High Life


ハイ・ライフ  (2019年4月)

冒頭、宇宙船の乗組員として登場するのは主人公のモンテに扮するパティンソンと、赤ん坊の女の子だけで、要するにある時からこの宇宙船で何か、仲間割れかエイリアンに襲われたか伝染病のようなものが起きて、他の乗組員が死亡したかいなくなったのだと知れる。話は時間を遡り、まだ宇宙船に乗組員がいた頃からを描き出す。 

 

この宇宙船はどうやらブラック・ホールを目指しているようで、人の生殖活動を研究しているディブス女医がリーダーシップをとっていた。とはいえ船長は別にいるだけでなく、船長を含め、乗組員は全員なんらかの罪を犯して地上では死刑もしくは終身刑を宣告された犯罪者だった。そのまま地上で死を待つよりはと、志願して船に乗り込んでいた。 

 

ディブスは宇宙空間で人工授精により子供を得る研究を進めていた。しかしこれまでのところ成果は思わしくなく、生命は誕生しない。最終的に受胎に成功するのは、麻酔で寝ているモンテに強制的に刺激を与えてレイプして射精させたディブスが、その精液をボイジーの子宮に挿入するという二度手間三度手間を経てからのことで、子孫の誕生は人類の存続に直結する大事とはいえ、またえらく手間ひまがかかる。 

 

意識のない男に跨がり、射精させて精液だけ頂くという設定で思い出すのは、「ガープの世界 (The World According to Garp)」だ。グレン・クロースはこうやってガープを身ごもった。「ハイ・ライフ」ではそうやって得た精液をさらに他人の子宮に挿入する。「ガープの世界」ですら面倒くさいことするなと思ったが、近未来のそれも宇宙では、身ごもるためには手段を選んではいられないらしい。 

 

ところで、アメリカは現在保守化の傾向を強めているが、先頃、アラバマ州でもし受胎が確認された場合、それがたとえレイプの結果だろうと近親相姦のような望まれない妊娠だろうと、中絶は違法という法律が可決した。女性の人権をとるかまだ生まれていない胎児の人権をとるかという争いは、たぶん最高裁まで縺れるのでは、その場合、現在保守派が多数を占める最高裁で、これまでの判例を覆して中絶は違法とする可能性はすこぶる高い。 

 

映画では、レイプして得た精子を人工授精した子が誕生する。それが冒頭にモンテと一緒に登場する娘のウィロウだ。果たしてウィロウが生まれてきたことで、何が変わり、何が変わらなかったか。ウィロウが生まれたことは是だったか否だったか。私個人の意見では、その判断を下せるのはウィロウ自身だけであるが、その判断を下せるのがウィロウ自身だというのは、ウィロウが生まれてくることを前提としており、それではウィロウが自分は生まれてきたくなかったといっても、すべては後の祭りだ。 

 

しかもそうやって生まれてきたガープ=ロビン・ウィリアムズが自殺し、映画ではウィロウにもほとんど未来がない。やっぱ合意なき受胎にはあまりいい未来は約束されていないような気がする。今後このテーマを描く時は、この辺りの問題をどう描くかが課題だ。 

 

実はイメージとして最も印象に残ったのは、モンテに扮する主演のパティンソンでもビノシュの裸でもセクシュアルなシーンでも角ばった斬新なデザインの宇宙船でもなく、連続して死んでいく乗組員たちの遺体を処理するために、モンテが遺体を船外に放出するというシーンだったりする。宇宙服を装着させられた死亡した乗組員たちは、モンテによって次々に船外に放出されるのだが、それが、宇宙空間だというのにドアから外部の下に落ちていく。 

 

ちょっとこれはあんまりだと思った。宇宙だ。重力ゼロの世界だ。船外に投げ出されたものは、そのまま宇宙空間を浮かびながら漂っていかなければならない。それが、ただ下に落ちていく。後ろに全天で輝いているはずの星もまったく見えない。この後のシーンで、放出された乗組員の遺体が空を漂っているというシーンはあるから、この船外放出のシーンだけ、脚本に含まれていなかったことに後で気づいて、限られた予算の中で撮り直したのかもしれない。


あまりのことに、本格ミステリずれしている私は、これはトリックか引っ掛けかなんかかと気になってしまう。実はこれはすべて地上で起きていたことっていうオチはないよな? 結局この疑問は解明されないまま取り残されてしまい、おかげでいきなり違和感全開となったこのシーンが、最も印象に残ってしまった。 










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近未来、人類の生殖活動の仕組みを知るために、医師のディブス (ジュリエット・ビノシュ) を中心とした宇宙船乗組員が、彼方のブラック・ホールを目指して旅を続けていた。乗組員は全員重罪を犯した犯罪者で、刑務所で一生を終えるよりはと、実験に参加していた。ディブスは、薬を与えられて眠っているモンテ (ロバート・パティンソン) と性交することによって精子を手に入れ、それをボイジー (ミア・ゴス) に受精させることによって妊娠させることに成功する。一方で仲間割れや病気、自殺や諸所の理由で、一人また一人と乗組員が減っていく‥‥ 


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