライン」はカウンター・プログラミングとして数少ない女性視聴者層にはいくらかアピールしているとはいえども、やはり再放送は再放送であり、好き好んでわざわざ夜中に日中トーク番組の再放送を見ようと思う者はあまりいない。


そこでABCは、いかん、このままでは深夜枠でCBSとNBCに置いてきぼりを食ってしまうと慌て出し、そこで採った策が、現在CBSで放送中の「レイト・ショウ」を引き抜くというものだった。昨春、その舞台裏のごたごたが「アメリカ中のマスコミが注目する一大事件に発展したのは、まだ記憶に新しい。結局その案は渦中のレターマンが首を縦に振らなかったことでボツとなり、ABCの深夜トーク番組案は白紙に戻った。ABCは一から自分たちの力で構築する深夜トーク番組の開発に取り組まざるを得なくなり、そして生まれたのが、この、「ジミー・キメル・ライヴ」だ。


キメルは現在、コメディ・セントラルの「ザ・マン・ショウ」でアダム・キャロラと共同ホストを務めている。「マン・ショウ」は、完全に男性視聴者に的を絞って、いくらかのお色気を加味した他愛もないトーク/ヴァラエティ番組で、だからこそ夜、ビール片手にカウチに寝そべってTVを見ている自堕落男性視聴者層に受けた。「ジミー・キメル・ライヴ」はそのキメルを起用、現在CBSとNBCが独占している深夜トーク番組の時間帯に、新たな一石を投じるものだ。


「ジミー・キメル・ライヴ」がどれだけABCから推されていたかということは、番組のプレミア放送が、1月最終日曜の夜に編成されたということからでもわかる。この日はアメリカで年間を通して最も高い視聴率を獲得する、NFLの決勝戦「スーパーボウル」が開催される日であり、各ネットワークが毎年持ち回りで中継するスーパーボウルを今年中継したのは、他ならぬABCだった。話題性抜群のスーパーボウルの後に編成される番組は、勢い注目度が高くなる。「ジミー・キメル・ライヴ」は基本的に平日の夜編成される深夜トークなのだが、せっかく注目されているこのチャンスをみすみす逃す手はないと、プレミア放送に限り、日曜夜放送となったものだ。


その第1回は、共同ホストにスヌープ・ドッグ、ゲストにジョージ・クルーニー、スーパーボウルで優勝したバッカニアーズのウォレン・サップをヘリで現地入りさせ、音楽ゲストはコールドプレイという豪華な布陣。クルーニーはメインのゲストなのだが、実は彼は今は既に放送されていない「ロージー・オドネル・ショウ」のプレミアにもゲスト出演しており、彼をプレミアのゲストに呼ぶのはゲンがよくないのではと茶々を入れられる一幕もあった。


共同ホストというのは、キメルの他に壇上に座ってお喋りをする相手のことで、週替わりで交代する。この「共同ホスト」のスタイルを広めたのは、コナン・オブライエンの「レイト・ナイト」である。「レイト・ナイト」では、最初の数シーズン、オブライエンの他にアンディ・リクターというオブライエンと話を交わす補佐的な共同ホストがいたが、その体裁を真似ている (リクターはその後、FOXで自分の番組「アンディ・リクター・コントロールス・ザ・ユニヴァース」に主演している)。


「レイト・ナイト」が「共同ホスト」という名称を定着させことは間違いないが、基本的に、どの深夜トーク番組もホスト一人のお喋りだけで1時間持たすのは難しい。そのため、だいたいホストは何かしらいつもバンマスやプロデューサー、カメラマン等、近くの人間に話し掛けたりしている。特にその役を受け持たせられやすいのがバンドマスターで、「トゥナイト」で言えばケヴィン・ユーバンクス、「レイト・ショウ」で言えばポール・シェイファーが、はっきり言って共同ホストのようなものだ。彼らがいなければ、両番組共ほとんど機能しないだろう。「レイト・ナイト」は共同ホストを設置することで最初からその役割を受け持たせる人間を決め、「ジミー・キメル」はその体裁を踏襲したものである。さらに「ジミー・キメル」は、その共同ホストを毎週交代させることにより、マンネリを避ける効果も狙っている。


「ジミー・キメル・ライヴ」がCBSの「レイト・ショウ」やNBCの「トゥナイト」と最も異なっている点が、タイトルからも窺われる通り、この番組がライヴ番組であるということだ (「ライヴ」というのはアメリカでは生放送という意味であり、日本で使われるように、収録したステージ等を後日放送する場合は、録画放送であってライヴとは言わない)。通常、深夜トーク番組は、深夜番組といえども会場に観客を入れての収録は日中であり、その日に収録した番組を夜中に放送しているに過ぎない。現在深夜番組で、ニュース/報道番組を除き本当に深夜やっているのは、NBCの長寿番組「サタデイ・ナイト・ライヴ」以外ない。しかし「ジミー・キメル・ライヴ」は、実際に今やっていることを生中継する、正真正銘の生放送だ。


