Iron Man


アイアンマン  (2008年5月)

兵器製造企業の御曹司として莫大な富と才覚に恵まれたトニー・スターク (ロバート・ダウニーJr.) は、アフガニスタンで新兵器のデモンストレーション後、砲撃を受け捕虜の身となる。捕獲者たちはトニーに対し、寄せ集めの部品を用いてミサイルの製造を迫る。洞窟の中に原始的なラボも用意されていた。そこでトニーはアシスタントのインセンと共に、敵の目を欺きながら、ミサイルではなく、 パワー化された鎧のようなアイアン・スーツの製造に着手する‥‥


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今週から「スピード・レーサー」が始まっているのだが、先週「アイアンマン」を見に行こうとして駐車場がいっぱいで、結局チケットも売り切れで見るのを諦めざるを得なかったその同じ劇場に翌週のまったく同じ曜日の同じ時間帯に来ているのに、今度は駐車場ががらがらだ。これは「スピード・レーサー」、こけたのは間違いないなと思いながら、先週見れなかった「アイアンマン」のチケットを買う。


「アイアンマン」は公開初週の興行収入1億ドル、その翌週も5,000万ドルと、公開して2週間でもう充分元はとっただろう。通常アメリカで新規映画が公開される時はその直前に出演している主要な面々がトークやニューズ/ヴァラエティ・ショウに連日出演して作品を宣伝していくもので、むろん「アイアンマン」もその点は同様だったのだが、この映画に関して他の作品と大きく異なっていたのは、映画が公開された翌週に、ほとんど記録的な興行成績を上げたことを反映して、いきなり主演のロバート・ダウニーJr.がありとあらゆるトーク・ショウに顔を出し始めたことだ。


それまではごく普通に宣伝活動していたものが記録的人気であることが判明したために、主演のダウニーが引っ張りだこになったようだ。私はよく深夜のトーク・ショウをチャンネルを変えながら見ていたりするのだが、先週の深夜トークではNBCのジェイ・レノがホストの「トゥナイト」を筆頭に、CBSのデイヴィッド・レターマンがホストの「レイト・ショウ」、ABCの「ジミー・キメル」、さらには深深夜トークの「ラスト・コール」等、主要深夜トークのすべてでダウニーがゲストとして出ているのを見た。昼間のトークやヴァラエティにも寸暇を惜しんで出ていたのは間違いあるまい。


むろんハリウッド大作の主演俳優は、主演映画の公開に際してはこうやって宣伝活動に精を出すが、それはだいたい公開の直前までで、いったん映画が公開されると、普通は自粛する、というか、TVから呼ばれなくなる。公開されてしまうとこういう関係者の宣伝より人が頼りにするのは知人や一般人の口コミで、いかに出演者が宣伝に務めようとほとんど興行成績には結びつかなくなるからそれも頷ける話だ。だから今回のように、作品が公開された後に主演俳優がありとあらゆるところに顔を出すというのは稀であり、普通はほとんど例がない。いかに「アイアンマン」が予想以上の成績を上げ、マスコミから注目されたかが窺われる。


ダウニーはこれまでアカデミー賞にもノミネートされたことがあるなど、演技派と目されており、そういう実力派にありがちだが、大ヒットする作品とはほとんど無縁だった。それが生まれて初めて世界的ヒット確実の作品に主演したのだ。トーク・ショウからこれだけ声がかかるというのも初めての経験だったのだろう、本人もこれが最初で最後のチャンスとばかりに呼ばれるとどこにでも行ったようだ。簡単にトークといっても、東海岸収録番組もあれば西海岸収録もある。時には移動だけで一日仕事になるだろうに、毎日アメリカのいたるところまで出かけて行って出演している。先週の終わり頃にダウニーが出ている番組を見ると、明らかに顔に疲労が蓄積されていた。寝る暇もなかったに違いない。日本公開はまだのようだが韓国は既に公開されているようで、その時の話もしており、この一と月というもの、アメリカだけでなく世界中を飛び回っていたようだ。


そのダウニー、「トゥナイト」に出た時にホストのレノから、アカデミー賞をとるのと世界的ヒットのブロックバスターに主演するのとではどちらがいいかと訊かれて、間髪入れずにもちろんブロックバスターに主演する方と即答していた。アカデミー賞もいいが、ブロックバスターに主演すればあんたは神様だと言っていた。ダウニーくらいになると、真面目に仕事していればアカデミー賞はいつか必ずとれるという自信があるだろうが、ブロックバスターに主演できるかどうかは時の運ということを身をもって知っているからだろう。逆に言えば、主演作がほぼブロックバスターになるウィル・スミスのような俳優がどれだけすごいかを改めて認識させることにもなる。


さて「アイアンマン」だが、そのダウニーがタイトル・ロールのスーパーヒーローになるマーヴェル・コミックスの映像化だ。そもそもの最初にコミックスに登場したのは1960年代のことだそうだ。スーパーヒーローには完全に地球外生命体の「スーパーマン」、突然変異した「スパイダーマン」、生身の身体の「バットマン」等のいくつかの型があるが、アイアンマンは生身の身体の上に強化したアーマー・スーツを着込み、常人では不可能な力を使うことを可能にしている。一見バットマンのようだが実はスーパーマン、もちろん空を飛ぶことも可能だ。色々な原型を組み合わせることで、この種のスーパーヒーローはまだまだ発展が可能なのだなと思わせる。


