Gladiator

グラディエイター  (2000年5月)

5月末のメモリアル・デイを目前に控え、アメリカでは大作公開ラッシュが始まる。昨年のこの時期は20世紀FOXの最大の話題作「スターウォーズ:ファントム・メナス」とかち合うのを他のスタジオが嫌がり、他にハリウッド的な大作が公開されなかった寂しい夏だった。「ファントム・メナス」は通常のメモリアル・デイ・ウィークエンドどころかその前の週から公開したため、普通なら大作が目白押しの5月で目ぼしい作品は、「ハムナプトラ」だけだった。それ以外はガキ向けの作品かラヴ・ロマンス、コメディと別に興味のある分野ではなかったため、今年の夏こそはと期待がかかろうというもの。特に「ファントム・メナス」が期待外れだっただけになおさらである。今年はまず5月最初の週に「グラディエイター」、翌週にジョン・トラヴォルタ主演のSF「バトルフィールド・アース」、一週おいて大本命「ミッション・インポッシブル2」と、まずまずのラインナップである。


さて、「グラディエイター」である。物語は西暦180年、ついに抵抗する最後の戦士を倒し、ゲルマニアを手中に収めたローマ帝国の勇将マキシマスをとらえるところから始まる。マキシマスが仕えていたローマ帝国の王マーカス・アウレリアスは、権力欲の強い自分の本当の息子コモドアスではなく、常に民衆のことを考えているマキシマスにこそ帝国を継いでもらいたいと思っていた。しかし自分が虐げられていると感じていたコモドアスはアウレリアスを密殺、マキシマスも殺そうとする。すんでのところで逃げ出したマキシマスだったが、ようやく辿り着いた我が家では、妻と息子が無残にも殺されていた。


すべての希望を失ったマキシマスは力尽きて倒れたところを奴隷商人に捕えられ、人々の目の前で殺し合いをする剣闘士、グラディエイターとして見せ物にされる。元々ローマ帝国最強の戦士だったマキシマスは直ちに頭角を現し、民衆の圧倒的支持を得、御前試合が開催される。殺したはずのマキシマスが目の前に現れたコモドアスは愕然とする。マキシマスは復讐の機会を窺い、かつての恋人であったコモドアスの姉ルシラもマキシマスに協力する。しかしルシラの幼い子ルシアスが漏らした何気ない言葉から、コモドアスは彼らの策謀に気づいていた‥‥


昔ハリウッドは「クレオパトラ」等、古代ローマ、エジプト等の歴史に題をとった大作を次から次へと製作していた時代があった。しかしそれも下火になり、一時期完全に死に絶えていた。多分64年の大失敗作「ローマ帝国の滅亡」以来、この種の作品は製作されていないのではないか。それが古い酒を新しい袋に盛るという形で蘇った。製作費1億ドル以上。日本なら普通の映画が優に20本くらいは撮れる額である。監督は「エイリアン」、「ブレードランナー」のリドリー・スコット、主演に「L.A. コンフィデンシャル」、「ザ・インサイダー」と今旬の俳優ラッセル・クロウを起用している。


考えてみればスコットのデビュー作「デュエリスト」も古代ローマとは言えないまでも中世を舞台とした決闘ロマンだった。「エイリアン」や「ブレードランナー」の印象が強すぎてスコットといえばSFと短絡しがちなのだが、とにかく「物語」を紡ぎ出すのがうまい監督なのだ。実は本当はスコットは「グラディエイター」ではなく、「市民ケーン」製作の舞台裏を描いたドラマ「RKO281」を監督するはずだった。それが肖像権やら何やらの問題のために本人が嫌気を差して別の監督にTVドラマとして演出を任せ、スコット自身は結局「グラディエイター」演出に落ち着いたわけだが、スコットが描くオーソン・ウエルズというのにも興味はあったな。脚本も「RKO281」のジョン・ローガン。ローガンはついこの間公開された「エニイ・ギブン・サンデー」も書いているから、「RKO281」と併せて昨年末から3本も連続して執筆作品が公開/放送されていることになる。


とにかく、アクション・シーンが圧巻である。冒頭のローマとゲルマニアとの戦闘シーンを始め、観衆をコロシアム一杯に集めたグラディエイターの戦いのシーンは、ただただ息をのむ。アマゾネスとの戦いや、虎まで使用しての決闘シーンなど、サーヴィス精神も旺盛。盾と鎧に身を包んで一塊となった兵士たちがコロシアムの地下からセリ舞台で登場し、彼らが足を踏み出すとその後ろからグラディエイターが姿を現すなんて演出は、ただもうぞくぞくする。それにコモドアスやマキシマスの人間の書き込みもいいから、重厚なドラマとしても文句なく仕上がっている。これぞハリウッド大作という出来。ただ、文句のつけようのないアクションなのだが、冒頭の戦闘シーンと、コロシアムに虎を入れての格闘シーン等で、所々コマを落とした編集をしている。別にそんなことしなくても充分迫力あるのに、なんでわざわざそんな編集するんだろうと不思議に思った。いきなり画面の流れが絶ち切られるようで、私の眼には瑕瑾と映ったのだが。


マキシマスに扮するラッセル・クロウは、「L.A. コンフィデンシャル」以来完全に波に乗った。「ザ・インサイダー」での脂ぎった中年の教師役もうまいもんだなあと思っていたが、今回はさらにアクション、カリスマ性、演技力と三拍子揃ったところを見せ、誰が見ても現在のハリウッドを代表するスターになった。若手スターが後から後から擡頭してくるハリウッドであるが、既に30代になっている俳優が芽が出るという例は少ない。彼がオーストラリアで頑張っていた時の「プルーフ(Proof)」だとか、ゲイの役を演じた「サム・オブ・アス (Sum of Us)」を覚えている身としては、隔世の感がある。男男した今からでは想像もできないが、あの頃のクロウはもっと線が細かったのだ。ここは「クイック・アンド・デッド」でわざわざ彼を指名してハリウッドに連れてきたシャロン・ストーンの功績を誉めておこう。そういえば私は見てないがクロウはトヨカワエツジと共演した映画もあったよな。次は私が最も気になる俳優の一人、「NYPDブルー」出身のデイヴィッド・カルーソと共演の「Proof of Life」である。現在撮影中だが早ければ今冬にも公開されるだろう。そちらも期待大。


ホアキン・フェニックスは「8mm」ではもったいない使われ方をしていたが、初めて本領を発揮した。実力はないくせにコンプレックスの固まりで、権力欲は人一倍というコモドアスを説得力たっぷりに演じて見事。あの癖のある顔が役にぴったりと合っている。これでもうリヴァー・フェニックスの弟なんて呼ばれ方をされなくて済むだろう。


ルシラを演じるコニー・ニールセンもよい出来。ブライアン・デ・パルマの「ミッション・トゥ・マーズ」ではその他大勢の中の一人だった上、出番の多くで宇宙服のヘルメットを被っていたためあまり顔を覚えていず、印象もそれほどなかったのだが、今回はじっくりと見る機会があった。デンマーク出身の彼女は、母国語、英語を含め、スカンジナヴィア各国語および主要ヨーロッパ語のほとんどを喋れるという才媛であるらしい。私はどうしても彼女を見るとアイス・スケーターのエカテリーナ・ゴルデーワを思い出してしまう。因みにこの映画は、撮影中に亡くなった、元グラディエイターのヒーローで、今は引退しているプロキシモを演じたオリヴァー・リードに捧げられている。






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