Haywire


エージェント・マロリー (ヘイワイヤ)  (2012年2月)

マロリー (ジーナ・カラノ) は腕の立つフリーランスの工作員で、ハンドラーのケネス (ユワン・マグレガー) からの指示を受けて、政府が直接には手を出したくない仕事を請け負っていた。バルセロナで無事仕事をやり遂げたマロリーに、すぐ次の仕事の指示が下りる。簡単な仕事ということで引き受けたマロリーだが、実はこの仕事は罠で、裏でマロリーを亡き者にしようという画策が絡んでいた。すんでのところで難を逃れたマロリーは、誰が、何のために自分を殺そうとしているのかを突き止めるために行動を起こす‥‥


___________________________________________________________

まず邦題が決まっているならと調べようとして、allcinemaで「Haywire」と入れて検索してみたら、「箱入り亭主 (Hotel Haywire)」というタイトルがいきなり出てきたのでびっくりした。いくらなんでもこれが「Haywire」の邦題ということはないだろう。頭の中がアクション映画「ヘイワイヤ」となっている時に、いきなり「箱入り亭主」というタイトルが出てきたら、思考停止に陥ってしまう。第一、「Haywire」というタイトルの同名異作が過去に既にあったはずだ。それらの邦題もないのか。「ヘイワイヤ」も「へいわいや」で変換しようとしたら「平和いや」になって思わずどきりとさせられるし、なんか、困ったタイトルだ。


この映画、売りはとにかく主人公マロリーに扮するジーナ・カラノの生身のアクション・シーンにある。予告編を見てもとにかくカラノのアクションがメインであることがよくわかる。男性のアクション・スターはほとんどのアクション・スターをスタントなしで自分でこなす者の方が多い。むろん命に関わるような危険なシーンとかは、万が一のことがあるとスタジオも困るから、役者がやりたいと言ってもプロデューサーがうんと言わない場合もある。とはいえ、自分でアクションもこなすからこそのアクション・スターという点は大前提だ。


一方、女性でアクションもこなすスターというのは、えてしてかなりの部分をスタント・ウーマンがカヴァーしている。アンジェリーナ・ジョリーもケイト・ベッキンセイルもアクション・スターとしても活躍しているわけだが、彼女らは多くの場合、決めのポーズあってこそのアクション・スターであり、実際にアクションをこなせるかはかなり疑わしい。否、たぶん無理だろう。そこを編集やら演出やらスタントやらでうまくごまかして凌ぐ。


とはいえ、「アンダーワールド (Underworld)」シリーズのベッキンセイルの型は、やはり絵になっていると思うし、先頃のアカデミー賞の授賞式のプレゼンターとして登場し、ドレスから右足をひけらかしてポーズをとったジョリーの真似が翌日至るところで流行ったのは、やはりポーズが決まっていたからだ。ここぞという場面で魅せることができれば、多少の難など編集でどうにかなる。つまり、まず顔、スタイル、演技があって、実際の運動神経のよさはその後に来る。


しかし、実際に運動神経がよく、スポーツ万能の人間が、顔、スタイルもよく、演技もできたら鬼に金棒ではないか。編集になぞ頼らない生身のアクションを見目麗しい美女が開陳してくれたら。その発想によってできたに違いない作品が、「ヘイワイヤ」だ。


主人公マロリーに扮するジーナ・カラノは、実は私はこの辺にはまったく疎いので知らなかったのだが、女子MMA (Mixed Martial Arts: 総合格闘技) ファイターで、かなり強いらしい。正直に言うと私は、アメリカ版「SASUKE」こと「ニンジャ・ウォリアー (Ninja Warrior)」の初期の頃に出てきて何度か「SASUKE」を収録している東京にも行ったことがあるルーシー・ロンバーグかなと一瞬思った。顔よりも全体の印象、特にきびきびした動きだ。よく見るとカラノの方が一回りほど身体が大きいが、それでも肉のつき方やバランスなんかはかなり似ていると思う。


カラノはMMAスターとして君臨する前は、NBCが少しの間放送していた「アメリカン・グラディエイターズ (American Gladiators)」に、参加者を妨害するグラディエイターズの一人クラッシュとしても出演していたそうだ。そうだったかと思って過去に自分が書いた記事の写真を見ると、確かに前列右から二人目はカラノっぽい。検索して大きな写真を見たら、確かにカラノだった。グラディエイターだったのか。