近年のスーパーヒーローものは、時代を反映してそのスーパーヒーローが自分がいったい何者かというアイデンティティに悩み、そこからまた道を見つけて再生してくるという話になっている作品が多い。「アイアンマン」はそのまた一つの変種である。主人公のトニー・スタークは世界を股にかける武器製造企業の御曹司で有り余る富を持っている。しかし中東で身柄を拉致され、そこから脱出するために自分の知識と才能をつぎ込んで限られた設備の中で戦闘スーツを開発する。それを着込んで敵を蹴散らすトニーこそがアイアンマンだ。


アイアンマンの場合、元々アイデンティティや世界平和に悩むとかいうタイプではないが、中東でアイアンマン・スーツを開発中、自分の企業が世界中に売っている武器が多くの人を不幸にしていることも知る。元々派手好き女好きのバチェラーが、生き死にの経験をしたとはいえその皮肉屋的本質は一朝一夕で変わるわけではないが、それでも多くのことを学んだトニーは、企業を人々のために生まれ変わらせようとする。しかし父のパートナーだったステイン (ジェフ・ブリッジス) はそのことを当然快く思っていなかった。


アイアンマン・スーツは身体を包み込むタイプなのだが、その技術をステインが盗んで製作した新型のスーツはバカでかくなって、ステインはそのスーツを着込むというよりも内部に入り込んで操作するという、いわばガンダム・タイプのスーツになっている。マジンガーZやガンダムの原型はこんなところにあったのか。


こういう私費を投じて世界平和のために役立てようとか正義の味方として活躍しようとか考える場合、主人公は超金持ちである必要がある。先立つものがなければ研究開発ができるわけがないから当然だ。そのためトニーだけでなく、バットマンことブルース・ウェインだって世界の富をほとんど一人で牛耳っているかのごとくの金持ちだ。一方、そういう人間が人の弱みを知る正義の味方になるためには、その人生観を変えるような経験がどこかで必要だ。ブルース・ウェインはそれが親の死と放浪、そして辺境の山奥での奴隷同様の生活であり、トニー・スタークは中東での洞窟内での強制された研究生活だった。こういう生き死にの体験をすることで彼らはスーパーヒーローとして復活することを約束される。バットマンとアイアンマンとでは、内省的なバットマン、遊び好きなアイアンマンと性向はまったく異なるが、話の構造としては「アイアンマン」と最も近いのはやはり「バットマン」だろう。


そして実は、話の構造上、「アイアンマン」とよく似ている作品がもう一つある。「007」だ。派手に遊び回るプレイボーイで、国のため正義のためというよりも自分のために戦っているという印象もさることながら、最新版007の「カジノ・ロワイヤル」と「アイアンマン」は、特にその幕切れがまったく同じなのだ。「カジノ・ロワイヤル」ではいったんは引退を決めた007ことジェイムズ・ボンドが、愛する人を殺されたことでまた現場に復帰してくる。最後、事件の裏側にいた黒幕を突き止めた007は男の前に現れ、銃を突きつけると、「マイ・ネイム・イズ・ボンド、ジェイムズ・ボンド」とお決まりの決めゼリフを言う。一方「アイアンマン」では、世間を騒がす正体不明のロボットが実はトニーなのではないかという噂を否定するために行われたはずの記者会見で、生来が派手好き見栄っ張りのトニーは、つい正直に「イエス、アイ・アム・ジ・アイアン・マン」と自分がアイアンマンであることをカメラの前で告白してしまうのだ。


この、自分が何者であるかということを高らかに世界に宣言して終わるという構成が、まったく同じだ。「カジノ・ロワイヤル」ではその直後あの007のテーマが高らかに鳴り響いて作品はエンド・クレジットに入る。「アイアンマン」も同様だ。私はこの終わり方を見ながらいきなり「カジノ・ロワイヤル」を思い出して、なんだ「アイアンマン」は007だったのかと唖然とした。実際007とトニーの性格は、見栄坊、キザ、遊び好き、皮肉屋、そしてその内側に熱いものを秘めているという点でかなりの部分一致する。違うのは体格的に劣るトニーは敵と対峙する時、アイアンマン・スーツを着用せざるを得ないという点くらいだ。


この、体格の点では正義の味方となるにはかなりデメリットを抱え、そのためか逆に皮肉屋の女たらしとなってしまったというトニーに、ダウニーが実にはまっている。実際に撮影に際してはアイアンマン・スーツはかなり重く、動きを制限するために筋トレをしたと深夜トークでも言っており、そのために実は皮肉屋ビジネスマンにしてはなかなか筋肉がついているのだが、素のダウニーとトニーのキャラクターはかなり印象が似ている。そしてこれまで数多くのヒーロー、スーパーヒーローがいたが、ここまで皮肉屋の人間に観客に感情移入させることに成功しているという点で、「アイアンマン」は成功の多くをダウニーに負っていると言っても過言ではないだろう。正式な発表はまだだったと思うが、これは「アイアンマン2」も楽しみだ。







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