Green Book

 

グリーンブック  (2018年12月)

さあ、年末だ、気分はミュージカルだ、音楽映画のシーズンだ、と思ってはみたものの、実は特に観たい作品がない。これは「セッション (Whiplash)」「ラ・ラ・ランド (La La Land)」のデミアン・チャゼルが、今年は「ファースト・マン (First Man)」なんてドラマを撮ってしまったがためかと思う。 

 

とはいうものの、音楽映画がないわけではない。というか、例年になくこの年末は音楽映画が多い。しかし十代の頃によくクイーンを聴いた身としては、フレディ・マーキュリーにレミ・マレックが扮した「ボヘミアン・ラプソディ (Bohemian Rhapsody)」を観に行く気になれない。いくらなんでも似てなさ過ぎる。 

 

むろん似ていればいいというものでもなく、例えばかつてヴァル・キルマーがドアーズのジム・モリソンに扮した「ドアーズ {The Doors)」では、長年のドアーズ・ファンだった知人の女性は、キルマーがモリソンに似過ぎてて、気持ち悪くて観る気がしないと言っていた。ファン心理は微妙だ。 

 

レディ・ガガとブラッドリー・クーパーの「スター誕生 (A Star Is Born)」は、予告編でガガが自分に自信がないんだと告白するシーンで、なんとなく萎えた。あれだけ常にいつも自信満々に見えるガガが、観る者に媚びるようなセリフを吐くと、逆に私としては冷める。いつだったか、CBSの「ザ・レイト・ショウ (The Late Show)」に出た時も、通っていたカソリックの学校で、好きなことばかりしていてシスターから目の敵にされていたが、常に成績がいいので向こうも強い態度には出られなかったというようなことをさも得意そうに喋っていたのを見たことがある。それが、人前で歌うことに自信がなくて、みんな私の容姿が嫌いなんだといじけてみせる予告編は、私には完全に逆効果だった。ついでに言うと、クーパーの南部訛りも鼻につく。 

 

「メリー・ポピンズ・リターンズ (Mary Poppins Returns)」も、なぜ今頃「メリー・ポピンズ」を復活させるのかよくわからず、というかジュリー・アンドリュウスで固まっているこちらのメリー・ポピンズのイメージにエミリー・ブラントのイメージがそぐわず、特には惹かれない。つまり、結局は「グリーンブック」以外選択肢はないのだった。 

 

「グリーンブック」は1960年代、黒人ジャズ・ピアニストとして斯界で認められながらも、まだ人種差別が根強く残る南部で、差別を受けながら、それでもツアーを続けたミュージシャンと、彼のドライヴァーとしてツアーに同行した白人男性との交流を描く、実話の映像化だ。 

 

当時、アメリカ南部ではまだ人種差別が続いていた。もちろん差別は現代でもまだ続いているが、それでも、たかだか半世紀前まで、黒人は白人と一緒のトイレに入ることを許されず、別々の水飲み場があり、バスの座る席が決まっていた。 

 

南部は人を手厚くもてなすサザン・ホスピタリティという言葉で知られているが、そのホスピタリティは、黒人の犠牲の上に成り立っていた。白人の命令で黒人が下働きするから、そういうもてなしができた。黒人がいなかったら、ホスピタリティも何もなかったろう。「それでも夜は明ける (12 Years a Slave)」のように、黒人をどこからかさらってきて奴隷にしたからこそ成り立っていたのが、南部の都市だった。 

 

映画の主人公である黒人のジャズ・ピアニストであるドン・シャーリーは、自分の音楽のルーツである南部をツアーする義務を感じていた。彼はグリーンブックと呼ばれる、南部で黒人でも宿泊できるホテルや黒人でも飲食できるレストランを紹介するガイドブックを片手に、南部を旅する。たかだか半世紀前、それを長いと感じるか短いと感じるかはともかく、それでも、たかだか半世紀前までこうも堂々と人種差別があったことに、驚きを感じる者が多いのではないか。 

 

