Gravity


ゼロ・グラビティ  (2013年10月)

ジョージ・クルーニーとサンドラ・ブロックが宇宙空間で事故に巻き込まれるという予告編を見た時から、これは面白そうだという匂いがぷんぷんしていた。しかも演出はアルフォンソ・クアロンだ。よく見ると前作の「トゥモロー・ワールド (Children of Men)」から6年も経っている。その間何をしていたのかと思ったら、こんなのを準備していたのか。「トゥモロー・ワールド」の前は「ハリー・ポッターとアズカバンの囚人 (Harry Potter and the Prisoner of Azkaban)」だからSFものと無縁というわけではないが、しかしメキシコで「天国の口、終りの楽園。 (Y Tu Mamá También」のような青春映画を撮っていたクアロンが、宇宙を舞台にするSFか。 
  
しかし同胞のギレルモ・デル・トロは今やアメリカのSF/ファンタジー界を背負って立つ存在だ。南アフリカのニール・ブロムカンプがわざわざ出張ってきてメキシコを舞台に「エリジウム (Elysium)」を撮るなど、実は近年、メキシコなくしてSF映画は成り立たなくなりつつある。マヤにも近いわけだし。アレハンドロ・ゴンザレス・イナリツがSF映画を撮るのも時間の問題かもしれない。 
  
「ゼロ・グラビティ」は冒頭、大気圏外で地球を背景に最初はまったく見えなかったスペース・シャトルが、点となり、段々近づいてスクリーン一杯になる。 サンドラ・ブロック演じるストーン飛行士とジョージ・クルーニー演じるコワルスキー飛行士は宇宙空間でシャトルの外でハッブル宇宙望遠鏡の補修工事を行っており、これが引退前の最後のミッションとなるコワルスキーは、職務を遂行するというよりも最後の宇宙遊泳を楽しんでいる。 
  
そこへNASAから緊急連絡が入る。軌道を周回していたロシアの故障した宇宙ステーションが爆破破壊され、その破片がシャトルに向かっているという。何も遮るものがなく、飛んでくる破片を減速させる空気のない宇宙空間では、ほんの微小な残骸だろうと当たればそれは命取りだった。 
  
慌ててシャトル内に避難しようとするストーンとコワルスキーだったが、間に合わないだけでなくシャトルは残骸群の直撃を受けてしまう。宇宙空間に放り出されてしまったストーンを、宇宙遊泳のできるロケット推進機を背負っているコワルスキーが救助する。しかしその他の乗組員は宇宙服を傷つけられたため助からなかった。宇宙の真っ只中で救援が来る可能性はまったくない絶体絶命の危機を、彼らは乗り越えられるのか‥‥ 
  
何気に平和な冒頭のショットから、問題が起きたとの連絡が入り、宇宙ステーションの残骸群に襲われて旋回するシャトルに振り回され、命の危険を嫌というほど味わわされるまで約10-15分間、クアロンは1シーン1ショットで撮る。ただでさえ見る者に緊張を強いる1シーン1ショットで、何もない真空の宇宙空間に放り出されるのだ。めちゃめちゃ緊張する。 
  
それにしてもカメラはシャトルの外部を上横斜め下と、それこそ縦横無尽に動き回るのだが、あれはいったいどうやって撮っているのだろう。バックはブルー・スクリーンとして、登場人物もシャトルも無重力空間に浮いている。ハリウッドの技術ってすごい。 
  
話はその後も一難去ってまた一難で、普通ならそのうちの一つがあっただけでも絶体絶命のピンチだろうが、それがセットになって怒涛の如く押し寄せる。ほとんど全編、拳に力入って手の平に汗かきまくりの緊張と興奮が持続する。一方、大作なんだろうが本編は90分とそれほど長くはない。しかしこれ以上あると見ているこちらが持たない。このくらいで終わってくれてこちらも解放されてほっと一息だ。 
  
この映画、一応ブロックとクルーニー以外にもクレジットされている俳優はいるが、基本的に出ているのはこの二人だけだ。印象としてはほとんど二人が出ずっぱ りの舞台を見ている感覚に近い。逆に言うと、クルーニーとブロックの二人だけが延々と危機に遭い続ける。ほとんど心が折れてもういいやと思ったりもする。 こんな恐怖や絶望感を味わってまで生きようとする意味があるのか? 
  
