放送局: フード・ネットワーク

プレミア放送日: 4/23/2004 (Fri) 21:00-22:00

製作: トリアージュ・エンタテインメント、フード・ネットワーク


料理の鉄人 (アイアン・シェフ):

日本: 坂井宏行 (フレンチ)、森本正治 (和食)

アメリカ: ボビー・フレイ (サウス・アメリカン)、マリオ・バタリ (イタリアン)、ウォルフガング・パック (西海岸)


内容: アメリカで製作された、アメリカ版「料理の鉄人」。


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「アイアン・シェフ」こと「料理の鉄人」はアメリカでも広く人気があり、今でもケーブルのフード・ネットワークで放送されている。とはいえ、本国日本では既に何年も前に放送の終了した番組であり、今後、新しいエピソードが放送できるわけでもない。そのため、フード・ネットワークは何度も何度も同じエピソードを再放送しているわけだが、さすがに同じエピソードばかりでは視聴者も飽きる。


しかし、「アイアン・シェフ」はフード・ネットワークのドル箱番組なのだ。このまま、新エピソードを放送できないため、みすみす視聴者離れが起こるのを手をこまねいて見ているだけというのも癪だ。それで、もしフジTVから新エピソードの供給がないなら、自分たちで作ってしまえということになったのが、この「アイアン・シェフ・アメリカ」だ。


元々リアリティ・ショウというものは、ある国でヒットすると、多少フォーマットを手直しして、マイナー・チェンジした番組が他の国でも製作される場合が多い。出演者や演出家等の番組関係者よりも、番組の枠組みの方が重要というリアリティ・ショウならではの特質であり、それはメイド・イン・ジャパンの番組とて例外ではない。


実は「料理の鉄人」は、アメリカ版が既に一度製作されている。3年前に製作されたこの番組は、「アイアン・シェフ・アメリカ」ならぬ「アイアン・シェフUSA」と題され、ネットワークのUPNで一度だけ放送された。この番組で鹿賀丈史が扮していたMC役を務めていたのは、「スタートレック」で日本人にもお馴染みのウィリアム・シャトナーで、フレンチ、イタリアン、エイジアン、アメリカンの4人のアイアン・シェフがいるという体裁になっていた。


基本的に「アイアン・シェフUSA」は「料理の鉄人」とほぼ同じ番組なのだが、「料理の鉄人」で鉄人と挑戦者が背中合わせで調理していたキッチン・スタジアムが、「USA」でははす向かいとなり、お互いにガンをつけながら料理したり、挑戦者がオートバイに乗ってスタジオ入りしたり、シェフがリップ・サーヴィスをしたりとショウ・アップされていたため、一見しただけではともかく、結果として番組が「料理の鉄人」とは似て非なるものになっていたことは否めない。そのため、「USA」は「アイアン・シェフ」の筋金入りのファンからぼろくそに言われ、たぶん、うまく行けばそのままシリーズ化も目論んでいたと思われる「USA」は、一回こっきり放送されただけで姿を消した (その後年末にもう一回分放送されたとも聞いたが、それは見ていない。)


このように、リアリティ・ショウには地元の嗜好に合わせたマイナー・チェンジがつきものだとはいえ、やりすぎは禁物である。番組がそもそも持っていた興味の中心となるテイストを損なうほど手を入れてしまうと、それはまったく別番組となってしまう。昨年の「未来日記」をリメイクしたABCの「ザ・デイティング・エクスペリメント」も同様で、これなんか「未来日記」を知っている者が見ても、「未来日記」のリメイクとは気づかないんじゃないかと思えるくらい手が入っていた。まあ、まったく別の番組として見ると、それはそれなりに面白くないこともなかったのだが。


そして今、「アイアン・シェフ・アメリカ」である。「アメリカ」が「USA」と最も異なっているのは、「アメリカ」が「料理の鉄人」にできるだけ忠実に番組を製作しようとしていることにある。これは、結局、番組フォーマットとしてはほとんど手を入れる余地がないほど完成している「料理の鉄人」に、よけいな手を入れすぎて「USA」のように失敗して元も子もなくなってしまうことを怖れたか、あるいは、「USA」で懲りたフジTVが、あれをしちゃいけない、これをしちゃいけないと、ヘンに番組の体裁をいじられることに過敏になってあれこれ口出ししたせいかもしれない。