さらに最近、たまたまスパイクTVで放送の始まったMMAニューズ・マガジンの「MMAアンセンサード・ライヴ (MMA Uncensored Live)」を見ていたら、そこでカラノが大きく採り上げられていた。ただし誉められていたわけではなく、その逆で、なんでも相手に1ラウンドTKO負けを喫したとかで、格闘技は見場じゃないんだ、なんてわりときつく言われていた。それでも充分強いと思うのだが、美人は風当たりも強い。世界一強くてアカデミー賞もとれるくらいじゃないと、文句言われちゃうんだろう。


さて、映画は冒頭、ニューヨークのアップステイトのコーヒー・ショップで束の間の休息を得ようとするマロリーに、追っ手のアーロン (チャニング・テイタム) が近づいてくるというシーンで幕を開ける。いきなりコーヒー・ショップ内で死闘が始まり、他の客は当然目を白黒させる。なんの説明もなく、いったい、誰が敵で誰が味方かまったく判然としないままの殺し合いはなかなかエキサイティングで、実はコーヒー・ショップの客や従業員も敵の刺客かもしれないし、あるいは見方かもしれない。マロリーはなんとか急場を凌ぎ、居合わせた客の一人のスコットに銃を突きつけてクルマを運転させ、その場を去る。


いったいマロリーが何者で、なぜ追われているのかという説明は、そこで彼女の口から、運転しているスコットに向けて発せられるが、正直言ってその展開は苦しいと言わざるを得ない。まず、誰にも頼らず、特に男には頼らないことによって一線での仕事を維持しているに違いないマロリーが、怪我したからといって、手近にいる男にクルマを運転させて逃げるという展開が腑に落ちない。ここは歯を食いしばってでも一人で逃げる方が彼女に合っている。


さらに、マロリーの仕事の内容を説明する口実として、スコットに、逐一トップ・シークレットのはずの仕事の中身をぼろぼろ漏らすか、普通。口の固さも一流であることの要因じゃないのか。スコットに話をして秘密を共有することが自分の身の安全を守る保険になるという考えなら、最初からそういう事実を記した文書なりフィルムなり証拠品なりをどこかに隠しておくだろう。それをしないで一般人に秘密をべらべらしゃべる者を、一流の工作員とは断じ難い。


たぶん、作り手の発想としては、冒頭で、平和な雪に埋もれた田舎町のコーヒー・ショップで、なんの前触れもなくいきなり死闘が始まるという、それをどうしてもやりたいがために、こういう多少無理のある展開にせざるを得なかったのだと思う。確かにその意味では冒頭のアクション・シーンは印象に残る。


その後も、とにかくカラノを格好よく見せるためだけに話が展開し、実は確かにそれはそれで面白い。これだけ生身でアクションができる主演級の女優は、めったにお目にかかれない。しかもやっつける相手が、冒頭のチャニング・テイタムを筆頭に、マイケル・ファスベンダー、ユワン・マグレガー、アントニオ・バンデラスといった猛者たちだ。「G. I. ジョー (G. I. Joe)」が、「X-メン (X-Men)」のマグニトが、「スター・ウォーズ (Star Wars)」のジェダイ・マスターが、女性に手玉にとられる (というほど安々とやられるわけではないが) のだ。こういう逆転は快感だ。


こういう話だと当然黒幕は政界の大物ということになり、マイケル・ダグラスがそういう役に扮しているのを見ると、まるで「トラフィック (Traffic)」みたいだなと思っていて、上映が終わって最後のクレジットが流れ始めると、演出がスティーヴン・ソダーバーグだった。なんてこった。本当にソダーバーグだったのか。昨年「コンテイジョン (Contagion)」を見たばっかりなので、こんなに早く次作が公開されるとは思ってもいなかった。これまた予告編を見ただけで誰が作っているかは知らずに劇場に足を運んだので、虚をつかれた。なんというか、ソダーバーグって、時々こういう非常にミーハーというか、自分の趣味を前面に押し出して作品を撮る。楽しんで撮ったんだろうなと思う。








< previous                                      HOME

 
inserted by FC2 system