1994年、ルワンダの部族間による内紛は凄惨を極めていた。4つ星ホテルで働くポール (ドン・チードル) は、日頃から軍部高官に賄賂を贈り、UNの代表から情報収集を欠かさず、大事に備えていた。内紛を抑えきれないと見たUNのPKOは撤退を決め、全白人がルワンダからの退避を勧告される。しかしそれにはルワンダ人のポールやその妻タチアナ (ソフィ・オコネド) と家族や親戚、そしてホテルの従業員たちは含まれていなかった。白人マネージャーは全権をポールに譲って去り、ポールは寄る辺ない人々をホテルに受け入れるが、内紛の戦火はホテルにも飛び火しようとしていた‥‥


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「ホテル・ルワンダ」は、1994年に実際に起きたルワンダの部族間闘争に端を発する大量虐殺事件を基にしたドキュドラマである。その時、高級ホテル、ミル・コリーヌで副支配人として働いていたポールは、フツ族に襲われ、命からがら逃げ出した1,000人あまりのツチ族をホテルに匿い、安全なところへ脱出させることに成功する。映画はそのポールのヒロイックな行動を描く。


1,000人もの人々の命を助けた男を描くドキュドラマということで、ふーん、90年代にはアフリカではそういうことがあったのか、ま、お隣りのウガンダにはアミンという恐ろしい奴がいたからな、なんて単純に思っていたのだが、実はこの部族闘争、根が深い。国民の85%を占める多数民族でありながら、長年ルワンダを統治していたベルギーの方針により顧みられなかったフツ族の恨み辛みは骨髄まで達していた。燻っていた導火線に火がつくと、これまではけ口を求めていた鬱憤が一斉に噴出、たった3か月で全ツチ族の75%、80万人とも100万人とも言われる人間が虐殺されてしまう。


調べていて、おいおい待てよ、と思わざるを得ない。10年前とはいえ、時は既に90年代中盤、そういう時代にそういう大虐殺がまだこの地球のどこかで起こっていた話なんて聞いたことがない。「ブラックホーク・ダウン」で描かれた米軍のソマリア侵攻もほとんど同時期なのだが、世界中に報道され、社会問題になったその時の死者が約1,000人、これでほとんど米軍は鬼畜のように思われたのに、その1,000倍の人間がたった3か月間で死んでいるというのに、そんな事件があったことなんて私はまったく知らなかった。


インターネットが世界中に爆発的に普及するのは90年代も後半であり、90年代中盤というのは、大量虐殺といえども、世界の経済の中心から離れたところで起こる事件は目につきにくかったということはあるだろう。というか、端的によくも悪くもアメリカが介入しないと世界は目を向けにくい。アフリカ最奥部の小国であり、世界でも1、2を争う最貧国のルワンダは、ジャーナリズムからもほとんど忘れられた存在だった。


この殺戮、要するに近親憎悪なのだが、そのそもそもの要因となったのが、国民の大多数を占めるのに、事実上国を統治している白人のベルギー人によって顧みられなかったフツ族のツチ族に対する怨恨にある。結局そもそもの発端は白人の統治問題か。しかもベルギー人がツチ族を重用した理由は、その能力によるものではなく、比較的長身痩躯で肌の色が薄く、鼻が高かかったからという、あくまでも白人の視点から見た美意識の問題だったと来れば、これは当然遺恨が残るだろう。しかも映画の中でヴィデオグラファーに扮するホアキン・フェニックスがバーで隣りに座っている地元の女性に尋ねるように、そんなのあまりにも恣意的で、一見しただけでははっきり言ってフツかツチかなんてほとんどわからないのだ。こりゃどう考えたって、いつかは不満は爆発するよな。しかもその爆発に至るまでの期間が長かった分だけ、いったん弾けた感情は収まりようがなかった。誰にとっても不幸である。


そういう状況下で、4つ星ホテルの副支配人であるポールは、自分の家族だけでなく、ホテルの同僚や、ホテルにシェルターを求めにきた人々を見捨てることができず、軍部やUN、そして殺戮を繰り返すフツ族との間で薄氷を踏む思いで綱渡りのように退路を求めるのだ。ポールを演じるのが、これまではどちらかというとスティーヴン・ソダーバーグ作品によって飄々としたイメージの強かったドン・チードルで、シリアスな演技もできるところを見せており、根が優しそうなところがうまく役柄とはまり好演している。その妻タチアナに扮するソフィ・オコネドもいいできで、二人揃ってアカデミー賞ノミネートも頷ける。


その他、UNのPKO代表でありながら、力がなくポールらを退避させることができなくて地団駄を踏むオリヴァー大佐にニック・ノルティ、上述のホアキン・フェニックス、ノー・クレジットながらベルギーでホテル・チェーンの総裁として国に働きかけるという役どころでジャン・レノが出演している。これらの役者陣は、皆、演技というよりも本人の人柄みたいなところが色濃く出ており、たぶん演出のテリー・ジョージは最初からその辺を狙っていたんだろうが、その試みは充分成功していると言える。


映画では累々たる死体が道沿いに転がっているシーンが随所に挟まるのだが、実はそれだけ死体が目に入るのにもかかわらず、実際に人が殺されるシーンというのはほとんどない。銃器が暴動を起こした人々に行き渡っていたわけではないため、実はこれらの殺戮には刀や鉈等の刃のついた農器具が使用されたという、ほとんど大昔の一揆のようなロウ・テクで人が殺されている。言い換えれば、飛び道具に頼らなくても爆発するほど不満が充満していたことの裏返しである。


そういうシーンを描けば血みどろのエログロ、血が苦手な人なら貧血確実の大迫力シーンになったのは間違いないが、ジョージは意識的にそういうシーンを描くことを避けている。要するに描きたいことはそういう状況で一人の男がとった行動に過ぎず、あくまでそういった殺戮は背景に過ぎないということだからだろう。実際、そのおかげで作品は「ブラックホーク・ダウン」のような戦争ドラマでなく、「キリング・フィールド」のような政治ドラマですらなく、家族ドラマとしての体裁を色濃くまとうことになった。一方でまた登場人物に、即物的ではない、心理的に迫ってくる恐怖というのがより感じられるようになっている。


ルワンダで100万人が死んだ事件よりソマリアで1,000人が死んだ事件の方が大きく扱われ、記憶に残っているのは、そこにアメリカが携わっていたこと、要するに、そこに事件を記録して情報を世界に発信するジャーナリズムがあったことが大きい。だから北朝鮮でたぶん多くの人が餓死するほどの飢饉が起き、コンゴでこの数年間で同様に何百万人もの人間が死んでいるということが間接的に知らされても、それを実地に目で見て書き、記録した映像がないため、どうしてもそういった情報には実体が伴わない。


インターネットが普及していなかった当時のルワンダでは、ホテルに閉じ込められた人々は、自分たちの窮地を世界中に知らせるために、知っている限りの国外の人間に向かって電話をかけまくる。それがある程度奏功したからこそ九死に一生を得たわけだ。今ではインターネットがあるとはいっても、そういった国々ではネットにアクセスできない者の方が多いだろう。情報が公開されさえすれば、スマトラ沖地震のように、たとえ災害の規模は大きくても、間髪を入れずに援助の手を差し伸べようとする人々が現れる。しかし、そこに情報を発信する人間がいなければなんにもならない。現代では情報は力なのだ。






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Hotel Rwanda   ホテル・ルワンダ  (2005年2月)

 
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