Incendies


インセンディーズ (灼熱の魂)  (2011年7月)

カナダ在住のジャンヌとシモーンの双子の姉弟は、死去した母ナワルの遺言を聞く。二人は弁護士から2通の封書を手渡され、それぞれを彼らの父と兄に渡すように求められる。ジャンヌとシモーンはこれまで中東出身のナワル一人の手によって育てられ、父は死んだと聞かされ、兄がいたことなどまるで知らなかった。今さらこんなバカなことできるかと突っぱねるシモーンに対し、ジャンヌは母の遺言を聞き入れ、一人中東に旅立つ。母の人生をなぞって旅するうちに、ジャンヌはこれまで想像すらしたこともなかった、母の波乱に満ちた半生を知るのだった‥‥


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この映画のことについては、ほとんど事前に知識がなかった。先週先々週とインディ系の映画をかける劇場に連続で足を運んだら、4つある小屋の一つで、人知れず、というか、しかしずっとかかり続けていたのが、この「インセンディーズ」だ。


一番奥の小屋で上映されていたからか、先々週見た「ミークズ・カットオフ (Meek’s Cutoff)」と同等くらい人気がないという印象しか持ってなかったのだが、その「ミークズ・カットオフ」が既に上映ラインナップから消えても、こちらはじりじりと上映され続けている。


単純に、私がこの作品に注意を払っていなかったのは、たぶんフランス語と思われる「Incendies」という単語の意味を知らず、さらにポスターを見ても、どこかの砂漠のような場所を背景に一人佇む女性という構図から、内容を類推することが難しかったからだ。要するに見たいと思わなかったのではなく、あまりにも中身を知らないから、見たいとも見たくないとも思わなかったというのが真相だ。


ところが先週、ウディ・アレンの「ミッドナイト・イン・パリス (Midnight in Paris)」を見た時、切符売り場に並んだ私のたまたま目の前に「インセンディーズ」のポスターがあり、これまでは遠目で見えなかったコピーや推薦文や惹起文を何気につらつらと読んでいたら、なにやらこの映画、ギリシア悲劇を彷彿とさせる一大絵巻、みたいに言われている。さらに「インセンディーズ」は、今年のアカデミー賞の外国語映画賞にノミネートされていたことも知った。


アカデミー賞外国語映画賞! 昨年、「白いリボン (The White Ribbon)」「ア・プロフェット (A Prophet)」、「瞳の奥の秘密 (The Secret in Their Eyes)」と、賞にノミネートされた作品を続け様に見てノックアウトされ、アカデミー賞の外国語映画賞はすごいじゃないかと自分であれだけ言っておきながら、今年はまったく注意を払っていなかった。


で、チェックしてみると、今年受賞したのはスザンネ・ビエールの「未来を生きる君たちへ (In a Better World)」で、他のノミネート作品には「インセンディーズ」の他に、アレハンドロ・ゴンザレス・イナリツの「ビューティフル (Biutiful)」、ジョルゴス・ランシモフの「ドッグトゥース (Dogtooth)」、ラシッド・ブシャールの「アウトサイド・ザ・ロウ (Outside the Law)」がある。


「ビューティフル」だけは既に見逃していたのは気づいていたが、改めてチェックしてみると、「インセンディーズ」を含め、他の作品もやはり皆それぞれ面白そうだ。これらの作品はこれから公開されるのだろうかと思いつつ、ではまずは「インセンディーズ」から、と三度同じ劇場に足を運ぶ。


カナダに住むジャンヌとシモーンの双子の姉弟の母ナワルが死ぬ。遺言によって、二人は初めてこれまで死んだものとばかり思っていた父が地球上のどこかに存命しているだけでなく、その存在すら知らなかった兄がいることを知る。ナワルは二人に対し、父と兄を探し出し、それぞれに手渡すよう、二通の封書を弁護士に託していた。


そんなバカげたことと突っぱねるシモーンに対し、ジャンヌは母の最期の願いをきき遂げるべく、ナワルの出身地である中東に旅立つ。そこでジャンヌが初めて知った母の生い立ちは、ジャンヌが露ほども予想していなかった想像を絶するものだった‥‥


出だしはミステリー。そしてそのミステリーがジャンヌの中東行と共に徐々に解き明かされていくのだが、段々とあらわになる母の経歴は、とてもじゃないが普通の人間では正気を保っていられるわけがないと思われる驚愕の事実が、連続して明らかになる。


後半になるとその重さは、ほとんど人間一人が背負うのは無理でしょうという展開になる。ナワルはプールで泳いでいる最中に倒れ、ほとんどそのまま帰らぬ人となるが、その理由がわかるクライマックスの衝撃は、なるほど、これがギリシア悲劇かと思わされる。


しかしこんな映画、肉食じゃないと絶対撮れない。「白いリボン」も「ア・プロフェット」も「瞳の奥の秘密」も、皆、肉食の人間の撮った作品だなあと思わされたが、それでも、野菜食ってても撮れないこともないだろうという気もする。しかし「インセンディーズ」の場合は、本当に毎日肉食っている者の発想という気が濃厚にする。野菜食ってるだけでは、こういうこと毎日考えていたら押し潰されてしまいそうだ。


因みにこの作品、舞台作品の映像化だそうで、ベイルート生まれで現カナダ在住の劇作家ワジディ・ムアワッドの「浜辺」、「火事」、「森」、「空」と続く「約束の地」四部作の第2作目に当たる。それをデニ・ヴィルヌーヴが脚色演出しているが、しかし、これを舞台で見るのって、いったいどういう体験になるのか想像もつかない。これ、演じるの? 生身の観客の前で? という感じだ。ところが既に日本でも上演済みだそうだ。人入ったんだろうか。それともやはり舞台と映画では多少のニュアンスは違うのだろうか。もしかしたら舞台では、こういうリアルな怖さではなく、本当にギリシア悲劇みたいな舞台作品になっているのかもしれない。


因みに上述のように、タイトルの「Incendies」とは、フランス語で炎、火事を意味している。調べてみたついでに知ったのだが、火ってフランス語では男性名詞なんだな。納得できるようなできないような。ナワルは女性なんだし。


この作品、傑作だが、しかし後味がいいかというと、まったくそんなことはない。実はこの悲劇の連鎖は、もしかしたらジャンヌとシモーンにも既に受け継がれているのではとすら思えるふしがある。出口のない悲劇。正直言ってまた見たいとは思わない。上映が終わると、場内の人々がゆるゆると立ち上がって何人もが「Exhausted… (どっと疲れた)」と言いながら出ていった。まさしくそんな気分になる。








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