Flight


フライト  (2012年11月)

上下逆さまになった航空機が滑空する予告編を見た時は、てっきりそれがクライマックスのパニック・アクション映画だとばかり思っていた。主人公がデンゼル・ワシントンだし。そしたらそうではなく、そのシーンはそもそもの発端だった。 

 

民間航空会社のパイロットであるホイップは、パイロットとしての腕は一流だが、アルコールとドラッグから離れられず、妻とは離婚し、フライト・アテンダントと情事を繰り返すという日常を送り、機を操縦する時もアルコールを手放すことはなかった。ある時、機体が航行中に異常事態に陥り、操縦不能になる。それでも全力を尽くし、なんとか緑地に機体を胴体着陸させる。 

 

墜落させなかったことだけでもほとんど奇跡的だったが、それでも何人かの死傷者が出る。最初英雄扱いされたホイップだったが、事故後、彼が意識を失っている時に採取された血液からは限度以上のアルコールが検出され、ホイップは一転して英雄から全乗客の命を危険な目に遭わせた被疑者としてマスコミから追い回される羽目になる。 

 

ホイップは人目を逃れ、生まれ育った家で療養して過ごす。病院にいる時に知り合ったドラッグ・アディクトのニコールと深い関係になり、一方で来たるべき諮問会で責任を逃れるべくどう受け答えするかを、旧知の間柄であるチャーリーや、彼が雇った弁護士のヒューと共に対策を練って過ごす。しかしそのためにはなによりもまず、ホイップのアルコールを断つ必要があった。ホイップは自分はアル中ではないと宣言し、アルコールやドラッグは嗜まないと約束する‥‥ 

 

時々、予告編で見る映画が、こちらの予想をまったく裏切る、もしくは意図的かそうでないかはともかく、そういう予見を持たせることがある。あるいは、途中からまったく予想もしなかった方向に展開していく。例えばクリント・イーストウッドの「ミリオンダラー・ベイビー (Million Dollar Baby)」は、最初の印象では女子ボクサーとそのトレイナーを描くスポーツ映画以外の何ものにも見えなかったものが、いつの間にか尊厳死を描くドラマになっていた。 

 

「フライト」の場合も、最初こちらが予想していたのは、「アンストッパブル (Unstoppable)」の航空機版みたいなアクションだ。しかし中盤以降は話はアル中に悩む男の再生の話に転化していく。というか、最初から実はテーマはそれだ。航空機アクションは、その話の発端に過ぎない。中盤以降は、自分が操縦していたからこそ死傷者の数を最低限に抑えられたという自負と、アルコールを摂取していたという引け目、プライドと良心の狭間で懊悩するホイップが選択していく行動を描く。 

 

ワシントンは貫禄ついて、いかにもこういうパイロットっていそう。アル中を演じると色んな賞で賞取りに絡みやすくなる。今回もオスカーが取り沙汰されているが、大いに可能性ありそうだ。その相手役となるニコールを演じるケリー・ライリーは、「シャーロック・ホームズ (Shirlock Holmes)」でジュード・ロウ演じるワトソンの新妻役だ。 

 

また、印象的な脇も多い。ジョン・グッドマンは「人生の特等席 (Trouble with the Curve)」「アルゴ (Argo)」、そして「フライト」と、この2か月で3本めの出演作。ドン・チードルはショウタイムの「ハウス・オブ・ライズ (House of Lies)」そのままの役をここでも演じている。メリッサ・レオが演じているエレン・ブロックは、当然エリン・ブロコヴィッチのもじりだろう。実際本物のブロコヴィッチにもわりと似ている。というか、似せるために体重落としたという感じがする。いつものレオはもうちょっと体重あるはず。 

 

どこかで読んだ現実の職業パイロットに質問した記事によると、航空機が上下逆さまになって滑空するというのは、まず現実にはあり得ないということだった。戦闘機によるドッグ・ファイトや航空ショウならともかく、乗客を乗せた旅客機はまず上下反転するということを最初から考えてない。上下逆になったら操縦を難しくするだけだそうで、考えたらそりゃそうだろうと思う。 

 

また、現実問題として、パイロットがアルコールを飲みながら操縦することもあり得ないということだった。そのためにパイロットは勤務の半日とか1日前からアルコール断ちを徹底して監視下に置かれる。新幹線の操縦士とかも、勤務時間のだいぶ前から待機施設に入って常に完全な状態で勤務するようになっているというニューズを見たことがある。 

 

本当になにがなんでも飲みたいと思ったらさすがにそれを阻止する術はないと思うが、しかし、そこまでリスクを犯しても飲みたいと思う奴がそういう職に就くとも思えない。それともだからこそのアル中なんだろうか。ただし、特に小さなエアラインだと、パイロットとフライト・アテンダントがいい仲になるということは非常によくあることだそうだ。それもなんとなく納得してしまう。 

 

演出のロバート・ゼメキスは、近年CGやアニメーションの世界で撮っていたので、今回久し振りに見た。考えたら2001年の「キャスト・アウェイ (Cast Away)」以来、監督作を見るのは11年振りだ。「キャスト・アウェイ」では日々の食料も満足に得られず常に飢えている男を描き、今回は飽食の結果でしかないアル中男を描く。後者の方がまだチョイスが自分にあるだけ恵まれていると言えるかもしれないが、そう単純に言い切れないところが、きっとこういうアディクション問題の難しいところなんだろう。 


絶対アルコールの摂取が許されない諮問会を前にして、ホイップがアルコールの瓶が詰まった冷蔵庫のドアを開けるシーンは、そんじょそこらのホラー映画よりよほど怖い。「暗くなるまで待って (Wait Until Dark)」の冷蔵庫のシーンと共に、2大冷蔵庫ホラーとして記憶に残る。


私の場合は特に近年、ぐでんぐでんに酔っ払う前にいい気分になって寝てしまうので、毎晩ビールを好きなだけ飲んではいるが、アル中にはならずに済みそうだ。アル中にだってそれだけの体力がなければなれない。今日もカウチの上で、アル中になる心配なんかなく深夜トークのTVを見たりこういう文章をつらつら書き連ねながら、冷蔵庫からビールをもう1本。



付記 (2013年1月)

上でパイロットのアルコール管理は徹底していて、実際にアルコールをたしなみながら操縦することなどほとんどあり得ないと書いたが、そのあり得ないことが実際に起きて、アメリカン航空のパイロットが限度量以上のアルコール摂取で離陸直前に関係者によって機から降ろされたというニューズがあった。まだ飛び立ってなかったのが不幸中の幸いと言えるが、しかし、本当に、そこまでしても飲みたい奴は飲んでしまうようだ。また、まだ大きな事件にはなっていないのにそのことが夜のニューズで報道されるというのも、「フライト」の影響という気がする。









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ホイップ・ウィテカー (デンゼル・ワシントン) は腕のいいパイロットだったが、ほとんどアル中寸前で、職務中でもアルコールをたしなみながら機を操縦していた。ある時飛行中の機体が異常を起こし、急降下する。ホイップはなんとか機体を立て直し、墜落を食い止めるが、胴体着陸を余儀なくされ、何人かの死傷者を出す。当初大事故を食い止めたとして英雄扱いされたホイップだったが、事故後の検査で血液中からアルコールが検出されたことで、事はそう簡単には運ばなくなる。ホイップと周りの者は彼が勤務中に酒を飲んでいたことをひた隠しにし、調査機関は疑惑を持つ‥‥


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