Frost/Nixon


フロスト x ニクソン  (2009年1月)

1974年。リチャード・ニクソン (フランク・ランジェラ) はウォーターゲイト事件の責任を問われ、大統領を辞職に追い込まれたが、それでも自分の罪を認めることはなかった。3年後、オーストラリアのリアリティ・ショウのホストだったデイヴィッド・フロスト (マイケル・シーン) は60万ドルという巨額の報酬をちらつかせ、ニクソンとの単独インタヴュウ実現にこぎつける。果たしてウォーターゲイトとはいったいなんだったのか、ニクソンは今度こそ真相を明らかにするのか、全米が注目する中、インタヴュウの全米中継が始まった‥‥


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「ダウト」に続いて、舞台劇を映画化したのが「フロスト/ニクソン」だ。これまた「ダウト」同様、緻密なセリフ劇でオリジナル劇の評価も高く、それをロン・ハワードが演出している。「ダウト」と最も異なるのは、「ダウト」では舞台劇と映画では演者はまったく異なる一方、舞台の脚本家/演出家が映画演出も手がけているが、「フロスト/ニクソン」では舞台と映画の演出は異なる者が担当しているが、主人公のニクソンに扮するフランク・ランジェラとフロストに扮するマイケル・シーンは、二人とも舞台でも映画でもニクソンとフロストを演じていることにある。


舞台とその映像化で演出家や演者が異なったり同じだったりすることのメリット/デメリットはいくつかあるだろう。映画化に際しメンツが異なる場合のメリットは、これはもう、演者がハリウッド・スターであった場合の反響の大きさ、パブリシティにあるのは言うまでもない。むろんその逆もまた言え、舞台で何十回、何百回と同じ役を演じ、役が身体の一部となり切っているはずのオリジナルの役者を排してまで、ハリウッド・スターを起用する意味があるのかという疑問は常について回る。新しく起用された俳優は、そのことが間違いではなかったと自ら証明しなければならないが、オリジナルの舞台が知られていればいるほど、それは難しい所業だろう。


「ダウト」では主要登場人物の4人が全員揃ってアカデミー賞にノミネートされていることからも、ハリウッド・スターの起用が当たったことが窺われる。一方「フロスト/ニクソン」も、シーンこそノミネートされなかったがランジェラはアカデミー賞主演男優賞にノミネートされており、「ダウト」も「フロスト/ニクソン」も、映画化に際しての調整が奏効したことが見てとれる。


俳優に較べれば、舞台の演出家と映画の演出家が異なってもあまり注目されない。これは舞台と映画という媒体の違いによって異なる演出理念、方法が確固としてあるためで、むしろ違って当然という通念ができ上がっている。「ダウト」では脚本、舞台演出のジョン・パトリック・シャンリーが映像化でもメガホンをとっているという、そちらの方がむしろ珍しい例だろう。しかしそのシャンリーはアカデミー賞ではノミネートされず、一方で「フロスト/ニクソン」のハワードは監督賞にノミネートされているなど、今回は少なくともシャンリーにとっては特に好もしいとは言えない結果が出ている。


「フロスト/ニクソン」は、「ザ・クイーン」脚本のピーター・モーガンによる同名戯曲の映像化だ。まずロンドンで幕を上げ、それからブロードウェイに場所を移して公演された。そして今回映画化されたわけだが、その全部をオリジナル・キャストのフロスト=シーン、ニクソン=ランジェラが演じている。これまたどちらかと言うと珍しい例ではないだろうか。端的に言って、この二人以外考えようがないはまり役だったということだろう。


作品はタイトルが示す通り、1977年のオーストラリアのTVパーソナリティ、デイヴィッド・フロストによる元米大統領リチャード・ニクソンへのインタヴュウを戯曲化したものだ。まだウォーターゲイトの余震が完全には収まっておらず、アメリカ人のみならず、世界中の人々にとって事件の徹底的な究明、とりわけ事件以降だんまりを決め込んで事件の表舞台から去ったニクソン本人による釈明弁明謝罪言い訳言い逃れが、いまだに待たれていた。


そこに目をつけたのがフロストだ。彼はオーストラリアでゲーム・ショウのホストをしているTVパーソナリティだったが、それだけでは終わりたくないという野心があった。フロストは、もしニクソンと単独インタヴュウできたら世界中をあっと言わせることができると画策する。あまりにも無謀な計画だったが、逆に国内のパワー・ゲームやしがらみのせいで動きがとりにくいアメリカのネットワークの大御所ニューズキャスターに較べ、フットワークの軽いフロストは、怖いもの知らずで話をあらゆるところに持ちかけ、ニクソンに金をちらつかせることで本当に企画を実現させてしまう。


