Good Bye Lenin!   グッバイ、レーニン!  (2004年4月)

1989年東ドイツ。歴史が東西ドイツの再統合を要請していた頃、昔、夫に逃げられた後、国家に忠誠を誓うことを心の拠り所に女手一つで息子アレックスと娘アリアーネを育ててきたクリスティアーネが、デモに参加していたアレックスの姿を見て心臓発作を起こし、倒れる。昏睡状態に陥った8か月後にクリスティアーネが目が覚めた時には、既にベルリンの壁は崩壊していた。母にドイツが統一したと知らせて心臓に負担をかけることを怖れたアレックスは、まだ東西ドイツは別々であるかのように装うのだが‥‥


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アメリカには紹介されることの少ないドイツ映画、一昨年の「マーサの幸せレシピ (Mostly Martha)」以来じゃないかと思うのだが、また心暖まる系統のコメディ・ドラマで、今のドイツってこういうのが流行っているのだろうか。トム・ティクヴァの新作はまだか。


「グッバイ、レーニン!」は本国のみならず世界中でヒットしたそうだが、その理由を舞台設定の巧さに負っているのは間違いあるまい。夫に捨てられた後、社会主義の国家に仕え、子供たちを育てることのみを心の支えに生きてきた女性が心臓発作で倒れ、再び目覚めた時は、国が消えていた。医者からもう一度発作を起こしたら命の保証はないと言われ、デモに参加してその心臓発作のきっかけを作ってしまった息子は、東奔西走して、母に世界は昔のままで何も変わってないと信じさせようとする。しかし、そう事はうまく運ぶはずもなく、あらゆるところでほころびが芽を出し、それを糊塗しようとしてさらに事態は紛糾する‥‥


なんのことはない、昔からよく見られたコメディの常套的舞台設定の焼き直しなんだが、しかし「レーニン!」は、それをうまく実在の歴史と絡み合わせた着眼点がいい。半分は実際に起きた現実の歴史であるため、こういったコメディに特有の、登場人物が状況に合わせて右往左往する時の嘘臭さがなく、いかにも本当にあってもよさそうなリアリティがある。コメディでこうしたリアリティを作品に持たせることができたら、既に作品の半分は成功しているようなものだ。


もちろんコメディがいつもリアリティを重視する必要が必ずしもあるとは思わないし、むしろリアリティをまったくなくすことで爆笑させる作品も多い。しかし「レーニン!」の場合、世界中の誰もが知っている、今後何百年経とうとも歴史の教科書でページを割かれることは間違いない、人類の歴史の節目としての事件の重大さを背景に使用することで、作品に奥行きを与えていることは否定できないだろう。また、ドラマとしていかようにも料理できそうなこの背景をコメディとして利用するところに、演出家としてのセンスが窺える。


ただし、そういう根本的な目のつけ所のうまさ以外では、つめの甘さみたいなところも散見される。特にそれを感じたのが、クリスティアーネと子供たちを捨てて西側に脱出したはずの夫の出し方で、もっと話に絡めてくるには扱いが弱すぎるし、かといって捨てエピソードとして切り捨てるには出過ぎだ。とはいえ、結局そういう些細な欠点はあっても、根幹となる部分の興味度の高さがそれらを帳消しにしていると言える。


考えたらベルリンの壁が消滅して15年になろうとしている。冷戦終結も既に歴史の一ページ、過去の話という手触りが濃厚になりつつあるが、これまでベルリンの壁崩壊を背景とした作品には、まあ、地元では当然いくつも製作されているんだろうが、アメリカではほとんどお目にかかった記憶がない。たぶん地元以外の外国でも事情は同じだろう。これ以上時間が経つと、完全に過去の別の時代の話になってしまうという、ぎりぎりのところでこの作品が出てきたというタイミングもよかったのも、この作品が世界中でヒットした理由の一つという気がする。


主人公のアレックスに扮するダニエル・ブリュールは、アングルによってはまったくユワン・マグレガーにそっくりだ。マグレガーもこういう、なんか嘘か誠かよくわからない的な作品に出ることが多いが、こういう顔っていうのは、そういう、現実と虚構の境界が曖昧な世界を描く時に、演出家にアピールする顔をしているんだろう。一方で、姉のアリアーネを演じるマリア・シモン、ガール・フレンドのララを演じるチュルパン・ハマトヴァが、まったく地に足をつけた顔 (どんな顔だ?) をしているのと対称的になっている。だいたい、どこの世界でも突飛なことを言い出すのは男で、それをたしなめるのは女ということになっているのだ。






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