もちろんこれにはトリックがある。まあ、よく考えるとトリックと言えるほど大袈裟なことではないが、つまり、番組が始まる東海岸時間の深夜零時は、この番組を収録している西海岸では、3時間の時差のためにまだ夜9時でしかないのだ。だからまだ街には人が溢れているし、会場の外でのゲスト・ミュージシャンによる音楽パフォーマンスでも、わりと多くの人間がステージを取り囲んで見物している。しかし、ライヴということを売りとしている番組が、時差のある東海岸でこそ生であるが、その収録をしている西海岸では、いったん録画した番組をその日の夜に放送しており、ライヴでもなんでもないというのは、不思議な気がしないでもない。LAで収録している番組を東海岸では生でやっているのに、その番組を目と鼻の先で収録している地元では、時差つきでないと番組が見れないのだ。国土の広いアメリカならではの変な話である。


「ジミー・キメル・ライヴ」は一応主として男性視聴者向けの深夜生放送ということもあり、キメルをはじめ、ゲスト、さらには会場の観客にもアルコールが振る舞われる。それでゲストの舌を滑らかにし、観客のノリをよくしようという算段だったようだが、プレミア収録の日に、その振る舞われたアルコールで気分が悪くなって、会場内で吐いてしまった女性がいたらしい。しかも運の悪いことに、その女性の隣りに座っていたのが、様子を見にきたABCの幹部だったとかで、吐瀉物がその人物のスーツを汚してしまったとか汚さなかったとか、とにかく、そういう話が翌日の業界内を疾風の如く駆け巡った。そのため、いきなり翌日から番組はアルコール禁止となってしまったそうである。しかし、もちろんキメルがそんなことを聞き入れるわけはない。翌日の放送分では、しょうがない、今日から飲むのはミルクだ、といってミルク・カートンを持参して、それからコップに透明な液体を注いで、スヌープと一緒に飲んでいた。多分あれはウォッカかジンの類いだろうが、やはりあれくらいは反骨精神を見せてくれないとね。


ところで、「ジミー・キメル」は出演者がアルコールを口にしていることや、最初の共同ホストが口の悪いラッパーのスヌープ・ドッグということもあり、当然のことながら、思わず口が滑っていわゆる放送禁止用語を口にしてしまうというシーンが随所にある。そういう時に、生放送のくせに実に見事にビープ音がそこに被さって、その発言を聞こえなくするのだ。この完璧な音声処理がなぜできるのかが、私にはまったく不思議だった。だいたい、誰かが放送禁止用語を口にし出してからビープ音を被せるボタンやらなんやらを押しても間に合うわけがない。とすれば発言する直前にボタンを押さなければならないのだが、そんなのいくらなんでも不可能だ。もしかしたらフリートークの振りして実は彼らが喋っていることは全部台本があって、それを喋っているだけかとも勘繰ってみたりもした。その上、スヌープがカメラに向かって中指を立てると、ちゃんとそこにABCのロゴが被さって、スヌープが何をしているか見えないようになるのだ。なぜ生放送でそんなことができる。


そしたらこの間、その謎が解けたのだが、実はこの番組、ライヴとはいえども、収録と放送の間に5秒間のタイム・ラグがあるそうなのだ。つまりプロデューサーなり音声処理や画面処理担当なりは、もしスヌープがそういう言葉を口にしたり行為を見せたりしたら、その場で処理してしまえばいいわけで、その分の時間は製作者に与えられているのである。しかし、だとすると、たった5秒しか時間差がないとはいっても、いずれにしても時間差があるのだとしたら、それは既にライヴではないのじゃないかという天の邪鬼の私の意見がむくむくと首をもたげてくるのだが。5秒しか時間差はないと言われても、じゃ10秒差ならどうだ。1分違っていたらどうだ。10分では? それだって別に大した時間差じゃあるまい。しかし10分違えばやはり心情的には生放送とは誰も言うまい。もしかしたらこの番組だけじゃなく、他のすべての生放送とうたっている番組も、これくらいの時間差はあるものなのだろうか。ああ気になる。


そうそう、深夜、気楽に見れるお笑いトークとしてこの番組を見た場合、いまんとこ、はっきり言ってそれほど笑えるわけじゃない。これは「レイト・ショウ」や「トゥナイト」と較べると一目瞭然だ。それらのヴェテラン番組の方が、笑う回数は「ジミー・キメル」の倍はある。既に番組が始まって数週間経つが、キメルはまだツボを押さえていないというか、「マン・ショウ」のようにリラックスしてやっているようには見えない。まだ、そこはかとなく緊張しているように見える。ま、基本的に自分一人しか頼るものがなく、自分の裁量だけで番組を引っ張って行かなければならないのだから、それもある程度はしょうがないだろう。しかし、それでも番組が新しく始まった時のオブライエンの「レイト・ナイト」よりは、まだ面白いと思う。「レイト・ナイト」は、なんとか見られるようになるまでに数年かかった (本当のことを言うと、私は今でも「レイト・ナイト」が面白いとはまったく思わないが)。キメルはABCと7年の契約を交わしたと聞いているから、まだまだ時間はある。ゆっくりと新しい自分の番組を確立してもらいたい。







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ジミー・キメル・ライヴ (ジミー・キンメル・ライヴ)   ★★1/2

 
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