また、「アメリカ」の場合は、番組出演者が同じであることも、番組フォーマットにほとんど手を入れていない理由の一つとして挙げられるかもしれない。出演者が同じ番組に出ているつもりなのに、番組体裁が大きく異なっていたら困るだろう。キッチン・スタジアムもオリジナルそっくりだ。要するに、基本的に「アメリカ」は、あくまでもアメリカで製作された「料理の鉄人」なのであり、「料理の鉄人」に出演していたアイアン・シェフ・ジャパニーズの森本正治と、アイアン・シェフ・フレンチの坂井宏行が、わざわざアメリカまで出張ってきて、アメリカを代表するアイアン・シェフと対決するという番組なのだ。当然、アイアン・シェフ・チャイニーズの陳建一も出演が予定されていたが、多忙と健康を損ねたために渡米を断念したと聞いた。


そのため、森本と坂井の二人がアメリカに乗り込んで、ボビー・フレイ、マリオ・バタリ、ウォルフガング・パックの、アメリカを代表する3人のアイアン・シェフと対決することと相成った (森本はマンハッタンに自身のレストラン「Nobu」を持っているから、わざわざ日本から乗り込むという感覚ではないが。) フレイは、既にオリジナルの「料理の鉄人」で森本と2度対決し、一勝一敗の成績を残しているものの、共に遺恨が残る勝負であったことを覚えているファンは多かろう。アメリカ南部のテックス・メックスやソウル・フード的な要素を取り入れたサウス・アメリカン・フードの第一人者であり、フレイがシェフを務める「メサ・グリル (Mesa Grill)」の評価は高い。フード・ネットワークでも「ボーイ・ミーツ・グリル (Boy Meets Grill)」等、いくつかの番組で料理を指南している。


バタリはイタリアンのシェフで、巨体と愛嬌で人当たりもよいため、こちらもフード・ネットワークで「モルト・マリオ (Molto Mario)」、「マリオ・イーツ・イタリー (Mario Eats Italy)」等の番組ホストを担当して人気がある。もちろんただ人柄だけでなく、料理の腕前の方も定評があり、マンハッタンのイタリアン・レストランについて述べる時は、バタリの「バボ (Babbo)」は避けて通れない。


3人目のパックも、アメリカでは早くから知られているセレブリティ・シェフだ。西海岸の素材とフレンチ・キュイジーヌを組み合わせたパックの料理は、西海岸風として、一時かなり幅を利かせていた。パックの「スパゴ」は六本木にも支店を出していたが、それはまだあるのだろうか。もちろんパックもフード・チャンネルで自分の番組を持っていたが、今は放送されていないようだ。


オリジナルで服部幸應がやっていた解説を担当するのが、「グッド・イーツ (Good Eats)」のオールトン・ブラウン。元々はコメディアンらしいが、現在ではフード・ネットワークで、エメリル・ラガッシと「アイアン・シェフ」の面々の次によく知られているパーソナリティだろう。「グッド・イーツ」は、今さらTV番組では採り上げてくれそうもない基本的な技術や知識を一から紹介してくれる番組で、私も時々参考にしている。また、本人は、「アメリカ」では服部の役を受け持っていると言っているが、「アメリカ」では「料理の鉄人」で服部と一緒に壇上に控えていた実況の福井謙二がいるわけではなく、ゲストにコメントを求めるわけでもないため、実質上、それらの役割を全部一人で賄っている。


美食アカデミーを主宰していた鹿賀丈史の役回りは、アジア系俳優のマーク・ダカスコスが担当している。マーシャル・アーツの有段者であるとはいえ、彼を紹介する時に、いきなり彼が演舞して見せるような演出になってしまうのは、逆に誤解を招いてしまいそうな気がする。どこかでダカスコスは鹿賀の親戚ということを読んだのだが、それは本当だろうか。