この二人以外は、出演は出て来た時は既に死んでいるシャトルのクルーと、無線で声だけの出演になるエド・ハリスと、チャイニーズの宇宙ステーションのクルーだけだ。ハリスは「アポロ13 (Apollo 13)」でもヒューストン側の代表だった。はまり役で、本当にヒューストンに行くと、彼が地上から指示を出しているんじゃないかという気になる。 
  
「ゼロ・グラビティ」はクアロンとホナス・クアロンの両名が脚本でクレジットされている。さてはクアロンには業界で働いている兄か弟がいたかと思ったら、実は 息子だそうだ。しかも30歳を超える息子だそうで、クアロンってそんなに歳行っているのかと驚いたが、51歳のクアロンが二十歳の時の息子なら、30を超えてても不思議はない。10代で父や母となるものが身の周りを見渡してもどこにでもいるスパニッシュなら、まったく普通か。それでもその30の息子がいるクアロンとオレが同じ歳かと思うと、いきなり歳とった気分になるのだった。 
  
クアロン父子が「ゼロ・グラビティ」の脚本を書いたのは4年前のことだそうで、紆余曲折を経て製作に漕ぎつけ、撮影が終わった後のポスト・プロダクションでさらに2年費やしたそうだ。道理で見事な映像になっているわけだ。とはいえ、たぶん撮り直しも結構あったのではないかと想像する。 
  
宇宙で危機に陥る話というと、思い出すのは1969年の「宇宙からの脱出 (Marooned)」だ。「ゼロ・グラビティ」同様、宇宙で絶体絶命の窮地に陥り、残り少ない酸素を節約するために船長が自ら命綱を切断して宇宙の闇の中へと消えていくシーンは、これを見たのは小学生の時だったにもかかわらず、今でも強く記憶に残っている。スリリングだったというよりも、とても怖かった。当時見た映画で、007シリーズでは宇宙に行く「ダイヤモンドは永遠に (Diamonds Are Forever)」を最もよく覚えていることからして、やはり少年には宇宙ものというのはとても魅力的に映ったようだ。 
 
 
(注): 以下、ストーリー展開に触れています。 
 
ブロックとクルーニーは、ほとんど全編を危機また危機に晒され続けるが、そこで現実としてこれはあり得るかという疑問や議論の余地のある展開もある。この作品を見た誰もが、宇宙空間で消火器を噴射してその反動で移動するなんてできるのかという疑問を持つと思うのだが、これはあり得るそうだ。ただし無重力空間では消火器を支える足場がないため、噴射したが最後、消火器を持ったままどこに吹っ飛ばされるかわかったものではなく、たぶん強力に回転させられる羽目になるらしい。つまり理論上は可能だが、現実問題としては利用は不可だ。 
 
また、近くの軌道上にいる中国の衛星に助けを求めるというのも眉唾で、そういうニアミスが起きないように充分な距離を置いて各国間で調整して軌道を設定しているのに、直接目視できて宇宙遊泳で泳いで行けるような距離に他の衛星があってはやばいではないかということだ。もっともなことで反論の余地はなさそう だ。 
 

そして最も気になるのが、奇跡的に地球に生還するブロックの乗ったカプセルが、陸地まで数十mという海上の絶好の位置に着水することで、いくらなんでもこんな僥倖はないだろう。宇宙で目に見える位置に中国の衛星を発見することよりあり得なさそうな気がする。とはいえ、ぼろぼろでパラシュートが開くかどうかすらあやふやなカプセルがもし地上に落ちたら、それだけで中に入っている者は着地のショックで死んでしまう可能性大だ。一方もし陸地の見えない大海原に落ちたら、そこで救助が待っていない限り、溺れ死ぬか、もしボートがあれば漂流するしかあるまい。そしてこの事態では、かなりの確率でNASAではカプセルがどこに落ちたかを正確にはつかめない。 

 

また、北や南に大きくずれたり、季節によっては海水が冷たくて救助が来る前にやはり死んでしまう確率の方が高い。ところでこの話はいったいいつ起こったことになっているのか。いずれにしてもこれでは話は「ライフ・オブ・パイ (Life of Pi)」になってしまい、宇宙の遭難からやっとのことで逃れて地球に帰還したと思ったら、今度は大海原漂流記だ。さすがにどんなにサヴァイヴァルのプロでも、これではギヴ・アップするしかあるまい。NBCの「ゲット・アウト・アライヴ (Get Out Alive)」ホストのベア・グリルスでも、これでは生き延びるのは無理だろうなと思うのだった。 










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ライアン・ストーン (サンドラ・ブロック) 宇宙飛行士はマット・コワルスキー (ジョージ・クルーニー) 宇宙飛行士と共に大気圏外でハッブル宇宙望遠鏡の補修工事を行っていた。そこを破壊されたロシアの人工衛星の残骸群が襲う。直ちにスペース・シャトル内に 戻るようにという指示が間に合わず、彼らが乗っていたシャトルは大きな被害を蒙っただけでなく、内部の乗組員は宇宙服に損傷を受け全員死亡、生き残ったの は船外で作業していたストーンとコワルスキーだけになる。しかし無論危険は去ったわけではなく、被害を受けたシャトルをなんとかして無事地球に戻らなけれ ばならない。頼れるのは自分たちだけという絶望的な状況下で、命を賭けた生存への戦いが始まる‥‥


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