Insomnia

インソムニア  (2002年6月)

昨年「メメント」で上半期の話題を独占したクリストファー・ノーランの新作ミステリ・ドラマである。「メメント」以前はノーランの名前なぞ聞いたこともなかったのに、たった1本ヒット作を撮ることができれば、次からはもう金をふんだんに使ってハリウッドの有名スターを使い放題というのがいかにもハリウッドらしい。とにかくハリウッドが求めているのが新しい才能であるというのがよくわかる。


LAの著名な刑事ウィル・ドーマー (アル・パチーノ) と相棒のハップ・エックハート (マーティン・ドノヴァン) は、アラスカで起きた女子高生殺人事件の助っ人として協力を要請される。地元の警察では、ドーマーの著書を読んでドーマーを師と仰いでいた新米女性刑事のエリー (ヒラリー・スワンク) が彼らを迎え、白夜で夜も日の沈まないという環境で、ドーマーは眠れない状態のまま捜査を進める。山小屋から被害者のデイ・パックが発見され、ドーマーらは犯人を罠にかけおびき出すが、深い霧に包まれた状況で犯人を逃がしてしまったばかりか、ドーマーは間違ってエックハートを撃って死なせてしまう。しかも犯人のウォルター・フィンチ (ロビン・ウィリアムス) はドーマーがエックハートを撃ったシーンを目撃しており、ドーマーに取り引きをしないかと持ちかける‥‥


それにしても「メメント」で扱った題材が記憶喪失、今回が不眠症と、ノーランはとにかく頭の機能不全にいたく興味を持っている監督であるようだ。因みに「インソムニア」は97年度製作のノルウェイ産の同名タイトルのリメイクである。オリジナルを見たわけではないからどこまでオリジナルそっくりなのかわからないが、脚本にオリジナルの「インソムニア」の脚本/監督のエリック・スコヨルドバーグの名がそのままクレジットされているため、少なくともある程度までは似たような作品であるのは間違いなさそうだ。白夜がストーリーに絡んでくるのがいかにもノルウェイ産のミステリ作品という感じがするが、ハリウッド版ではそれがアラスカになった。


善人役といえば誰でもすぐに思い浮かべるだろうロビン・ウィリアムスが、ここでは殺人犯を演じている。最近マンネリ化した善人ぶりが誰からも飽きられ始め、どんな役をやっても貶されるのが免れ得なくなったため、その殻を打ち破る必要が出てきたのだろう。「インソムニア」だけでなく、このあいだ公開された「デス・トゥ・スムーチィ (Death to Smoochy)」でも、もうすぐ公開される「ワン・アワー・フォト (One Hour Photo)」でも悪役を演じている。ウィリアムスはそれがなかなか話題となっているのだが、実は私はそれよりも、モラル的に揺れる役を演じるアル・パチーノの方が意外だった。


パチーノはこれまでに悪役、というか、悪いことをやる役も結構こなしているが、それらはほとんどすべて確信犯であり、悪いことをしていると知っててそれをやっていた。「ゴッドファーザー」では最初は悩んだかもしれないが、いったん走り出してからは後ろを振り返ることなぞなかった。しかし今回は、基本的に悪を取り締まる立場にいるくせに、パートナーを誤射してしまい、しかもそれを隠そうとして仲間には秘密で殺人犯と取り引きをするという、これまでのパチーノにはおよそ似付かわしくない、優柔不断な役柄である。こういうパチーノを見るのは初めてだ。彼も歳をとったんだなあという気がしてしまった。彼が眩暈を起こして視界や頭がぐらついてしまうのは、不眠症のためだけではなく、彼の内部のモラルのぐらつき具合とも大きく関係している。


ノーランがやりたかったことは、そういう、不眠症に悩まされ (彼は5日間も不眠不休で捜査に当たるのだ)、モラルの板挟みになったパチーノが、最後は頭がふらふらになって何が現実で何が夢か、今自分が経験しているのは夢かうつつかわからない、というような、現実と非現実の境界を彷徨う様を描くというところにあったのだろう。「メメント」も結局はそういう話だった。ノーランにとって、何がリアルで、何がリアルでないかという問題は、最大の命題であるようだ。最後の方でパチーノが車を運転しながらどんどん視界がぼやけて周りの世界が揺れてくる辺りは、スクリーンを見ていてこちらの脳みそまでぐらぐらしてきてしまった。


パチーノに撃たれて殺されるマーティン・ドノヴァンは、最近特に中年男の嫌らしさを出すのがうまくなった。「華麗なるギャツビー」「エイミーとイザベル」等のTV映画から、短命に終わったTVシリーズの「パサディナ」まで、昨年最も印象に残った俳優の一人である。ハル・ハートリー時代からは大分印象が変わった。最後に一応見せ場はあるもののそれほど出番があるわけではないヒラリー・スワンクは、最も貧乏くじを引いていると言える。多分今最も注目されている監督の新作ということと、パチーノとの共演ということで、出番の多寡は度外視したんだろう。「ER」に出演しているモーラ・ティアニーもホテルのレセプショニスト役で出ている。因みにこの作品、製作総指揮はジョージ・クルーニーとスティーヴン・ソダーバーグが名を連ねている。この二人、本当にウマが合うようだ。


あの「メメント」の監督の新作ということで大分話題性は高かったのだが、「メメント」ほど面白いかというと、ちょっと疑問である。まず第一にタイトルにもなっている不眠症だが、別に「メメント」を知らなくてこの映画だけを見たらまったく気にならないだろうが、「メメント」を見た後だと、今度は不眠症というプロットを利用してどんな風にあっと言わせてくれるのだろうかと、嫌が上にも期待してしまう。その期待値が高すぎるので、不眠症自体は最後の方まであまりストーリーには絡んで来ない展開に、どうしても「インソムニア」に対しては点が辛くなってしまう。デビュー作の「フォロウイング」が時間が何度も前後し、「メメント」でも時間軸が交錯するというところに面白味があったところを見ると、今回は頭の機能障害には関係しても、時間軸が絡まなかったところが今一つ盛り上がらなかった理由か。しかし、これまでと違うタイプの役を演じているパチーノやウィリアムスなど、見どころはないではない。多分ノーランの評価は次回作で決まるのではないかという気がする。だがしかし、ノーランの次回作はジム・キャリーを主人公に起用したハワード・ヒューズのドキュドラマだそうで、これは大丈夫かいなとちと不安にならないでもない。まあ、お手並み拝見というところか。







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