インタヴュウは都合4回行われTV中継されたが、フロストは自分が最初の発言者となる最初の一撃を見舞うことができただけで、あとは老獪なニクソンの意味のないおしゃべりに翻弄され、いたずらに時間を浪費したまま最初の3回のインタヴュウを終える。このままでは金と時間をどぶに捨てたことになってしまう傷心のフロストがホテルにいる時、そこへ当のニクソンから電話がかかってくる。酔っていたニクソンはここでも意味のないおしゃべりでフロストを翻弄するが、フロストはそのおしゃべりからヒントを得、窮地挽回のために再度資料を当たり始める。そして最後のインタヴュウが始まった‥‥


「ダウト」同様舞台劇、しかも同じような緻密なセリフ劇の映像化だから主演の二人の演技合戦が最も見所であるのは当然だが、「ダウト」と異なりこれが事実を基にしたドキュドラマであるということが、「フロスト/ニクソン」にはさらに面白さを与えている。もしあの時こうだったら、ではなく、ああだったのか、という面白さだ。多少の誇張はあるだろうとはいえ、基本的に既に人が知っていることの再構築に過ぎないはずなのだが、これが滅法面白い。政治をここまでエンタテインメント化できるのは、実際に経済破綻で苦しい状況での大統領選でも、それをエンタテインメントとして楽しんでしまう国民性の現れか。


ニクソンがTV時代の米大統領選の最初の犠牲者であるとはよく言われていることだ。ニクソンがかのジョン・F・ケネディと大統領の座を争った時、そのディベートがTVで生中継された。その時、ニクソンは顔に大粒の汗を浮かべ、答弁には自信がなさそうで、相手の目を見て受け答えできなかった。そのため、これによって大量の浮動票がケネディに流れたとされ、それまではニクソン有利と見られていた大統領レースが一気に逆転した。ニクソンの、ポイントを的確につくというよりはくどくどと回りくどく説明するというタイプのしゃべり方は、直截簡潔をよしとするTV向きではなかった。


一方そのことは、あるテーマを与えられるといつまでもどこまでもしゃべり続けていられるという特技にもなる。まったく同じディベートを視聴していても、TVだとケネディの方が断然よく見えるのに、ラジオだと、いつまでも自説を展開していられるニクソンの方が有利だと感じたリスナーの方が多かったと言われているのはそのためだ。


いずれにしても、TVによって負けた最初の大統領候補という汚名を着せられたニクソンは、自然、その後のTV映りには気を使うようになった。それがウォーターゲイトという史上最も喧伝された大統領のスキャンダルによって、辞任に追い込まれた後ならなおさらだ。フロストとのインタヴュウでも直前までTV映りを気にし、いざ本番が始まると、今度はフロストにしゃべる隙を与えないニクソン、これは勝負あったか、このままニクソン・ペースでインタヴュウは最後まで続いて行くかに思われた‥‥


世界を騒がせて職を追われた大統領の失職後初のインタヴュウとはいえ、インタヴュウはインタヴュウであってアクションではない。しかもアメリカ人にとっては既に事実として知っている部分が多いはずの題材をこうまでうまくスリリングにまとめた脚本と演出、そして主演の二人の巧さには舌を巻く。特にニクソン絶対的有利で迎えた最後のインタヴュウにおける白熱した攻防は手に汗を握る。


「フロスト/ニクソン」はむろん「ダウト」との方に類似点は多いのだが、ポリティカルなドキュドラマという点に注目すると、今度は「ミルク」の方とも多くの類似点がある。それにもう一つ「ミルク」と同様の感懐を受けた点を挙げると、共に主人公を演じる役者があまり本人に似ていないという点がある。星の数ほど役者志望の人間がいるハリウッドで、探そうと思い似せようと思えば、かなり本人に似せられる造型が可能だと思う。しかし「ミルク」におけるショーン・ペンはミルク本人に似てるとはまったく思えないし、「フロスト/ニクソン」におけるランジェラは、ニクソン同様ブルドッグに似ているという印象こそ同じだが、二人が似ているという気はあまりしない。なぜだか特に最近のハリウッド・ドキュドラマは、演者が本人に似せようとはあまり考えなくなったように見えるのは気のせいか。


一方のフロストに扮するシーンは、これまでで最も印象に残っているのは「ザ・クイーン」で扮していた時の首相トニー・ブレアで、それ以外では、アメリカではペイTVのHBOが放送していた「ザ・ディール (The Deal)」で、やはりブレアに扮していた。おかげでシーンというとブレアという印象が抜けず、今回はフロストと、なぜだか実在の人物を演じているのを目にする機会が多い。シーンが特にブレアに似ているかというとそれも疑問なのだが、なぜだか全体としての印象は結構似ている。その辺が「クイーン」で再度ブレア役で起用された理由だろう。因みに「ザ・クイーン」、「ザ・ディール」、そして「フロスト/ニクソン」と、すべて脚本はピーター・モーガンが書いている。シーンと相性がいいみたいだ。








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