番組は、まず、アイアン・シェフ同士の対決に入る前に、1時間を割いて、そもそもの「料理の鉄人」や、番組で使用された、日本やアジア独特の食材の紹介に当てる。神戸勝彦がいきなり生きているタコをこん棒でばんばん殴って柔らかくしているところなんかが映されていたが、実際にそういう職業に就いている者ならともかく、セックスよりもヴァイオレンス描写に過敏なアメリカのTVでは、このシーンは充分強烈だったはずで、思わず笑ってしまう。


こういうアメリカならではの視点は、本編に入っても変わらない。最初の勝負は坂井対フレイのマス対決で、当然生きているマスが出され、坂井もフレイもそんなことはお構いなしに頭を切り落とすのだが、フレイが包丁を振り上げた瞬間にカメラはロングに切り替わり、決定的瞬間は、遠目でぼやかされてしまう。こういうのを残酷と見るのはお門違いの感受性、むしろシェフに対して失礼としか思えないが、まあ、作り手としては、一般的なアメリカの視聴者の意識を考えないわけには行かなかったというのもわからないではない。しかし、本当に料理に興味のある視聴者は、どう魚をさばくかなんてところも見たいだろうに。


しかし、そういうことよりも、番組としてここまでオリジナルに忠実に、細心の注意を払って製作しているように見える「アメリカ」が図らずも失敗してしまっているのが、審査に当たるジャッジの人選である。実は私は、ジャッジを見た時から、かなり不吉な予感はしていたのだ。「料理の鉄人」では岸朝子のような、その道の専門家がジャッジに含まれてた。もちろん岸だって毎回登場していたわけではないが、それでも、占い師の細木数子ですら、それなりに料理に一過言持っていたように見える。


しかし、「アメリカ」においては、その人選に対しては、かなり疑惑を持たざるを得ない。まあ、女優や俳優等の知られている顔で、少なくとも食通っぽい人材を起用しているんだろうし、ちゃんと「USA」にも出ていたケリー・サイモンのようなシェフもおり、そういう点では、バランスのとり方自体はオリジナルとほとんど変わらないかもしれない。しかし、例えば、そのジャッジが、基本的な素養として和食を嗜んでいるかと問われれば、答えはほとんどノーのように見える。


例えば、森本とパックの卵対決で、明らかにほとんど毎日イタリアンを食っているだろうと思われる「ザ・ソプラノズ」のヴィンセント・パストーレに、フェアな判定ができるとは到底思えない。フェアどころか、最初からほとんど森本不利は動かないように見える。その隣りに座っている、いかにもアメリカアメリカした「トレイディング・スペイシズ」ホストのペイジ・デイヴィス、さらに、ヴォーグ編集のジェフリー・スタインガーテンの3人が顔を並べて、パックの料理より森本の料理の方に舌鼓を打つなんて可能性は、最初からほとんどなさそうに見えるのだ。


こういう杞憂は、坂井 vs フレイ、森本 vs パック、森本 vs バタリの3番勝負の全部について回り、そして、案の定、坂井と森本はすべての勝負で負けた。しかも全部わりと大差だった。森本の「Nobu」はマンハッタンで最も知られているジャパニーズ・レストランで、ニューヨークのタウン誌「タイム・アウト」でレストラン特集をすると、必ず毎回ベスト・ジャパニーズどころか、すべてのレストランでベストみたいな書かれ方をされるのだが、要するに、まだ一般レヴェルでは、和食というものはほとんど知られてない分野でしかないのだ。


いかにスシがヘルシーで、ヤッピーのような連中からもてはやされているとはいえ、実際には、まだ生の魚というと生まれてから一度も食ったことがなく、顔をしかめて別に食べたくないと言うのがかなりいるのが現状であり、そのことを考え合わせるならば、和食対アメリカ料理、いや、和食対イタリアン、フレンチ、その何においても、和食が不利であることは一目瞭然であろう。坂井はフレンチであるが、それでも、ジャッジの全員がアメリカ人である時に、不利であるという点は変わるまい。


