Happy End


ハッピー・エンド  (2018年8月)

正直に言ってしまうと、ミハエル・ハネケの新作「ハッピー・エンド」は、劇場で見たわけではない。公開したのは2月頃だったのだが、マンハッタンでの上映に留まり、いっかなニュージャージーまでやってこない。 

  

それでも、「白いリボン (The White Ribbon)」「愛 アムール (Amour)」もちゃんとニュージャージーで公開された時に見ているので、別に心配はしてなかった。そのうち来るだろうと楽観視していた。念のためにオフィシャルのサイトにアクセスしてみると、 ちゃんとニュージャージーでの上映予定館が記載されている。とりこぼしはないだろうと思っていた。 

  

ところが、それなのにサイトで発表されている公開予定日になっても、その映画館で「ハッピー・エンド」がかからない。不安になってきて映画館に直接「ハッピー・エンド」の上映予定を尋ねるメイルを書いたところ、上映予定はないという素っ気もない返事が帰ってきた。 

  

そりゃ、なんらかの理由で予定が変更になることはあるだろうが、しかしオフィシャル・サイトではいまだにいついつから公開予定と表示されたままだ。だったらサイトも更新して最新情報を載せろと思うが、一般市民が一人で憤っても詮ないことなのだった。ニュージャージーでハネケの5年振りの新作の公開を心待ちにしていたのは、別に私だけじゃないと思うのだが。 

  

いずれにしても時遅しで、ニュージャージーで公開の予定はないと知った時点では既にマンハッタンでの公開を終えていて、見る術がない。しまったと思った時は後の祭りだ。それで他に手段がないので、ヴィデオ・オン・デマンドまで降りてきたら、しょうがないからTVスクリーンでも構わないから見るかと思っていた。だいたい半年くらいだろう。既に5年待っている。あと半年くらい、あっという間に来る。 

 

それで先頃ふと「ハッピー・エンド」のことを思い出して検索してみたところ、ヴィデオ・オン・デマンドどころかペイTVのスターズで放送予定だった。かつてはだいたい有料のヴィデオ・オン・デマンドに降りてくるまで半年、ペイTVで見られるようになるのが1年後、ケーブル局や地上波はそれからさらに1年後、とだいたいのウィンドウが決まっていたが、近年はどうやらそのサイクルがさらに短くなっているようだ。 

 

いずれにしても、拙宅ではほぼ全部のペイTVに加入しているため、追加料金なくして「ハッピー・エンド」を見れる。TVとはいえカット、コマーシャルなしで見れるわけだから、ここは得したと思って見るっきゃないだろう。 

 

冒頭、一人の中年くらいの女性をスマート・フォンのカメラで撮っている映像が、わりと続く。その女性を嫌っているらしいテキストが被さり、続いて、飼っているハムスターに母の抗鬱薬を与えてみてその効果を確かめた後、病院でたぶんその女性が治療を受け、それを見守る少女エヴが後ろ姿を見せる。 

 

どうやらエヴは、母に薬を飲ませて病院送りにしたようだ。まだいたいけな少女がハムスターを殺し、母もなき者にしようとする。恐ろしい行為を淡々と実行に移すエヴも、淡々と演出するハネケも共にとても怖い。ハムスターが後ろ向きにひっくり返った時、本当に殺してないだろうなとぞぞっとした。小動物とはいえ、ハムスターは蚊や蝿とはまったく違う哺乳類だ。というか、1年半世話してきたペットを簡単に殺せるのか。 

 

狂言回し的な役割の少女エヴに扮するファンティーヌ・アルデュアンは、同い年くらいの時のエマ・ワトソンをちょっときつめにした感じの、いかにも将来美人になりそうなタイプ。先週見た「エイス・グレイド (Eighth Grade)」のケイラと較べ、エヴの闇の深さはどうだ。同年代とは到底思えない。


ジャン-ルイ・トランティニャンの役名が、「愛 アムール」と同じジョルジュであることにもどきりとさせられる。「愛 アムール」で認知になってどんどんあちら側に行ってしまう妻の世話をし続けたジョルジュが、「ハッピー・エンド」では自分自身がその認知に苦しめられる。ラスト近くのジョルジュの告白は、衰えていった妻に対する想いで、要するにこれは「愛 アムール」の続きではないか。彼はまだ苦しんでいる。厭世的になるのも当然だ。 

 

その「愛 アムール」でトランティニャンの娘を演じたハネケ組のイザベル・ユペールが、今回もまたトランティニャンの娘役だ。前回に続いて今回もどちらかというと後ろに控えているが、それでも本当は彼女自身自滅型のユペールは、前回も今回も事態を収拾できるわけではなく、どちらかというと傍観者に近い立場だ。 

 

登場人物が皆腹に一物持っているような中で、ただ一人だけ無関心というか無頓着に見えるのがトマの妻アナイス (ローラ・ファーリンデン) で、おかげで逆に印象に残った。たぶんトマはアナイスの鈍感なところを利用するために結婚したのではないかと思うが、でも、実は彼女はすべてを理解していて、わざとトマを好きなように遊ばせているという気もしないでもない。浮気して楽しんでいると思っているトマは、実は釈迦の掌の上でいい気になっているだけかもしれない。 

 

今回、もう記憶も朧ろになりつつある「愛 アムール」について自分で書いた項を読み返していて、「ハネケ作品はハッピー・エンドとは無縁だが」と書いてあるのを見つけて、自分でも苦笑した。確かに今でもハネケはハッピー・エンドとは無縁だが、しかし、撮った作品は「ハッピー・エンド」なのだった。 

 

最後、この世に未練はないジョルジュと、自分の興味しか持てないエヴは事件を起こして波紋を巻き起こす。トマの裏の世界を見ている我々は、彼が本気で助けようとしているのか疑問に思わざるを得ないし、アンヌも実は信頼に値するか微妙だ。唯一本気で人のためになりたいと考えていたピエールは、既に登場する時宜を間違え、退場した後という印象しかない。性悪説のハネケならではのひたすら後味の悪い幕切れで、こうやって人類は利己主義に淫した挙げ句自滅していくのかという暗澹たる思いと、自暴自棄的な薄ら寒い捨て鉢な快感を同時に味わわせられる。ハネケの人間性悪説は今でも健在で、我々を魅了する。 











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ロウ・ティーンのエヴ・ロラン (ファンティーヌ・アルデュアン) は母と二人暮らしをしているが、その母が倒れ、母の前夫で資産家の、カレーに住むトマ (マチュー・カソヴィッツ) の元に引き取られる。トマは医者で、再婚して幼い子供がいた。ロラン家は建設業で財を成したその地の名家だが、トマの父ジョルジュ (ジャン-ルイ・トランティニャン) は認知障害が始まっており、厭世的になっていた。家の事業は事実上娘のアンヌ (イザベル・ユペール) が切り回しており、ゆくゆくは事業を引き継がせたいと考えているアンヌの息子ピエール (フランツ・ロゴフスキ) は、しかし経営の才覚はなく、アル中の一歩手前で厄介者でしかなかった‥‥ 


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