私が小学生の頃、駐留していた黒人の兵士との間にできたに違いないハーフの同級生がいた。さすがに半分は肉食の血が入っているのも納得と思えるくらい活発、というかやんちゃなやつで、皆からカークルーというあだ名で呼ばれて親しまれていた。ちゃんとしたアメリカ名の名前があったはずだが、誰も知らなかった。実はこのカークルーという名は、名前がカークだからとかいうわけではない。顔黒い -- 顔クルー -- カークルーとなった。今なら、というか、当時だって本当ならアウトのネイミングだと思う。しかし私たちは特に気にしてなかったし、彼も気にしてなかった (と思う)。映画と同じ1960年代のことだ。たぶん南部の白人も、黒人が自分たちと同じレストランで食事することを拒否していながら、それが人種差別という意識は希薄だったのだと思う。何も考えてなかったのだ。 

 

そういう時代に、白人を相手に黒人音楽を聴かせるツアーを行う。黒人が白人にクルマを運転させて自分は後ろの席でふんぞり返っていると、毎日のように白人警官にクルマを止められたそうだ。映画で描かれていることは誇張でも何でもない。 

 

一方、誇張されて描かれているのはシャーリーとトニーとの関係で、事実は、二人は特に親しくなったというわけではないそうだ。まあ、それでは映画にならないから、ちょっと、というか、かなりの脚色はあったろう。また、トニーはその経歴からハリウッドに知己を得、「ザ・ゴッドファーザー (The Godfather)」やHBOの「ザ・ソプラノズ (The Sopranos)」にも出ており、いっぱしの役者だ。 

 

実は私は自分ではそこそこジャズを聴いている方だと思っていたのだが、ドン・シャーリーというピアニストは初耳だった。クラシックの素養があり、マンハッタンのカーネギー・ホールの上階に住んでいたシャーリーは、どちらかというと即興に重きを置くジャズというより、傾向としてはクラシック、あるいはゴスペルに近かったようで、そのためメインストリームのジャズ・ミュージシャンとしてはあまり認識されていなかった。ケン・バーンズの音楽ドキュメンタリー「ジャズ (Jazz)」でも言及されてなかった (と思う)。 

 

彼の音楽を聴いて思い出したのはキャスリーン・バトルの「アンダーグラウンド・レイルロード (Underground Railroad)」で、クラシックが基本のバトルのゴスペル色のコンサートに、ジャズマンのウィントン・マルサリスが客演した「アンダーグラウンド・レイルロード」とシャーリーの音楽は、かなり近い。というわけで、映画を見てから慌ててスポティファイでシャーリーを聴いている最中なのだった。 

 

ところでそのサウンド・トラックなのだが、実はこれがドン・シャーリーのプレイではない。同じくジャズ・ミュージシャンのクリス・バワーズの演奏によるもので、例えば作品中に使われる「ブルー・スカイズ (Blue Skies)」をシャーリーの演奏とバワーズのとで聴き較べると、明らかに違いがある。どっちもいいのだが、それでもなんで本人の演奏の録音があるのに、他の人のプレイを使うのか。音質とか編集とか権利とか単純に作り手の嗜好とか、色々な理由があるのだろうが、なんだか騙されているような気がしないでもない。 

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1960年代ブロンクス。イタリア系白人のトニー (ヴィゴ・モーテンセン) はクラブの用心棒をしていたが、改装のため一時店を閉めることになる。暇になったトニーは、勧められて黒人ジャズ・ピアニストのドン・シャーリー (マハーシャラ・アリ) の南部ツアーのドライヴァーを雇う面接を受ける。落ちたと思ったがなぜだか気に入られたトニーは、シャーリーと共に南部各州を回るツアーに同行する。音楽界から認められ、ニューヨークでは富と名声を持つドン・シャーリーといえども、まだ人種差別が根強く残る南部では、差別されることに耐えながら演奏をこなしていくしかなかった。しかしそういう差別意識とはまったく無縁なトニーは、ウマが合うとまでは言わないまでもシャーリーの信頼を得、時に衝突や問題を起こしながらツアーを進めていくのだった‥‥ 

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