Hell or High Water


最後の追跡 (ヘル・オア・ハイ・ウォーター)  (2016年9月)

ショックな体験をしてしまった。近くで「ヘル・オア・ハイ・ウォーター」を上映している劇場がないため、普段は行かない劇場までちょっと遠出した。チケットを買って場内に入りながら、ふうん8ドルか、遠くまで来るとさすがに安いなと思いながら目指す小屋に入ろうとして、ふとチケットに目を落として、そこにシニアと書かれているのを見て愕然とした。


単純に「ヘル・オア・ハイ・ウォーター」一枚、と言ってチケットを買っている。わざわざ割り引きの利くシニアを一枚なんて言ってないし、IDを見せろとも訊かれていない。それなのに渡されたチケットにはシニアとはっきりと印刷されている。最近頭に白いものが増えてきたとは思っていたが、客観的にその証拠を目の前に突きつけられたような気分だ。


一方、別の視点で見ると、ただ歳をとっただけで物事が安く上がるってのは悪くない。女房に、実は今日、シニアに間違えられたんだという話をすると、彼女は面白がって職場で話題にしたらしい。すると同僚の、同年代の白人の夫は、まだそういう年齢に達してもないのに、シニアといってチケットを買うという話を仕入れてきた。


うーむ、外見より身をとるというアメリカ人は結構いるが、そういう金の節約の仕方もあったか。しかし、あれってID見せろって訊かれないのかね、そもそも、それでは身分詐称で犯罪にならないかと疑問を呈すと、さあ、そこまで詳しくは私も訊かなかったとのこと。そういう人って面の顔厚いから、ID忘れたで通すんだろう。


いずれにしても「ヘル・オア・ハイ・ウォーター」、中に入って周りを見渡すと、えらく観客の平均年齢が高い。一見したところ私より下の年齢の客がいない。だからこそチケット売り場のねーちゃんも、私に確認すらせずシニアのチケットを売ったんだな。


どうやらこの映画、南部が舞台のアクション・ドラマというよりは、主人公のジェフ・ブリッジス目当てのシニア・ドラマという位置付けで見に来ている者が多いようだ。私が見た評の一つでは、コーエン兄弟の「ノー・カントリー (No Country for Old Men)」を彷彿とさせる、みたいなことが書かれていたので、おお、そうか、だったら、と思ってわざわざこんな遠くまで足を運んできたわけだが、そうでもないのか。


とまあ、なんかしっくり来ない気分で見始める。冒頭、タナーとトビーの兄弟が銀行を襲う。彼らの乗るクルマを追うものだと思っていたら、建物の傍でタバコを吸っている女性に興味が移り、あれ、このカメラ、どっちを追ってんだろうと思ったらまたクルマが視界に入ってくるかなり移動するワン・シーン・ワン・ショットは、それだけでもうぞくぞくもので、どちらかというと、コーエン兄弟というよりもゴダールとかヌーヴェル・ヴァーグという感じだ。


コーエン兄弟が細部まで詰めて、練って練って完璧なフレームと演出でテンションを高めるのに対し、「ハイ・ウォーター」は、むろん念入りに事前に打ち合わせてはいるだろうが、最後の最後、本番は出たとこ勝負、いったんカメラが回り出したら止まらない、みたいな雰囲気が濃厚に漂っている。いったんフレーム・アウトしたクルマが、同じショットの中で違った角度からまたフレーム・インしてくる。実はワン・シーン・ワン・ショットの長回しはこの冒頭のシーンだけなんだが、なんでこれだけでこんなにざわざわするかなと思いつつも、いずれにしても、やっぱりこいつは面白い。


タナーとトビーの兄弟は、考えるより先に手が出るタイプのタナーに対し、トビーは黙考型で、考えて行動に移す。二人はたぶん下見に来た銀行の手前のダイナーで食事していたが、なぜだかそういう流れになって、タナーは一人で勢いに乗って後先考えずに銀行を襲ってしまう。ダイナーのウエイトレスも客も、もちろんしっかりと兄弟の顔を覚えていた。


その後もほとんど無計画な兄弟の乱行は続き、押し入った銀行で初めて、予想したより大きくて、客も従業員も警備員も多いことに気づく。こんなのどう見ても二人じゃ手に負えないだろ、どうするつもりなんだまったく。しかし既に覆面して手に銃を持っている。今さら間違いでしたと引き返すわけにもいかず、案の定の銃撃戦だ。


しかも外で銃を持って待ち構えていたのは警察ではなく、銀行内にいた客がテキストで連絡した家族たちで、それぞれが自分たちの家族を守るために手に手に銃を持って集まっていた。日本じゃあり得ない話だ。


兄のタナーに扮するのがベン・フォスター、弟トビーに扮するのがクリス・パインだ。フォスターは「X-メン: ファイナル・ディシジョン (X-Men: The Last Stand)」の時はセンシティヴな青年みたいな感じだったのに、「メカニック (The Mechanic)」辺りからどんどんやさぐれてきて、今ではこういう不良兄貴みたいな役が定番になりつつある。しかし、やっぱりぐれようが兄弟がいようが芯は一人ぽっちという根っこのところの印象は変わらない。


パインはつい先頃「スター・トレック: BEYOND (Star Trek: Beyond)」で若い指揮官ってのが板についてきた感じだなと思っていたが、こういうワルっぽい役もやる。引退間近のシェリフ役のジェフ・ブリッジスは、「トゥルー・グリット (True Grit)」の老ガンマンを思い出させ、これも「ヘル・オア・ハイ・ウォーター」がコーエン兄弟作品を人に思い出させる理由の一つになっていると思う。「ノー・カントリー」か「ヘル・オア・ハイ・ウォーター」と訊かれれば、「ノー・カントリー」の方が完成度は高いだろうと思うが、しかし演出のデイヴィッド・マッケンジー、なかなかやる。


と思ってふと経歴を見てみると、マッケンジーは英国人だ。さらに「猟人日記 (Young Adam)」の監督でもあったことを知って驚く。近年、アメリカでこういう骨太なアクションを撮る者というと、「ボーダーライン (Sicario)」のドウニ・ヴィルヌーヴ、「トリプル・ナイン (Triple 9)」のジョン・ヒルコート等がすぐに思い浮かぶが、ヴィルヌーヴはカナダ人、ヒルコートはオーストラリア人だ。アメリカを舞台に撮っていて、アメリカ人監督はどうも分が悪い。これはやはりコーエン兄弟やリドリー・スコットあたりに頑張ってもらわないと。









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タナー (ベン・フォスター) とトビー (クリス・パイン) の兄弟は、金に困り、中南部で銀行強盗を繰り返していた。特に直情径行型のタナーはいったん動き出すと後先顧みず銀行を襲撃しようとするため、かなり危ない橋を渡っていた。一方、定年間近のシェリフ、マーカス (ジェフ・ブリッジス) は、彼らの行動パターンを考え、相棒のアルベルト (ギル・バーミンガム) と共に張り込みを開始する‥‥


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