Eye in the Sky


アイ・イン・ザ・スカイ  (2016年4月)

ミサイルを発射するような規模の大きな破壊兵器の使用は、指揮官の判断、許可がいる。その指令の元で初めて、ミサイル発射のボタンが押される。その指揮官だって独断は許されず、周りの意見や忠告、情報判断を元に慎重に決定を下す。自分の意見だけで通るのは、北朝鮮のキム・ジョンウンくらいのものだ。


英国がケニアで監視をつけているテロリストが、クルマに乗って移動する。尾行させた家で、彼らはさらに武器を用意して次の自爆テロを準備していることがわかる。武器とテロリストが分散してしまってからでは遅い。今、彼らを叩く必要があった。


早急にミサイルを撃ち込むことを主張する軍関係者に対し、政治家は慎重な姿勢を崩さない。もし世論を敵に回してしまった場合、首が飛ぶのは自分たちなのだ。しかしここで機会を逃して後でもっと大きな被害を被っては元も子もない。ここは思案のしどころだ。


意思決定のために英米両国の首脳や側近に直ちに連絡がとられる。ただでさえヨーロッパ-アフリカとアメリカ間では時差があるのに、よりにもよってアメリカの国務長官は中国を訪問中だ。しかし事は一刻を争う。


ミサイル自体は米軍の中東基地から無人機を飛ばしていつでもそれから発射する準備はできている。しかしその発射スウィッチはアメリカ内陸部の軍事施設内にある。そこでは常に24時間体制でキーを持った二人の軍人が待機しており、プロトコルに則って彼らが二人同時にボタンを押さなければならない。


テロリストの監視は、最初は鳥型の監視カメラで、張っている家の周りを飛ばして窓外から家の中を覗き込むように監視するのだが、場所が変わってさらに状況が厳しくなると、今度は昆虫型の監視カメラを飛ばして家の中に入る。アフリカだから可能で、これがヨーロッパやアメリカなら家の密閉度が高いから、たとえ虫型でも羽音で気づかれてしまいそうだ。それに家の中に桟が走っているわけではない欧米の家では、着地するスペースを探すのに苦労すると思う。


その昆虫型スパイカムの操作で、ケニアで英米に協力する情報提供者として登場するのが、バーカッド・アブディだ。といっても、この名を出したからといって彼がどこの誰かがわかる者はそうはいまい。私だって名前だけ出されたらどこの誰だか皆目見当もつかない。しかし「キャプテン・フィリップス (Captain Phillips)」で、トム・ハンクスが舵をとる貨物船を強奪しようとしたソマリア海賊のボスを演じたやつ、というと、誰もが、ああ、あの印象的な顔の小悪党、と思い出すはず。この一本しか映画に出てないのに、誰もが忘れない。


しかしアブディ、「アイ・イン・ザ・スカイ」では現地情報提供者、いわゆるスパイで、英米からいいようにこき使われる。クルマに乗ってテロリストの後をつけ、しかも密会現場の絵が欲しいと要請され、露天商を装って現場近くからリモートで昆虫型スパイカムを飛ばして操縦する。ばれたら殺されるのはほぼ間違いない。


さらにはテロリストたちが潜む家の前で知らずにパンを売り始めた女の子が、どうしても爆撃の邪魔だからなんとかしろというお達しを受ける。ほとんど管轄外だ。それなのにアブディは自分から出向いてパンを全部買って女の子を早く追っ払いにかかる。そういうアブディの不審な行動は目を引かないわけはなく、結局見回りから誰何されて追われる羽目になる。


そして女の子はばら撒かれたパンを拾い集めると、またそれをテーブルの上に並べて売り始めるのだ。しかしアブディも諦めず、追っ手をやり過ごした後、近くでサッカー・ボールで遊んでいる少年を捕まえると、またパンを買いに走らせて女の子に危害が及ばないように腐心する。なんだお前、本当は結構いいやつだったんだな、そういえば「キャプテン・フィリップス」でも、本物の悪党というにはわりと抜けてて憎めないやつだった。


一方パウエルは、女の子さえいなければミサイルを撃ち込めるのにと、爆撃時の影響を予測する担当者に向かって、爆心地を少しずらして予測したらどうかと尋ねる、というよりはほとんど命令する。それによって殺傷率が60%から40%に下がる。数字の上では特に大きな差とも思えないが、心証では死ぬ可能性が50%以上かそれ以下というのは大きな違いがある。もちろんパウエルもそのことを知った上で操作を頼んでいる。頼まれた方もそれが何を意味するかわかっている。


事態は刻一刻と緊迫の度合いを高め、テロリストが動き出し、もうこれ以上待てないというぎりぎりの限界点に達する。ミサイル発射にGoサインが出るのか。その時女の子は、アブディは、発射スウィッチに手をかけた軍人は、パウエルは、英米の軍人は、指導者は、そしてテロリストは、何を考え、どう反応するか。あるいは反応する一瞬すらないか。いやあ、緊張させてくれる。


タイトなサスペンス・スリラーなのだが、一つ違和感があったのが、ミサイル発射の許可を求めてアメリカや英国の隅々にまで連絡が行くのに、そのミサイルが撃ち込まれるターゲットとなるケニアの意見を聞くわけではないということ。たぶん自国にそういう装備がなく、いざという時のテロリスト対策にあっては武器の使用を認める協定が既に結ばれているのだろうと推測するが、本国要人が蚊帳の外ですべては事後報告というのは、あまり気分のいいものではないだろうなと思うのだった。


パウエルの上官ベンソンに扮しているのは、たぶんこれが遺作となったアラン・リックマン。軍人として彼が最後に、ミサイル使用に最後まで反対していた政府関係者に向かって、軍人に人の命の重さについて口出しするなと一喝するシーンが、たぶん彼の生前の姿を見る最後になった。











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英軍は重要指名テロリストがケニアで活動しているのを追っていた。ある時、テロリストの一味が合流してクルマで移動、追跡して彼らが入った家にリモート・コントロールで昆虫型の監視カメラを飛ばして確認したところ、そこには多様な武器が揃えられていた。次の自爆テロの準備をしていることを確認したロンドンの指揮官キャサリン・パウエル大佐 (ヘレン・ミレン) は、敵を叩くなら今しかないと、遠隔操作でミサイルを撃ち込む許可を上層部に打診する。しかし周りを民家が取り囲んでいる状況では、どんなにミサイルの精度がよくても、一般人を巻き込んでしまう可能性が高い。その場合世論や外交問題が懸念されるため、英米の政治家はミサイル使用に消極的な姿勢を崩さない。さらにテロリストが潜伏している家のすぐ外で、幼い女の子がパンを売り始める。しかし今テロリストを叩かないことには、後々何百人もの犠牲者を出す恐れがあった‥‥


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