せめて、ジャッジには一人日本人、いや誰でもいいからアジア系を混ぜるか、あるいは、それこそザガットの記者かなんかを連れてきてもらいたかった。あるいは、イタリア系でありながら和食にも造詣が深く、「Nobu」で毎日食事したいと公言して憚らないスタンリー・トゥッチに森本とバタリの勝負のジャッジをさせてみたら、どういう判定になったか非常に興味深かっただろうに。いずれにしても、ここまで注意して番組を製作してきたのに、最後のジャッジの人選において九仞の功を一簣に欠いた感がどうしてもする。


たぶんフード・ネットワークは、勝負は接戦になると思っていたんだろう。それが蓋を開けてみると森本と坂井が連戦連敗、しかも勝負にならないくらい大差をつけられているとあって、慌てたのは間違いあるまい。この勝負の最後の対決は、森本と坂井の全日本シェフ対フレイ、バタリ、パックの全アメリカン・シェフによる一大マッチが予定されていたのだが、急遽予定を変更して、森本/フレイ組 vs 坂井/バタリ組の混成タッグ・マッチになった。ここまで来たら、もし森本/坂井 vs フレイ/バタリ/パックで勝負を行った場合、森本/坂井組が完膚なきまでに叩きのめされるのはもう誰の目にも明らかだったから、これしか方法はなかったと言える。これで、少なくとも最後の最後で、森本か坂井のどちらか一人は勝ち組に入れるわけだ。


結局、ホタテ、ウニ、イセエビという超豪華な食材をテーマにしたこのタッグ・マッチは、森本/フレイ組が坂井/バタリ組を下した。これでフレイは2戦して2勝、森本は1勝2敗、坂井は0勝2敗、バタリ1勝1敗、パック1勝という成績で終わったわけだが、実を言うと、この、最後の森本とフレイのタッグは、付け焼き刃の設定にしては、それなりに意味があってよかったのではと思わないこともない。お互い嫌っていると思われていた者同士が、今度はチームとして同じ立場に立つというのは、なんか、それまで異なるチームでライヴァル同士であったプロ・スポーツ選手が、トレードされて今度は同じチームで一緒にやるのを見ているみたいだった。たとえ一匹狼であろうとも、必要となれば、一緒に働いてお互いに補佐しあったり、あるいは技術を盗んだりすることも必要になるだろう。基本的に、プロフェッショナルというものはそういうものだ。


話は変わるが、多少編集は施しているが、「アイアン・シェフ」同様オリジナルをそのまま放送してアメリカで人気のある日本製の番組として、スパイクTVが放送している「風雲! たけし城」こと「モスト・エキストリーム・エリミネーション・チャレンジ (MXC)」がある。この番組、映像はオリジナルをそのまま使用しているが、徹底的にアドリブめいた独自の吹き替えを施されているのが特徴で、セリフにはほとんど意味がない。その「MXC」、現在、かなりカルト的人気を博しているのだが、これまた「料理の鉄人」同様、日本では番組は既に放送終了済みだ。


そこで「MXC」も、「アイアン・シェフ・アメリカ」とほとんど時を同じくして、アメリカ版が製作された。アメリカでは、特にティーンエイジャーにとってはほとんど神様的存在である、元スケート・ボードのチャンピオン、トニー・ホウクがホストとして起用され、さらに彼自身が、「MXC」で最も人気ある競技の一つ、ローラーゲームに挑戦するというおまけまでついた。


にもかかわらず、やはりこのアメリカ版「MXC」も、「アメリカ」同様、成功したとは言い難かった。「アメリカ」に輪をかけて失敗してしまったと言っていいだろう。結局、リアリティ・ショウにはリメイクがつきもので、そのリメイクに関しては様々なマイナー・チェンジが避けがたいとはいえ、その道筋で、いつの間にかオリジナルが人気番組となった、その最大の理由であるはずの何かが捻じ曲げられ、消え去ってしまう場合が往々にしてあるのだ。特に文化圏の違う日本の番組をお手本としてアメリカでリメイクする場合、ことはそう簡単には運ばないようだ。





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Iron Chef America

アイアン・シェフ・アメリカ   ★★1/2

 
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